デール帝国の不機嫌な王子
守りたい者 6
イルミナはそれを聞いた瞬間、ライマールが迷わず自分達の元へ歩み寄り、すまないと口にしたことを思い出した。
そして真っ暗に染まりゆく胸の内の、どす黒い感情を必死に抑え、ただただ震えながら立ち尽くす。
(前から知っていたのなら、何故もっと早く助けに来てくれなかったの!?  襲われる前に討伐してくれていれば、村の人は……お父さんやお母さんは死ななくて済んだのに!)
窓を叩き割ってでも、あの小さな少年に詰め寄りたいと、イルミナはギュッと胸を押さえ付ける。
そのイルミナに弁解でもするかのように、ライマールはまたぽつりぽつりと話し続ける。
『もっと早くに城を抜け出していれば、被害者なんて出なかった……でも選べなかった』
『選べなかった……? ……それは何故ですか?』
『……被害者が出なければ、アスベルグが納得しないからだ。そうなると今後同じような事態になった時、更に被害が拡大する。……その時、俺がその場に居合わせるとは限らない』
いくら未来が見えると言っても、できることにも限界はある。
王子である限り、いつでも無茶がきくわけもないし、魔術師を引き連れて移動できる範囲だって限られている。
人を動かすことだって容易ではないのだ。
ライマールの下で働く魔術師達だって、戦後の偏見のせいで、思うように動けない。
普段でさえ城で騎士とすれ違うだけで、魔術師たちはギスギスした視線を浴びせられる。
ローブを着て外出などしようものなら監視がつくのは当たり前のことだったし、容易に許可も降りないのが常なのだ。
そんな魔術師を無理やりにでも動かせる立場の人間がいるとしたら、それは王子であるライマールしかいないだろう。
『……陛下やクロドゥルフ様に反対されたのに、魔術師の道を選ばれたのはボクたち魔術師のためですか?』
『……それだけではない。この力を知られないためでもある。俺は……視える限り、選び続けないといけない。……たとえ犠牲者が出ることになっても……それが王族なのだろう?』
メルを見上げる瞳には迷いが揺らいでいた。しかしくだした判断が正しいと言い切れる程、メル自身もまた成熟してはいなかった。
『ボクにはわかりません……ですが、一緒に悩んで罪を背負うことはできると思います。それにもう選んでしまったのなら、ライマール様がやりたかったことを実現させるしか道はないじゃないですか』
お手伝いしますよと、にっこり微笑むメルに、ライマールは顔をくしゃりと歪めて「すまない」と俯く。
そしてもう一度、今度は窓の方へと視線を移すと「すまない…」と、イルミナがいることに気が付いているかのように呟いた。
**********
「理由を知った後も……私はライマール様を許すことが出来ませんでした。大義のための犠牲というものを、どうしても理解できなかったんです。正直今でも理解したいとは思えません。しかしその後のライマール様の私達に対する配慮と、なにより私がクロドゥルフ様に嫁いだ後で知った、度々王族が選ばなければいけない"選択"を知ることで、ようやく私はライマール様が幼い頃より背負ってきたものの大きさを知ることができました」
もしかしたら、知ったつもりでまだ分かっていないのかもしれないと、イルミナは訂正する。
多くの人の人生を左右する決断を、誰に相談するでもなく選びとり、そうやってずっと背負ってきたのならば、ライマールは既に小さな王だったのだろうと、エイラはそっと目を伏せてライマールを想う。
自分の身を犠牲にすることを顧みず、多くを導いてきたライマールほど崇高な王はおそらく存在しないだろう。
彼は虐げられる存在などでは決してない。
それどころか竜の国の王である自分よりも間違いなく敬意を払われるべき存在だ。
「……話を、してみようと思います」
「本当ですか?」
静かにエイラが答えると、イルミナは反射的に顔を上げて、エイラを見つめた。
伏せた目をゆっくりと開け、微笑を浮かべたエイラは、イルミナの想いを受け取るように視線を受け止める。
「ですが、あまり期待はなさらないで下さいね。ライマール様は頑ななところがおありみたいですから。それと、話を聞けたとしてもお伝えできるかどうかもお約束致しかねます。もちろん私もライマール様が蔑ろにされている現状を好ましいとは思えません。ただ、ツェナ様の件に関して、ライマール様に隠しておかなければならない事情があるのだとすれば、簡単に話していい内容とは思えないのです」
ライマールがそれほどまでに話さないのならば、話せない事情があるのだろう。
そういう性格だというのは、もう痛いほどわかってしまった。
それでもイルミナはエイラの了承に安堵の表情を浮かべ、深々と頭を下げてきた。
「有難う御座います。判断はエイラ様にお任せします。話してもらえると一番良いのですが……今は、多くを望みません。どうか、ライマール様のことを宜しくお願い致します」
決意を胸に、エイラは改めて頷いてみせる。
イルミナが席を立とうとカップを置いて間もおかずに、規則正しい音を立てて動いていた部屋の時計が、低い鐘の音を響かせ、約束の時間をエイラに告げた。
そして真っ暗に染まりゆく胸の内の、どす黒い感情を必死に抑え、ただただ震えながら立ち尽くす。
(前から知っていたのなら、何故もっと早く助けに来てくれなかったの!?  襲われる前に討伐してくれていれば、村の人は……お父さんやお母さんは死ななくて済んだのに!)
