デール帝国の不機嫌な王子
彼の素顔、彼の告白 2
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「私は女王失格です……」
整えられた客室のソファーの上で、綿花の詰まったクッションを抱きかかえながら、エイラは一人意気消沈していた。
両親が亡くなり、兄が失踪した直後から、エイラは兄にも両親にも恥じない王になろうと腹を括っていたつもりだった。
自分の感情よりも国を優先するのは至極当然で、今まで常にそうしてきたというのに、ここに来て、個人の感情を優先してしまったのだ。
先程の自分の感情的な態度は、あんまりだと顔をクッションに埋めて自分を責める。
言ってることは支離滅裂だったし、アレが機密だったとしても、もっと冷静な対処ができたはずなのに、この国に来てからずっと、自分の感情をうまくコントロールできていないような気がする。
(ライマール様もメルさんも優しいから、きっと甘えてしまっているんですね……)
自国ではメルのように気さくに話しかけてくれる人などいなかったし、ライマールのように物怖じせずに話し掛けてくれる人もいなかった。
久しく感じていなかった暖かさに甘えてしまっているのだと、エイラはギュッと目を瞑ると、自分の両頬をパチンと叩いて叱咤した。
(しっかりしなくては。マウリが……皆が待っているのですから)
とにかくこうしている間にも、被害者は増えているに違いない。
飛び出してきてしまったのは自分だけど、国のためにできることはなんでもするべきなのだ。
話をちゃんと聞いてから判断しても遅くはないはずだ。
エイラは勢いよく部屋の扉を開けると、また誰かに取り次ぎを頼めないかと辺りを見渡した。
「……きゃっ!」
「………」
見渡して真っ先に目に飛び込んできた黒い岩のような塊に、思わずエイラは悲鳴を上げそうになり、慌てて口を両手で塞いだ。
扉を開けてすぐ横の壁に、蹲る形でライマールが座っていたのだ。
「あの、何をなさっているのですか……?」
恐る恐るエイラが尋ねれば「……別に」と、細々とした返事が返って来る。
こちらも見ずに俯いているため、その理由は全くもって判らないが、身に纏っている雰囲気はどこか暗いような気がした。
「……すまなかった」
「えっ? 今、なにかおっしゃいましたか?」
ライマールはまた小さな声で呟いたものの、蹲った状態でそのまま呟いたがために、エイラの耳には届かなかった。
エイラが不思議そうに聞き返せば、ライマールはバツが悪そうに口元を歪めて立ち上がり、手にずっと握っていたのだろうか、萎れて元気をなくしてしまったピンク色の小さな野花をズイッとエイラに差し出してきた。
「詫びだ」
「……あり、がとうございます?」
戸惑いがちに見慣れた野花を受け取りながら、これは反省しているという事なのかしら? と、エイラは首を傾げた。
萎れてしまった花を眺めながら、一体いつから居たんだろうとエイラは眉を顰める。
それからなんとなくライマールを見上げて、エイラはライマールの顔を見てギョッとする。
いつものようにフードを目深に被り、長い前髪せいで口元以外の表情はほとんど見えない。
見えないのだが、ぼたぼたと、ライマールの頬から顎にかけて、大粒の水滴が流れだしていた。
「泣いているんですか……?」
「…………」
エイラの問いには答えずに、ライマールはそっぽを向いて、それをゴシゴシと袖で拭おうとする。
「目に髪が入ります。よくないですよ。とにかく中へ……」
困り果てて手を引いて中へ誘導すれば、ライマールは素直に黙ってエイラの後についてきた。
ソファーに座るように促し、濡らした布を手渡せば、また黙ってそれを受け取ってライマールはゴシゴシと顔を拭いた。
彼には驚かされてばかりだが、また想像だにしていなかった姿を目の当たりにして、エイラはどうしたものだろうと狼狽える。
とりあえずお茶くらいは出すべきだろうと侍女を呼ぼうとすれば、ライマールはそれを制止してエイラに座るようにと、自分の隣を叩いてみせた。
