デール帝国の不機嫌な王子
虚言と奇行と不機嫌な王子 4
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エイラの婚約は亡くなった父王とデール皇帝が秘密裏に決めた話で、そこには政治的な意図や、父王のとある思惑があった。
故に一番初めに出た婚約話は、世継ぎのクロドゥルフを相手にとの話だった。
その時エイラは八歳で、クロドゥルフは一三歳と、どちらもまだ幼く、もちろんお互いに恋愛感情など持ってはいなかった。
それでも度々クロドゥルフとエイラが顔を合わせるようにと、クロドゥルフとエイラの兄エディロに、王達は親睦を深めるようにと進言し、表立って見えない努力を模索していた。
エイラも漠然と将来クロドゥルフの元へと嫁ぐのだと思っていたし、クロドゥルフもまたそうなるのだろうと理解はしていた。
それがそうならなかったのはクロドゥルフが一五になったある日、自国に住むとある女性に恋をしたからだった。
エディロとクロドゥルフが親睦を深めたことで、皮肉にもエディロが友人の恋を全面的に応援し後押しする形となり、エイラとの婚約は破棄となってしまったのだ。
王達はそれに頭を抱えたが、当人達は別段気にすることもなく、デール帝国にはもう一人王子が居たため、すんなりとライマールとエイラの婚約が決まったのだった。
二人が対面することはなかったが、形ばかりとはいえ、時折エイラにはライマールからの手紙や宝飾品が届けられたりと、多少なりとも交流はあったし、互いの印象も悪いものではなかったといっていいだろう。
その婚約が白紙となったのは、エイラが王位を継がなければならなくなってしまったことにあった。
相手が誰にしろ、元々はエイラがデール帝国に嫁ぐ予定だったのだ。
エイラが王位をついでしまえば、おいそれと結婚相手を決めるわけにはいかなかった。
ましてやライマールは二番目とはいえ、デール帝国の王子に変わりはない。
婿養子ともなれば、竜の国の国内で反発が起こる可能性が高くなるのは、誰の目にも明らかだったし、デール皇帝はデール皇帝で、神経質なところのあるライマールが、婿養子など受け入れる筈もないだろうと、すっかり諦めてしまっていた。
キチンとした婚約式を執り行ったわけでもなかったので、エイラもデール皇帝も、今の今まで正式な使者を互いに送ってはいなかった。
故に、"白紙と解っていてもうやむやな状態"と、ライマールは言ったのだ。
皇帝が少々頬を染めて、コホンと小さく咳こめば、皆がそちらに注目した。
「ライマール。覚悟というのは……まさかと思うが、竜の国へ……婿養子になるという意味ではなかろうな?」
「……それ以外に方法があるとすれば、クロドゥルフを皇太子の座から降ろし、竜の国を俺が攻め込むしか方法はありませんが?」
フンッとライマールが嘲笑すれば、周りに控えていた騎士たちがどよめき、皇帝とクロドゥルフが顔を青くする。
そんなことをすれば、たとえ竜の国を支配下に置けたとしても、他国が黙っているはずがない。
しかも仲が良さそうには見えないとはいえ、実の兄弟同士で争い合うなど、誰が聞いても気持ちのいい話ではないだろう。
「お前はそこまでして王になりたいのか……?」
愕然としてクロドゥルフが言えば、ライマールは「いらん」と不機嫌そうに答えた。
「俺が欲しいのはリータだけだ。竜の国の王になる気も、デール皇帝になる気もサラサラない。だが彼女を手に入れる為にそれが必要なら、どんな手を使ってでも王になる。ただそれだけの話だ」
しれっとライマールが言えば、皇帝が唸り、クロドゥルフが口をあんぐりと開ける。
流石に突拍子もない話に、エイラはただ一人微かに眉を顰めて、ライマールをジッと凝視していた。
(判りません……話を合わせたとしてそれがどうして竜の国を守ることへと繋がるのか……ライムさ…………ライマール様が信じろと仰ったからには、なにか深い意図があるようにも思えるのですが……それにしても……)
このまま自分が頷いて、彼に話を合わせてしまえば、二人の間に婚約の話が再浮上することとなる。
彼は本当にそれを望んでいるのだろうか?
