デール帝国の不機嫌な王子
虚言と奇行と不機嫌な王子 1
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翌日、エイラはアダルベルトが用意した馬車に乗って皇帝のいる帝都へと向う。
夜着だけで帝国に来てしまったので、衣装はライムが前もって用意してくれていたものを身に付けた。
紺色の生地に淡白いレース生地を合わせたドレスは、落ち着いた雰囲気を持つ大人びたデザインで、エイラが着れば誰もが女王と納得するであろう品の良さが際立った。
(随分と凝ったドレスですが……いつの間に準備したのでしょうか?)
明らかに既製品ではないし、不思議なことにサイズもエイラにピッタリだった。
村から手伝いに来てくれた女達の手を借りてなんとか着替えを終え、部屋の外へ出れば、改めてここがとても小さな小屋だった事にエイラは気がつく。
雑然としていた小屋の中は今ではすっかり片付けられていて、物らしい物はほとんど残っていない。
扉の入り口では、いつも世話をしていてくれたメルではなく、不気味な出で立ちをしたライマールが腕を組んで佇んでいた。
メルも同じ黒いローブを身につけているが、ここまで対照的な印象になってしまうのは、やはり前髪のせいなのだろう。
ジッとこちらを待っているさまは、申し訳ないと思うものの、あまり心地のいい印象は受けない。
あんなに綺麗な瞳をしているのに……と、エイラはこっそり嘆息をつく。
「転送陣を使うからそこまで時間はかからない。ついてこい」
「あの、本当に色々と有り難う御座います。ドレスの請求書は後で私に渡して貰えれば……」
「いらん」
「でも……」
「いいからこい。皆待っている」
ライムはぶっきらぼうにそう言いつつも、丁寧にエイラの手を引いて外へと向かう。
その所作は手慣れているというよりも、最低限、身体に染み付いているといった感じだった。
エイラがライムに促されるまま外へと出れば、仰々しく馬車までの道を兵士が取り囲むように壁を築いていた。
兵士の後ろでは興味津々といった感じの村人達の気配がしたが、エイラからはその姿を確認することが出来なかった。
エイラが馬車に乗り込めば、当然のようにライムも向かい側にどかりと座りこむ。
「メルさんは一緒ではないんですか?」
着替える前までは確かに一緒に居たのに、馬車に乗る頃には何処にも見当たらなかった。
エイラはてっきりメルも一緒なのかと思っていたのにと、エイラは不思議そうに首を傾げた。
「……あれは馬に乗って行く。女王の乗る馬車に俺の付き人を乗せるわけにはいかんだろう」
「ライムさんは宜しいんですか?」
エイラがキョトンとしてそう聞けば、ライムは少し面を食らった様子で、バツが悪そうに口元を歪める。
純粋に疑問に思っただけなのだが、どうやら気分を害してしまったようだ。
「……別にいい。お前が一人で乗りたいというのならば降りる」
「いえ、そのようなつもりで聞いたのでは……」
慌ててエイラが答えれば「そうか」とだけ言ってライムは黙黙り込む。
その反応に、エイラは少しだけ居心地が悪くなって俯いてしまった。
馬を見るのも初めてのエイラにとって、馬車という乗り物は未知の乗り物だった。
故にエイラは馬車に一緒に乗っていい人物というのがいまいち解らない。
元々王位も継ぐ予定ではなかった為、王位を継いでからというもの自国の勉強で手一杯で、他国の文化やマナーをキチンと覚える事にまでは手が回っていなかったのだ。
(もっとちゃんと勉強をしておくべきでした。デール皇帝に失礼なことをしてしまわなければいいのですが……)
エイラがひそかに反省していれば馬車の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。
「あっ……」
対した揺れではなかったが、ガクンと前のめりになるような感覚にエイラは驚き、扉の取っ手に思わず掴まった。
「掴まるならそこにぶら下がってる紐にしておけ。走行中に扉が開いたら投げ出される」
ライムの注意を受けて、エイラは頷いておずおずと言われた通りに窓際にぶら下がっていた紐を掴む。
ビクビクとしたエイラの様子があまりに不審だったのか、珍しくライムは「っぶ……」っと吹き出し、口を押さえて堪える様に笑い出した。
時折ライムが笑顔を浮かべることはあったが、このような笑い方をする所を見た事がなかったし、こんな笑い方をするライムの姿を想像も出来なかった。
エイラが驚いてライムを見つめていると、ライムもそれに気がついて、隠すでもなく、いつかのようにふんわりと笑みを浮かべてエイラに話しかけて来た。
「馬車は初めてか?」
「あ、はい。竜の国にも馬はいるのですが、私にはドラゴンがいますから……」
どこかの町や村に視察に行く際は、城の外壁を飛んで点在する空中庭園に降り立ち、そこから歩くのが常なのだ。
城壁の中に入ってしまえば少々苦手だが魔法陣もあるし、このような長距離を移動した経験もない。