素直に従って向かい合うようにエイラが座れば、なぜか先程よりも肩を落としてライマールは項垂れてしまう。
「あの……? 何故あんな所で泣いていらしたのですか?」
「……分かっていても…………嫌われるのは堪える」
誰が誰に? とエイラは首を傾げたが、まさかさっきのやり取りで傷付いたんだろうかと思い返し、眉間に皺を寄せる。
「私はライマール様がなにを考えておられるのかさっぱり分かりません。泣きたいのは私の方です。ちゃんと説明して下さい」
まるで自分の方が悪いことをしているみたいではないかと、エイラが妙な罪悪感を感じながらもムッとして言えば、ライマールはいつもの倨傲な態度は何処へいったのかというくらい萎縮する。
「最初に名を名乗らなかったのは……後ろめたい気持ちもあったが……余所余所しくされたくなかったからだ。謁見まで黙っていたのは、そうしなければ誤解が長引いたからだ。終わって直ぐに説明しなかったのは……すまん。忘れていたからだ」
イマイチ説明になっていない説明をされて、エイラはますます眉間に皺を寄せる。
そんなエイラの顔を見て、ライマールはまた慌てて口を開いた。
「初めに名を明かしていれば、リータ……エイラは俺を元婚約者としてしか見なかっただろう? お互い気まずいままで、また婚約するなんて嫌だと思い、俺はまずこの未来を選択肢から外した」
ここまではいいか? と、ライマールはエイラを伺うようにフードの下からじっとエイラを見つめてくる。
ライマールの選んだ言葉に少々違和感を感じたが、エイラは首を捻りながらも指摘されたことを想像してみる。
確かに初めてあった時点で名を明かされていたら、こちらの都合で破断になった相手として、それ相応に接し、お互い過ごすことになっていただろう。
しかもその人が恩人になるわけで……おそらくライマールが言ったとおり、今以上に気を使ったかもしれない。
とはいえ、今も別段彼と"親しい間柄"というわけでもない気がするのだが……。
「……では、黙っていなければ誤解が長引いていたというのは、どういう意味ですか?」
「私は女王失格です……」
整えられた客室のソファーの上で、綿花の詰まったクッションを抱きかかえながら、エイラは一人意気消沈していた。
両親が亡くなり、兄が失踪した直後から、エイラは兄にも両親にも恥じない王になろうと腹を括っていたつもりだった。
自分の感情よりも国を優先するのは至極当然で、今まで常にそうしてきたというのに、ここに来て、個人の感情を優先してしまったのだ。
先程の自分の感情的な態度は、あんまりだと顔をクッションに埋めて自分を責める。
言ってることは支離滅裂だったし、アレが機密だったとしても、もっと冷静な対処ができたはずなのに、この国に来てからずっと、自分の感情をうまくコントロールできていないような気がする。
(ライマール様もメルさんも優しいから、きっと甘えてしまっているんですね……)
自国ではメルのように気さくに話しかけてくれる人などいなかったし、ライマールのように物怖じせずに話し掛けてくれる人もいなかった。
久しく感じていなかった暖かさに甘えてしまっているのだと、エイラはギュッと目を瞑ると、自分の両頬をパチンと叩いて叱咤した。
(しっかりしなくては。マウリが……皆が待っているのですから)
とにかくこうしている間にも、被害者は増えているに違いない。
飛び出してきてしまったのは自分だけど、国のためにできることはなんでもするべきなのだ。
話をちゃんと聞いてから判断しても遅くはないはずだ。
エイラは勢いよく部屋の扉を開けると、また誰かに取り次ぎを頼めないかと辺りを見渡した。
「……きゃっ!」
「………」
見渡して真っ先に目に飛び込んできた黒い岩のような塊に、思わずエイラは悲鳴を上げそうになり、慌てて口を両手で塞いだ。
扉を開けてすぐ横の壁に、蹲る形でライマールが座っていたのだ。
「あの、何をなさっているのですか……?」
恐る恐るエイラが尋ねれば「……別に」と、細々とした返事が返って来る。