窓を叩き割ってでも、あの小さな少年に詰め寄りたいと、イルミナはギュッと胸を押さえ付ける。
そのイルミナに弁解でもするかのように、ライマールはまたぽつりぽつりと話し続ける。
『もっと早くに城を抜け出していれば、被害者なんて出なかった……でも選べなかった』
『選べなかった……? ……それは何故ですか?』
『……被害者が出なければ、アスベルグが納得しないからだ。そうなると今後同じような事態になった時、更に被害が拡大する。……その時、俺がその場に居合わせるとは限らない』
いくら未来が見えると言っても、できることにも限界はある。
王子である限り、いつでも無茶がきくわけもないし、魔術師を引き連れて移動できる範囲だって限られている。
人を動かすことだって容易ではないのだ。
ライマールの下で働く魔術師達だって、戦後の偏見のせいで、思うように動けない。
普段でさえ城で騎士とすれ違うだけで、魔術師たちはギスギスした視線を浴びせられる。
ローブを着て外出などしようものなら監視がつくのは当たり前のことだったし、容易に許可も降りないのが常なのだ。
そんな魔術師を無理やりにでも動かせる立場の人間がいるとしたら、それは王子であるライマールしかいないだろう。
『……陛下やクロドゥルフ様に反対されたのに、魔術師の道を選ばれたのはボクたち魔術師のためですか?』
『……それだけではない。この力を知られないためでもある。俺は……視える限り、選び続けないといけない。……たとえ犠牲者が出ることになっても……それが王族なのだろう?』
メルを見上げる瞳には迷いが揺らいでいた。しかしくだした判断が正しいと言い切れる程、メル自身もまた成熟してはいなかった。
『ボクにはわかりません……ですが、一緒に悩んで罪を背負うことはできると思います。それにもう選んでしまったのなら、ライマール様がやりたかったことを実現させるしか道はないじゃないですか』
お手伝いしますよと、にっこり微笑むメルに、ライマールは顔をくしゃりと歪めて「すまない」と俯く。
そしてもう一度、今度は窓の方へと視線を移すと「すまない…」と、イルミナがいることに気が付いているかのように呟いた。
**********
「理由を知った後も……私はライマール様を許すことが出来ませんでした。大義のための犠牲というものを、どうしても理解できなかったんです。正直今でも理解したいとは思えません。しかしその後のライマール様の私達に対する配慮と、なにより私がクロドゥルフ様に嫁いだ後で知った、度々王族が選ばなければいけない"選択"を知ることで、ようやく私はライマール様が幼い頃より背負ってきたものの大きさを知ることができました」
もしかしたら、知ったつもりでまだ分かっていないのかもしれないと、イルミナは訂正する。
多くの人の人生を左右する決断を、誰に相談するでもなく選びとり、そうやってずっと背負ってきたのならば、ライマールは既に小さな王だったのだろうと、エイラはそっと目を伏せてライマールを想う。
自分の身を犠牲にすることを顧みず、多くを導いてきたライマールほど崇高な王はおそらく存在しないだろう。
彼は虐げられる存在などでは決してない。
それどころか竜の国の王である自分よりも間違いなく敬意を払われるべき存在だ。
「……話を、してみようと思います」
「本当ですか?」
静かにエイラが答えると、イルミナは反射的に顔を上げて、エイラを見つめた。
伏せた目をゆっくりと開け、微笑を浮かべたエイラは、イルミナの想いを受け取るように視線を受け止める。
「ですが、あまり期待はなさらないで下さいね。ライマール様は頑ななところがおありみたいですから。それと、話を聞けたとしてもお伝えできるかどうかもお約束致しかねます。もちろん私もライマール様が蔑ろにされている現状を好ましいとは思えません。ただ、ツェナ様の件に関して、ライマール様に隠しておかなければならない事情があるのだとすれば、簡単に話していい内容とは思えないのです」
ライマールがそれほどまでに話さないのならば、話せない事情があるのだろう。
そういう性格だというのは、もう痛いほどわかってしまった。
それでもイルミナはエイラの了承に安堵の表情を浮かべ、深々と頭を下げてきた。
「有難う御座います。判断はエイラ様にお任せします。話してもらえると一番良いのですが……今は、多くを望みません。どうか、ライマール様のことを宜しくお願い致します」
決意を胸に、エイラは改めて頷いてみせる。
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