デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

虚言と奇行と不機嫌な王子 2

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 ライムの言ったとおり、転送用の魔法陣を越えてから、帝都へは半刻程で辿り着いた。
 もっともエイラは馬車が止まるまで気付くことはなかった。
 転送を行った直後にエイラはまた少し体調を崩し、乗った馬車の中で眠ってしまったのだ。
 ライムに起こされてエイラは慌てて体を起こす。


「すみません……」


 エイラが真っ赤になって謝れば、ライムは別段気にするでもなく「別にいい」とだけ答えた。
 扉を開けた御者から声を掛けられ、先に降りようとしていたライムがピタリとその足を止める。
 どうかしたのかとエイラが首を傾げていると、ライムはまた何事もなかったかのように馬車を降り、エイラに向かって手を差し出してくる。
 促されるままエイラがライムに手を伸ばせば、先程の先導とは打って変わって、差し伸べた手をグッと強い力で握り締められた。
 驚いてライムを見上げれば、ライムは腰を屈めてエイラの指先に挨拶のキスを落とす。


「……えっ?」


 それは一瞬の出来事で、エイラはその時なにが起きたのかを理解するのに、少しばかり時間がかかった。
 そしてライムは顔を上げる際、周りの人間に聞こえない位かなり小さな声で、エイラに向かって脅しとも取れる不可解なことを呟いた。


「……謁見の間では俺に話を合わせろ。国を守りたいならな」


 ライムが唐突にキスをしてきたことにも驚いたが、それ以上にライムが顔を上げた時、前髪の隙間から見えた表情は険しく、一瞬だけ見えた瞳は金色に輝いていた事にもかなり驚いた。
 ライマールの態度と物言いに、まさかここに来て信頼していた人に裏切られるのだろうかとエイラはかなり困惑した。


「……笑みを作っておけ。不審がられる」


 周りから不審がられるような事をしたのはライムなのだが、エイラは大衆の前で表情を消すことに慣れていたので、難なくライムに言われたとおり素直に口端に薄く笑みを浮かべて見せる。
 すると「それでいい」とライムが満足そうに口端を上げ、エイラを誘導し始めた。


 ライムが奇異な行動をする人だというのは、一緒に過ごしていて分かってはいたが、ここまでなにをするのかまるで想像がつかない人物に、会ったあったことはなかった。


 傍目で見れば、今のライムの行動自体は親しい間柄ならばなんら不自然なものではなかっただろうし、事情を知らない人から見れば、そういう間柄なのだろうと納得し、気にも留めないだろう。
 実際に、出迎えに来ていた城の兵士や侍女は、不審がるというより好奇を宿した目でこちらを観察しているようにエイラには見えた。


 誘導するライムをチラリと横目で見ても、フードと前髪で顔が隠れていて何を考えているのかさっぱり判らない。
 国を守る為に話を合わせるというのは、一体どういう事なのか……。
 往々にしてライムは言葉が足らなすぎるのだ。
 今までの行動を振り返れば、先程の行動にもなにかしら意味はあるのだろうけど、その意味するところがまるで想像もつかないので、エイラは謁見室に辿り着くまで、ライムの行動と言葉に悶々と頭を悩ませる。


 謁見室に辿り着き、皇帝やクロドゥルフと顔を合わせたころには、エイラは挨拶をするのがやっとで、交渉するために考えていた言葉など頭の中からスッポリと消えてしまっていた。
 そんなエイラに向かって最初に口を開いたのは、普段は上座に座しているであろう、デール皇帝だった。
 上段から降り、エイラの前で深々と頭を下げるさまから、まだ竜の国の女王として敬意を払っているということが伺える。
 同様に皇帝の後ろでは、皇太子であるクロドゥルフも軽く会釈を寄越していた。


「お初にお目にかかりますエイラ様。この度は我が愚息が大変ご迷惑をお掛けしたようで申し訳御座いません。体調を崩されたと聞きましたが、その後お加減の方は如何でしょうか?」