するとエイラの話を聞いて、ライムはますますおかしそうに笑い出した。
「ドラゴンに乗る癖に、馬車は怖いのか?」
「怖いわけではありません! 慣れない動きだったのでびっくりしただけですっ」
バツが悪くなって握っていた紐から手を離し真っ赤になって俯けば、ライムはやっぱりくつくつと笑っていた。
なにもそんなに笑うことはないじゃないかと思いながらも、楽しそうにしているライムに、エイラもなんだか嬉しくなって微笑を浮かべた。
「そのような笑い方もなさるのですね。普段は怒ってばかりいらっしゃるからあまり笑わない方なのかと思っていました……そちらの方がずっといいです」
エイラがライムに素直な気持ちを伝えると、ライムはまたいつものようにムッとした様子で口を曲げてしまう。
折角楽しそうだったのに、なにか気に障ったのだろうかとエイラが困惑していると、ライムはフイッと窓の外を向いて、不機嫌そうに返事を返してきた。
「怒らせるようなことをするから怒るだけだ。悲しければ泣くし、楽しければ笑うのは当たり前だ。お前こそ、なぜそういう顔しか出来ないんだ。子供の時からそうだった訳ではあるまい」
「……そんなに私の笑顔はおかしいでしょうか? あれから少し練習はしているのですが……」
そう言ってエイラが頬の筋肉を揉み始める。
先程鏡で確認した時にはきちんとできていたと思ったのに……。
それを見たライムが呆れたように肩を落として、またエイラに向き直る。
「練習してどうする。楽しくないなら無理に笑う必要はない。国にいて楽しいと思うことはないのか?」
今日はなんだか質問攻めだなとエイラは肩を竦める。
考えてみればこんな風にライムと二人で話すのは初めてのことだ。
無口なのかと思っていたけど、そういうわけでもないのかもしれない。
なんだか無性に嬉しくなって、エイラはできうる限りの笑みを浮かべる。
「楽しい事……ですか? 昨日お話した夏の花祭りはとても忙しいですが、やり甲斐があって楽しい行事だと思いますよ。機会があれば是非ライムさんもーー」
そこまで言いかけて、エイラはライムの口元がますます下がって行く様子に気がついき、話半ばで口を閉ざす。
ライムが小さく溜息をつけば、エイラはまた何か気に障ることを言ってしまったのだろうかと萎縮した。
「……あの時視た笑顔を奪ったのは俺か」
「……えっ?」
ライムがポツリと呟いて、エイラがそれに反応すれば「何でもない」とライムは口を閉ざしてしまう。
それから帝都へ着くまでの間、お互い何も話すことはなかった。
翌日、エイラはアダルベルトが用意した馬車に乗って皇帝のいる帝都へと向う。
夜着だけで帝国に来てしまったので、衣装はライムが前もって用意してくれていたものを身に付けた。
紺色の生地に淡白いレース生地を合わせたドレスは、落ち着いた雰囲気を持つ大人びたデザインで、エイラが着れば誰もが女王と納得するであろう品の良さが際立った。
(随分と凝ったドレスですが……いつの間に準備したのでしょうか?)
明らかに既製品ではないし、不思議なことにサイズもエイラにピッタリだった。
村から手伝いに来てくれた女達の手を借りてなんとか着替えを終え、部屋の外へ出れば、改めてここがとても小さな小屋だった事にエイラは気がつく。
雑然としていた小屋の中は今ではすっかり片付けられていて、物らしい物はほとんど残っていない。
扉の入り口では、いつも世話をしていてくれたメルではなく、不気味な出で立ちをしたライマールが腕を組んで佇んでいた。
メルも同じ黒いローブを身につけているが、ここまで対照的な印象になってしまうのは、やはり前髪のせいなのだろう。
ジッとこちらを待っているさまは、申し訳ないと思うものの、あまり心地のいい印象は受けない。
あんなに綺麗な瞳をしているのに……と、エイラはこっそり嘆息をつく。
「転送陣を使うからそこまで時間はかからない。ついてこい」
「あの、本当に色々と有り難う御座います。ドレスの請求書は後で私に渡して貰えれば……」
「いらん」
「でも……」
「いいからこい。皆待っている」
ライムはぶっきらぼうにそう言いつつも、丁寧にエイラの手を引いて外へと向かう。
その所作は手慣れているというよりも、最低限、身体に染み付いているといった感じだった。
エイラがライムに促されるまま外へと出れば、仰々しく馬車までの道を兵士が取り囲むように壁を築いていた。
兵士の後ろでは興味津々といった感じの村人達の気配がしたが、エイラからはその姿を確認することが出来なかった。
エイラが馬車に乗り込めば、当然のようにライムも向かい側にどかりと座りこむ。
「メルさんは一緒ではないんですか?」
着替える前までは確かに一緒に居たのに、馬車に乗る頃には何処にも見当たらなかった。
エイラはてっきりメルも一緒なのかと思っていたのにと、エイラは不思議そうに首を傾げた。
「……あれは馬に乗って行く。女王の乗る馬車に俺の付き人を乗せるわけにはいかんだろう」
「ライムさんは宜しいんですか?」