手紙のやり取りが多少あったとはいえ、初対面には違いない。
エイラは何故ライマールがそこまでしようとするのか、やはり真意を図りかねていた。
暫くの沈黙の後、はぁー…………と皇帝が大きな溜息をついた。
「お前は昔から解らん息子だったが、ますますもって解らん。……エイラ様はご自分の意思でこちらへと仰いましたが、本当にこの愚息をお望みですかな? 庇う必要は御座いませんよ?」
エイラが返事に躊躇していれば、ライマールがまたエイラを強く引き寄せて、ムッとした顔で皇帝に向かって言い放つ。
その様子はとても演技とは思えず、エイラはますます混乱した。
「今の女王の意思は関係ありません。俺が側にと望んでるんです。今望まれていなくとも、いずれ俺のものになります」
「…………お前ね、どっから来るの? その自信」
「事実だ」
クロドゥルフの問いに、しれっとまたライマールが答える。
呆れを通り越すと、人間誰しもがなにを口にすればいいのか判らなくなるらしく、皇帝とクロドゥルフがとうとう黙り込んで頭を抱えていれば、ライマールはさらに図々しくも宣言した。
「婚約式はあちらの国で執り行う。護衛には魔術団の精鋭部隊を連れて行く。想い余って女王を連れてきてしまったからな。山脈も越えねばならんし、腕の立つ護衛を多勢連れて行かないければ」
ライマールの一方的なその言葉に、皇帝もクロドゥルフも慌てたが、エイラはようやくライマールの意図を理解し、目が覚めたように瞬きをしてライマールを見上げる。
ライマールはそんなエイラに気がついて、何も言わずにニヤリと笑って返してくる。
それならばと、エイラは決意した微笑を浮かべ、彼に丁寧に返事を返した。
「ライマール様がここまで想って下さっていただなんて、私も知りませんでした。色々と問題は出ると思いますが……ここまで来てしまっては、私もお断りする訳には参りませんね」
エイラがそう答えれば、ライマールは少しだけ不満そうに口端を下げた。
エイラの婚約は亡くなった父王とデール皇帝が秘密裏に決めた話で、そこには政治的な意図や、父王のとある思惑があった。
故に一番初めに出た婚約話は、世継ぎのクロドゥルフを相手にとの話だった。
その時エイラは八歳で、クロドゥルフは一三歳と、どちらもまだ幼く、もちろんお互いに恋愛感情など持ってはいなかった。
それでも度々クロドゥルフとエイラが顔を合わせるようにと、クロドゥルフとエイラの兄エディロに、王達は親睦を深めるようにと進言し、表立って見えない努力を模索していた。
エイラも漠然と将来クロドゥルフの元へと嫁ぐのだと思っていたし、クロドゥルフもまたそうなるのだろうと理解はしていた。
それがそうならなかったのはクロドゥルフが一五になったある日、自国に住むとある女性に恋をしたからだった。
エディロとクロドゥルフが親睦を深めたことで、皮肉にもエディロが友人の恋を全面的に応援し後押しする形となり、エイラとの婚約は破棄となってしまったのだ。
王達はそれに頭を抱えたが、当人達は別段気にすることもなく、デール帝国にはもう一人王子が居たため、すんなりとライマールとエイラの婚約が決まったのだった。
二人が対面することはなかったが、形ばかりとはいえ、時折エイラにはライマールからの手紙や宝飾品が届けられたりと、多少なりとも交流はあったし、互いの印象も悪いものではなかったといっていいだろう。
その婚約が白紙となったのは、エイラが王位を継がなければならなくなってしまったことにあった。
相手が誰にしろ、元々はエイラがデール帝国に嫁ぐ予定だったのだ。
エイラが王位をついでしまえば、おいそれと結婚相手を決めるわけにはいかなかった。
ましてやライマールは二番目とはいえ、デール帝国の王子に変わりはない。
婿養子ともなれば、竜の国の国内で反発が起こる可能性が高くなるのは、誰の目にも明らかだったし、デール皇帝はデール皇帝で、神経質なところのあるライマールが、婿養子など受け入れる筈もないだろうと、すっかり諦めてしまっていた。