 "愚息が大変ご迷惑を"と言われて、なんのことかとエイラは疑問に思ったが、ライムから聞いていた噂と違い、温厚そうな皇帝にエイラはホッと緊張を解いて、微笑を浮かべる。
 どうやら見捨てられたわけではないようだと、エイラは心底安堵した。


「こちらこそ始めまして、デール皇帝。お会い出来て嬉しいです。王位を継いだ後すぐにこちらから挨拶に伺うべきでしたのに、このような形で……色々とご迷惑もおかけしてしまいましたのに。お心遣い痛み入ります。クロドゥルフ様もお久しぶりです。その節は色々とご迷惑おかけ致しました」


 エイラはそう言って皇帝と握手を交わし、皇帝のすぐ横に立ったクロドゥルフに声を掛ける。
 クロドゥルフは皇帝によく似た鳶色の瞳を細めて、昔と変わらない明るい声でエイラに挨拶をしてきた。


「いやいや、聞いていたよりお元気そうでなによりです。兄君……エディロ殿の事件以降、気にはなっていたのですが、こちらも色々とあったものですから……」


 そう言って、クロドゥルフはなぜかギロリとライムを睨み付ける。
 そんな険しい表情をするクロドゥルフを、エイラは初めて目にしたので少し驚いたが、ライムは特に反応も返さず、ただジッと佇んでいた。
 クロドゥルフはゴホンと咳払いをすると、改めて「それで?」と険しい顔でライムを問い詰める。


「お前はどういうつもりで、エイラ様をここへ連れてきた」


 クロドゥルフのその態度は、どう見てもライムを歓迎しているような態度ではない。
 エイラが困惑していると、ライムはライムでクロドゥルフを鼻で笑って、少々小馬鹿にするような言い方で彼に答えた。


「どういうつもりだと? 分かり切った事だろう。あれからもう五年も経つ。リータはもう十八だし俺も十七だ。有耶無耶と白紙になった件以外に、俺が彼女を連れて来る理由があると思うか?」
「……えっ? それはどういう意味ですか?」


 ミドルネームで呼ばれた事にも驚いたが、ライムが口にした内容にもエイラはかなり動揺した。
 "五年前に白紙になった件"と言われれば、漠然と想定していたライムの正体に確信を持てる。
 しかし自分がここに来たのはその件についてではないし、今竜の国が切迫した事情にあることも、それを解決するためにここへ来たこともちゃんと説明したはずなのに、なぜ今この状況でこんな話を持ち出すのか、ライムの考えていることがエイラはますます判らなくなってしまった。


 驚いた顔でライムを見上げれば、「余計な事を聞くな」とでも言わんばかりにライムは前髪の隙間から、エイラを睨み付けてくる。
 エイラのあからさまに困惑した反応に、目の前にいた皇帝までも、険しい表情でライムを追求しだした。


「お前は……エイラ様にすらなにも言わずに竜の国から帝国へ連れ出したというのか!? これは立派な誘拐だぞ! 解っているのか!!」
「えっ!?」


 皇帝が怒号を放てば反応したのはやはりエイラだった。
 表情や動揺を隠すのは得意だが、流石にこの状況でそれは無理だった。


 誘拐? 竜の国から帝国へ連れ出した? 誰が誰を?


 (一体全体ライムさんは私の事をどういう風に説明したんでしょうか? 少なくとも皇帝やクロドゥルフ様の反応を見る限り、私がライムさんに話した内容は一つも伝わっていないような気がします)


 なにがどうしてそんな勘違いをされているのか判らないが、このままでは大変なことになりかねないと、エイラは慌てて仲裁に入る。


「待って下さい! 私は自分の意思でこの国に来たのですが、どうしてそんな話に……デール皇帝はどのような内容の書状を受け取ったのですか?」

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