エイラがキョトンとしてそう聞けば、ライムは少し面を食らった様子で、バツが悪そうに口元を歪める。
純粋に疑問に思っただけなのだが、どうやら気分を害してしまったようだ。
「……別にいい。お前が一人で乗りたいというのならば降りる」
「いえ、そのようなつもりで聞いたのでは……」
慌ててエイラが答えれば「そうか」とだけ言ってライムは黙黙り込む。
その反応に、エイラは少しだけ居心地が悪くなって俯いてしまった。
馬を見るのも初めてのエイラにとって、馬車という乗り物は未知の乗り物だった。
故にエイラは馬車に一緒に乗っていい人物というのがいまいち解らない。
元々王位も継ぐ予定ではなかった為、王位を継いでからというもの自国の勉強で手一杯で、他国の文化やマナーをキチンと覚える事にまでは手が回っていなかったのだ。
(もっとちゃんと勉強をしておくべきでした。デール皇帝に失礼なことをしてしまわなければいいのですが……)
エイラがひそかに反省していれば馬車の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。
「あっ……」
対した揺れではなかったが、ガクンと前のめりになるような感覚にエイラは驚き、扉の取っ手に思わず掴まった。
「掴まるならそこにぶら下がってる紐にしておけ。走行中に扉が開いたら投げ出される」
ライムの注意を受けて、エイラは頷いておずおずと言われた通りに窓際にぶら下がっていた紐を掴む。
ビクビクとしたエイラの様子があまりに不審だったのか、珍しくライムは「っぶ……」っと吹き出し、口を押さえて堪える様に笑い出した。
時折ライムが笑顔を浮かべることはあったが、このような笑い方をする所を見た事がなかったし、こんな笑い方をするライムの姿を想像も出来なかった。
エイラが驚いてライムを見つめていると、ライムもそれに気がついて、隠すでもなく、いつかのようにふんわりと笑みを浮かべてエイラに話しかけて来た。
「馬車は初めてか?」
「あ、はい。竜の国にも馬はいるのですが、私にはドラゴンがいますから……」
どこかの町や村に視察に行く際は、城の外壁を飛んで点在する空中庭園に降り立ち、そこから歩くのが常なのだ。
城壁の中に入ってしまえば少々苦手だが魔法陣もあるし、このような長距離を移動した経験もない。
するとエイラの話を聞いて、ライムはますますおかしそうに笑い出した。
「ドラゴンに乗る癖に、馬車は怖いのか?」
「怖いわけではありません! 慣れない動きだったのでびっくりしただけですっ」
バツが悪くなって握っていた紐から手を離し真っ赤になって俯けば、ライムはやっぱりくつくつと笑っていた。
なにもそんなに笑うことはないじゃないかと思いながらも、楽しそうにしているライムに、エイラもなんだか嬉しくなって微笑を浮かべた。
「そのような笑い方もなさるのですね。普段は怒ってばかりいらっしゃるからあまり笑わない方なのかと思っていました……そちらの方がずっといいです」
エイラがライムに素直な気持ちを伝えると、ライムはまたいつものようにムッとした様子で口を曲げてしまう。
折角楽しそうだったのに、なにか気に障ったのだろうかとエイラが困惑していると、ライムはフイッと窓の外を向いて、不機嫌そうに返事を返してきた。
「怒らせるようなことをするから怒るだけだ。悲しければ泣くし、楽しければ笑うのは当たり前だ。お前こそ、なぜそういう顔しか出来ないんだ。子供の時からそうだった訳ではあるまい」
「……そんなに私の笑顔はおかしいでしょうか? あれから少し練習はしているのですが……」
そう言ってエイラが頬の筋肉を揉み始める。
先程鏡で確認した時にはきちんとできていたと思ったのに……。
それを見たライムが呆れたように肩を落として、またエイラに向き直る。
「練習してどうする。楽しくないなら無理に笑う必要はない。国にいて楽しいと思うことはないのか?」
今日はなんだか質問攻めだなとエイラは肩を竦める。
考えてみればこんな風にライムと二人で話すのは初めてのことだ。
無口なのかと思っていたけど、そういうわけでもないのかもしれない。
なんだか無性に嬉しくなって、エイラはできうる限りの笑みを浮かべる。
「楽しい事……ですか? 昨日お話した夏の花祭りはとても忙しいですが、やり甲斐があって楽しい行事だと思いますよ。機会があれば是非ライムさんもーー」
そこまで言いかけて、エイラはライムの口元がますます下がって行く様子に気がついき、話半ばで口を閉ざす。
ライムが小さく溜息をつけば、エイラはまた何か気に障ることを言ってしまったのだろうかと萎縮した。
「……あの時視た笑顔を奪ったのは俺か」
「……えっ?」
ライムがポツリと呟いて、エイラがそれに反応すれば「何でもない」とライムは口を閉ざしてしまう。
それから帝都へ着くまでの間、お互い何も話すことはなかった。
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