デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

守りたい者 1

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 "神の肉片"の浄化を明後日みょうごにちに決めた翌日、クロドゥルフが宣言したように、エイラのために舞踏会が予定通り開かれることとなった。


 天井からゆらゆらと揺らめく魔法の光が、ダンスホールを昼と見紛うばかりに照らしている。
 会場内に続々と入る貴族達は、久しぶりに開かれる季節外れの舞踏会に浮き足立っていた。
 奇異な行動の目立つ、前髪を長く伸ばし、薄気味悪い真っ黒なローブに身を包んでいる第二王子が、隣の国の、しかも竜の国の女王と婚約するとあって、誰もかれもが好奇心に色めきだっていた。


「なんでも攫って来た上で、強引にご婚約を取り付けられたとか」
「よりによってライマール様とは……。エイラ様もお気の毒に……」
「なんでも初めはクロドゥルフ様がお相手だったとか」
「まぁ! でしたらエイラ様は……」


 会場へ向かう廊下で、堂々とそんな話をしている人々の声が、エイラのいる控え室まで聞こえてくる。
 お陰でエイラはまたピリピリと不穏な空気を身に纏っていた。


「あの、どうかなさいましたか……?」


 そばに控えていたメルが、恐る恐るエイラに尋ねれば、エイラは腹立たしげにメルを攻めたてる。


「どうかじゃありません! 昨日さくじつも気になりましたが、何故誰もライマール様が悪く言われている事に対して何も言わないのですか!」


 彼にだって聞こえているはずなのに、なんでそんなに平然として立っていられるのか信じられない。
 あれだけ自慢していた主人をなぜ庇おうとしないのか。
 今にも飛び出して行ってしまいそうなエイラに、メルは慌てて宥め始めた。


「ボ、ボクも腹が立つんですけどね? ライマール様本人が放っておけって言うんですよ。その方が都合が良いからって」
「都合がいい? 私にはとてもそうは見えません。やはりあのような形で婚約などするべきではなかったんです! 彼はなにも悪くないのに、こんなの……あんまりです!」
「うっ……お、仰るとおり……なんですけど……ライマール様はその、"視る力"があるじゃないですか? 今のところ公にはバレてはいませんが、ライマール様は力を利用されることを恐れているんです。力のことがバレれば、皇帝陛下や議会が絶対に黙ってないだろうって。第二王子ですが、魔術に関する知識は豊富ですし、まともな人間だとバレた時に、皇帝に据えようとする人間が出てこないとも限らないですから」
「そんな……でも……だからといって…………」


 エイラは愕然と言葉を失う。
 同じ王族として、その危惧は容易に想像出来た。
 未来が判れば、政治も先を読んで動くことができるるだろう。
 こと他国との交渉等では、存分にその力を発揮することができる筈だ。
 それを隠そうとしたいライマールの気持ちも解らないでもない。
 でもだからと言って、ライマールが虐げられていいことにはならない。
 特に家族の間で誤解があるのならば、解くべきだ。


 エイラはなにかを決意したように一人頷く。
 メルはエイラの様子に苦笑して「大丈夫ですよ」と、声をかけた。


「エイラ様がそのように腹を立てていると知れば、ライマール様はきっとどんな人間が味方につくより嬉しいと思う筈ですから。きっと顔を真っ赤にして泣きますよ、絶対」


 エイラはその姿をなにげなく想像して、思わずクスリと笑い声を漏らす。
 いつもむっつりと顔を顰めているライマールだが、ふとした時に変わる表情は、嫌いじゃないなとエイラは感じていた。
 エイラが楽しそうに笑えば、メルも思わずにっこりと微笑み、丁度そこへライマールがアダルベルトを伴い控え室へと入ってきた。
 楽しそうに笑っていたエイラとメルを目にして、ライマールは少々面を食らった顔をした後、むすっと口をへの字に曲げてエイラに言った。


「準備は出来てるか? そろそろ行くぞ。……メルの前ではそんな顔をするのだな……」


 そっぽを向いて不貞腐れたようにライマールが呟けば、後ろからアダルベルトが呆れたようにライマールを見下ろした。


「それしきの事で悋気りんきするとは……子供ですか貴方は」
「五月蝿い。何をしている。とっとと行くぞ!」


 少々また目尻が赤くなっているライマールを見上げながら、エイラは差し出された手をとると、またクスクスと笑みを漏らす。
 その顔は丁度今想像していた顔にそっくりだった。


「何がおかしい?」
「いえ、なんでもありません。今日はいつものローブではないのですね。とても良よくお似合いですよ」


 光沢のある深緑色のブリオーには小さな宝石が散りばめられ、その下には金糸で刺繍の施された煌びやかな内着が顔を覗かせているものの、嫌らしさは微塵も感じない品の良さが伺えた。
 ブリオーと同色の、帝国の森を思わせる深緑色のケープの裏地は、程よい色合いの赤色だった。
 頭にはフードではなく、羽根のついた同じく深緑色の帽子を斜めに被っていた。


 立ち上がりながら、エイラがライマールを褒めれば、ライマールは顔の赤みがみるみるうちに、耳まで到達し「そうか……」と、小さく呟いた。


「俺は、こういうゴテゴテしたのは好きではない」


 照れ隠しなのだろうか? ライマールがもごもごと口ごもりながら言えば、メルが呆れた顔で肩を落として主人に言った。


「ライマール様……褒めなきゃいけないところを褒められた上に、その返答は落第点ですよ。恥ずかしくてもキチッとして下さいキチッと!」
「……時間がない。行くぞ」
「ライマール様!!」


 ライマールは憤慨するメルと、呆れ顔のアダルベルトを残して、エイラの腕を引きながら廊下をスタスタと歩いて行く。
 会場の扉の前までたどり着けば、ライマールはチラリと隣のエイラを見下ろして、なにも言わずにそっと自分の腕へと回すようにエイラの手を誘導した。
 エイラがパチパチと瞬きをしてライマールを見上げれば、ムッと口をへの字に曲げて、なにかに堪えているようだった。
 よく見れば、頬を染めた上で、口端が微妙に上の方へと歪んでいる。


(……緊張しているのでしょうか?)


「ライマール様」


 不意にエイラに呼ばれて、ライマールが反射的にそちらを見下ろせば、エイラはにっこりと微笑んでライマールを見上げる。
 少しは練習の効果があったのか、いつもの微笑ではない満面の笑みに、ライマールも思わずつられて口角を緩める。
 そのライマールの顔を見て、扉を開けるために控えていた騎士達がギョッとした顔をしたが、エイラは構わず笑顔のままで、ライマールに頷いてみせた。


「今日は私だけを見ていて下さい。ずっとそばに居ますので。ダンス楽しみですね」


 ニコニコとして、存外大胆なことをエイラが言えば、ライマールは瞠目した後、カッと全身を真っ赤にして、声も出さずにぎこちなく頷いた。
 終始のやりとりを呆然と見ていた騎士達は、エイラに視線で促されて、ようやく意識を取り戻し、ゆっくりと扉を開いた。


(……もう少し言葉を選ぶべきだったでしょうか? 赤面させるつもりはなかったのですが……。とにかくライマール様のイメージを、少しでも良い方向へ軌道修正しなくてはいけません)


 周りに気を取られてライマールが落ち込まないようにと思い、エイラは声を掛けたのだが、無論そんな意図だとは思いも寄らずに、ライマールはそわそわと浮足だつ。
 そんな様子のライマールを他所に、エイラはいつもの微笑を浮かべ、こっそりと固い決意を胸に秘めるのだった。

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