こちらも見ずに俯いているため、その理由は全くもって判らないが、身に纏っている雰囲気はどこか暗いような気がした。
「……すまなかった」
「えっ? 今、なにかおっしゃいましたか?」
ライマールはまた小さな声で呟いたものの、蹲った状態でそのまま呟いたがために、エイラの耳には届かなかった。
エイラが不思議そうに聞き返せば、ライマールはバツが悪そうに口元を歪めて立ち上がり、手にずっと握っていたのだろうか、萎れて元気をなくしてしまったピンク色の小さな野花をズイッとエイラに差し出してきた。
「詫びだ」
「……あり、がとうございます?」
戸惑いがちに見慣れた野花を受け取りながら、これは反省しているという事なのかしら? と、エイラは首を傾げた。
萎れてしまった花を眺めながら、一体いつから居たんだろうとエイラは眉を顰める。
それからなんとなくライマールを見上げて、エイラはライマールの顔を見てギョッとする。
いつものようにフードを目深に被り、長い前髪せいで口元以外の表情はほとんど見えない。
見えないのだが、ぼたぼたと、ライマールの頬から顎にかけて、大粒の水滴が流れだしていた。
「泣いているんですか……?」
「…………」
エイラの問いには答えずに、ライマールはそっぽを向いて、それをゴシゴシと袖で拭おうとする。
「目に髪が入ります。よくないですよ。とにかく中へ……」
困り果てて手を引いて中へ誘導すれば、ライマールは素直に黙ってエイラの後についてきた。
ソファーに座るように促し、濡らした布を手渡せば、また黙ってそれを受け取ってライマールはゴシゴシと顔を拭いた。
彼には驚かされてばかりだが、また想像だにしていなかった姿を目の当たりにして、エイラはどうしたものだろうと狼狽える。
とりあえずお茶くらいは出すべきだろうと侍女を呼ぼうとすれば、ライマールはそれを制止してエイラに座るようにと、自分の隣を叩いてみせた。
素直に従って向かい合うようにエイラが座れば、なぜか先程よりも肩を落としてライマールは項垂れてしまう。
「あの……? 何故あんな所で泣いていらしたのですか?」
「……分かっていても…………嫌われるのは堪える」
誰が誰に? とエイラは首を傾げたが、まさかさっきのやり取りで傷付いたんだろうかと思い返し、眉間に皺を寄せる。
「私はライマール様がなにを考えておられるのかさっぱり分かりません。泣きたいのは私の方です。ちゃんと説明して下さい」
まるで自分の方が悪いことをしているみたいではないかと、エイラが妙な罪悪感を感じながらもムッとして言えば、ライマールはいつもの倨傲な態度は何処へいったのかというくらい萎縮する。
「最初に名を名乗らなかったのは……後ろめたい気持ちもあったが……余所余所しくされたくなかったからだ。謁見まで黙っていたのは、そうしなければ誤解が長引いたからだ。終わって直ぐに説明しなかったのは……すまん。忘れていたからだ」
イマイチ説明になっていない説明をされて、エイラはますます眉間に皺を寄せる。
そんなエイラの顔を見て、ライマールはまた慌てて口を開いた。
「初めに名を明かしていれば、リータ……エイラは俺を元婚約者としてしか見なかっただろう? お互い気まずいままで、また婚約するなんて嫌だと思い、俺はまずこの未来を選択肢から外した」
ここまではいいか? と、ライマールはエイラを伺うようにフードの下からじっとエイラを見つめてくる。
ライマールの選んだ言葉に少々違和感を感じたが、エイラは首を捻りながらも指摘されたことを想像してみる。
確かに初めてあった時点で名を明かされていたら、こちらの都合で破断になった相手として、それ相応に接し、お互い過ごすことになっていただろう。
しかもその人が恩人になるわけで……おそらくライマールが言ったとおり、今以上に気を使ったかもしれない。
とはいえ、今も別段彼と"親しい間柄"というわけでもない気がするのだが……。
「……では、黙っていなければ誤解が長引いていたというのは、どういう意味ですか?」
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