キチンとした婚約式を執り行ったわけでもなかったので、エイラもデール皇帝も、今の今まで正式な使者を互いに送ってはいなかった。
故に、"白紙と解っていてもうやむやな状態"と、ライマールは言ったのだ。
皇帝が少々頬を染めて、コホンと小さく咳こめば、皆がそちらに注目した。
「ライマール。覚悟というのは……まさかと思うが、竜の国へ……婿養子になるという意味ではなかろうな?」
「……それ以外に方法があるとすれば、クロドゥルフを皇太子の座から降ろし、竜の国を俺が攻め込むしか方法はありませんが?」
フンッとライマールが嘲笑すれば、周りに控えていた騎士たちがどよめき、皇帝とクロドゥルフが顔を青くする。
そんなことをすれば、たとえ竜の国を支配下に置けたとしても、他国が黙っているはずがない。
しかも仲が良さそうには見えないとはいえ、実の兄弟同士で争い合うなど、誰が聞いても気持ちのいい話ではないだろう。
「お前はそこまでして王になりたいのか……?」
愕然としてクロドゥルフが言えば、ライマールは「いらん」と不機嫌そうに答えた。
「俺が欲しいのはリータだけだ。竜の国の王になる気も、デール皇帝になる気もサラサラない。だが彼女を手に入れる為にそれが必要なら、どんな手を使ってでも王になる。ただそれだけの話だ」
しれっとライマールが言えば、皇帝が唸り、クロドゥルフが口をあんぐりと開ける。
流石に突拍子もない話に、エイラはただ一人微かに眉を顰めて、ライマールをジッと凝視していた。
(判りません……話を合わせたとしてそれがどうして竜の国を守ることへと繋がるのか……ライムさ…………ライマール様が信じろと仰ったからには、なにか深い意図があるようにも思えるのですが……それにしても……)
このまま自分が頷いて、彼に話を合わせてしまえば、二人の間に婚約の話が再浮上することとなる。
彼は本当にそれを望んでいるのだろうか?
手紙のやり取りが多少あったとはいえ、初対面には違いない。
エイラは何故ライマールがそこまでしようとするのか、やはり真意を図りかねていた。
暫くの沈黙の後、はぁー…………と皇帝が大きな溜息をついた。
「お前は昔から解らん息子だったが、ますますもって解らん。……エイラ様はご自分の意思でこちらへと仰いましたが、本当にこの愚息をお望みですかな? 庇う必要は御座いませんよ?」
エイラが返事に躊躇していれば、ライマールがまたエイラを強く引き寄せて、ムッとした顔で皇帝に向かって言い放つ。
その様子はとても演技とは思えず、エイラはますます混乱した。
「今の女王の意思は関係ありません。俺が側にと望んでるんです。今望まれていなくとも、いずれ俺のものになります」
「…………お前ね、どっから来るの? その自信」
「事実だ」
クロドゥルフの問いに、しれっとまたライマールが答える。
呆れを通り越すと、人間誰しもがなにを口にすればいいのか判らなくなるらしく、皇帝とクロドゥルフがとうとう黙り込んで頭を抱えていれば、ライマールはさらに図々しくも宣言した。
「婚約式はあちらの国で執り行う。護衛には魔術団の精鋭部隊を連れて行く。想い余って女王を連れてきてしまったからな。山脈も越えねばならんし、腕の立つ護衛を多勢連れて行かないければ」
ライマールの一方的なその言葉に、皇帝もクロドゥルフも慌てたが、エイラはようやくライマールの意図を理解し、目が覚めたように瞬きをしてライマールを見上げる。
ライマールはそんなエイラに気がついて、何も言わずにニヤリと笑って返してくる。
それならばと、エイラは決意した微笑を浮かべ、彼に丁寧に返事を返した。
「ライマール様がここまで想って下さっていただなんて、私も知りませんでした。色々と問題は出ると思いますが……ここまで来てしまっては、私もお断りする訳には参りませんね」
エイラがそう答えれば、ライマールは少しだけ不満そうに口端を下げた。
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