デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

挙動不審な帝国の恩人 2

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 年に一度、竜の国では夏の社交シーズンに花祭りが開催される。
 各階層にある町や村が一丸となって、色とりどりの野花で大きなモニュメントを作り、一週間かけて様々な催し物が開かれるのだ。


 催し物は町や村毎に独自の文化が発展していて、中でも王宮内で開かれる祭りは、竜の国の国民ならば一生に一度は見て見たいと言われるほど、毎年実に華やかな祭りが催される。


 一般開放された空中庭園にはドラゴンをかたどったモニュメントを筆頭に、有力貴族達が自らデザインしたモニュメントが至る所に飾られ、初日の昼には空中庭園内で、国民から選ばれた舞姫による舞いと、王の竜による空中演舞が披露される。


 夜になれば貴族を招いて晩餐が行われ、竜の国の王は一年の間で一、二を争う程、実に忙しい一週間を過ごすことになる。


 半年前に行われた花祭りも昨年以上に豪華で、空中庭園を訪れた一般客はエイラが女王になってから一番多い来場者数となった。
 普段顔を合わせないような下層地区に住む貴族の参加も平年よりも多く訪れ、エイラは丸一週間、朝から晩まで実に様々な人と挨拶を交わしたのを憶えている。
 閉会式が終わった後も遅れて到着した貴族が何日か残っているほどだった。




 その中にその後のエイラの全てを変えてしまう人物が紛れていた。
 中層地区に住むシルディジア侯爵に嫁いだと言う、叔母を名乗る中年の女性ーーリル・シルディジアが、娘と息子を引き連れてエイラの前へと現れたのだ。


 エイラはその叔母の存在を彼女に会うまで知らなかった。
 父の代からずっと仕えているマウリに尋ねてみてもそのような人物は居ない筈だと首を捻るばかりで、エイラは直ぐに彼女の素性を調べるように要請した。
 しかし戸籍や古い資料を見れば、確かにシルディジア侯爵に嫁いだ叔母の存在を示す資料が出てきたのだ。
 詳しく調べれば、叔母は幼い頃に実母の不敬罪によって排斥扱いにされ、実母の実家のある領地へ追い出されていたらしい。
 その不敬も、今の時代では特に言及する事もないような些細な物だった。


 彼らの事情を知ったエイラは、叔母親子を不憫に思い、非礼を詫びて親族として丁重にもてなすことにした。


 始めのうちは本当に普通の何処にでも居る様な親子だった。
 中層での暮らしを聞けば、叔母は領民の自慢をし、夫を立て、従姉弟達は流行りの衣装や歌劇についてと引っ切りなしに嬉しそうに話していた。
 だが数日を共にしている間に、叔母と従姉弟はその態度が徐々に変化していく。


 一週間が過ぎた頃、既に他の貴族達は領地へと帰還したというのに、叔母親子は依然として王宮に留まり続けたのだ。
 帰らなくても大丈夫なのかと問えば、「夫より、王宮で一人で過ごされている姪である陛下が何より心配ですから」と、返されてしまい、二週間を過ぎた頃に再び同じ質問をすれば、「実は夫が浮気を……」と、追い出すのも躊躇してしまうような身の上話を聞かされ、更に三週間、一ヶ月……といった具合で、気がつけば常に叔母が隣に立つようになっていた。


 普段のエイラなら一週間を過ぎた段階で、たとえ血縁であろうとも問答無用で追い出していたであろう。
 しかしエイラには何故かそれができなかった。
 家族を失い長い間孤独だった所為なのだろうか?
 出て行ってくれと口にしようとすれば、得体の知れない罪悪感がエイラに襲い掛かり、叔母親子を追い出すことに迷いが生じてしまうのだ。


 ひと月経った頃にm見兼ねたマウリが叔母親子を窘め、ようやくそこで叔母親子は不敬を詫びて、城から出て行くと口にしたのだが、エイラはその時異常なまでに叔母親子に縋り、必死になって引き止めた。


 引き止めた後で、エイラは自分の行動の異常さに愕然とし、自分はそれ程までに家族に飢えていたのかと自己嫌悪に陥った。


 しかしそれが自分の意思とは関係のない行動だと自覚した時には、エイラは頭の中に靄がかかる感覚に支配されていて、自分ではもうどうしようもなくなっていた。


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「異変に気がついてすぐに彼らの目を盗んで、近衛を勤めている兵士に相談したんです。もちろん彼はすぐに動いてくれました。ですが翌々日には彼は私以上に虚ろな目をした状態で私の前に戻ってきました。他の兵に頼もうとも思ったのですが、既に城の半数近くの兵が彼と同じ状態で……」


 その時の事を思い出し、エイラはギュッと自分の手を握り締める。
 城に勤める兵はそこまで数は多くない。
 せいぜい泥棒に警戒する程度の警備しか必要としていなかったのだ。


 創生時代からエイラの代まで、竜を使役出来る王族の絶対的な力により、内側からも外側からも襲われる心配がなかったが故に起きてしまった事態といえる。
 戦争という言葉すら存在しない国だった。
 周りの国は常に成長と変化を繰り返しているというのに、国の警備について何も考えてこなかった自分は女王失格だとエイラは唇を強く噛み締める。
 父や兄ならば、あんな事態になるまで気付かないなんてこと、なかったはずだ。


「それから……私は他の貴族と連絡を取る手段や、一番世話になっているマウリ……カレン宰相と二人になる機会をどうにかして得ようと考えました。でも兵の一件があった後から、それまで以上に叔母や従姉弟が私について回るようになってしまったんです。彼らの警戒を解く事も出来ずに……気が付けば一日のうちに何度か意識がなくなって……自分が何をしているのか判らない状態になっていました」


 エイラの話を黙って聞いていたライムは、フードの下で小さく舌打ちをした。
 その音はエイラの耳には入っていなかったが、ライムが苛立たしげにしている雰囲気が微かに感じ取れ、エイラは萎縮する。
 まるで不甲斐ない女王だと責められているみたいで胸が痛んだ。


「それって……エイラ様がここに来てから随分経っているんですが…………竜の国……ヤバくないですか?!」
「今更何を言ってるんだ。一国の女王が"呪"をかけられた状態で単身逃げてきたんだぞ」


 思い切り殴られたせいで、腹を抱えながら呻き声を上げていたメルが、痛みも忘れた様子で驚愕に声を上げた。
 その言葉にエイラがまた胸を痛めていると、ライムが呆れた様子で、それくらい想像つくだろうが……と、かなり不快そうにギロリとメルを睨みつけて窘めた。
 メルはまた殴られると感じたのか、少々怯んだ様子で肩を竦める。


「うっ……確かにそうですけど…………ライム様はなんでそう落ち着いてられるんですか!! "呪"ですよ! "呪"! 我が国の負の遺産が他国にだだ漏れてるって事ですよ?!」

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