デール帝国の不機嫌な王子

みすみ蓮華

挙動不審な帝国の恩人 1

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 エイラの中から完全に"じゅ"と呼ばれる魔法文字が消えたのはそれから三日後のことだった。
 結局エイラは彼らに助けられてから、ほぼ三週間程滞在を余儀無くされたこととなる。
 それでも半年もこんな状態にあったのだから、回復は早い方だとメルは言う。
 そのメルは、ライムがベッドの脇の椅子に座ると、いつものように部屋の入り口近くの壁に寄りかかり、じっとエイラ達の様子を伺っていた。


「名は……別にいいな。何があったかも別にいい。今更だ。それで、お前はどうしたいんだ?」
「えっ……ちょっと待って下さいよ!! ライム様は何か分かっているのかもしれませんが、ボクにも解るように教えて下さい! 意地悪しないで下さい!!」


 メルが訴えれば、はぁ……と若干面倒臭そうにライムは溜息をつく。
 そして形ばかりだとでもいうように、メルが思ったであろう疑問を口にした。


「名前、国の状況、目的。適当に吐け」
「ライム様……流石にそれは乱暴すぎます……」


 エイラはそう言われて少々戸惑う、名をここで明かしていいものだろうか?
 確かに彼らは恩人であるけれど、そうすることで何か彼らに更に迷惑が掛かるのではないかとエイラは躊躇した。
 メルは裏表もなく見るからにいい人だし、ライムはぶっきらぼうだが優しい人なのは判るが、それとこれとは別問題だ。


 エイラが黙り込んでいると、ライムがポンとエイラの頭に手を乗せてきた。


「別に尋問している訳ではない。言った筈だ。適当でいい。話せなきゃ話せないで構わない。だが、話して損をする事もないと言っておく」


 (それは誰にも言わないから話せということでしょうか?)


 エイラは首を少し捻った。
 メルはともかく、確かに彼はベラベラと他人に話をするような人間には見えない。
 チラリとメルを見れば、メルはその視線に気がついてニコリとエイラに笑みを返してきた。


「アレも気にしなくていい。五月蝿いが口は硬い」
「えっ!? ボクって信用ないんですね……」


 目敏くエイラの視線の意味に気づいたライマールの言葉に、メルはがっくりと肩を落としてしまった。
 そういう意味だったのかと消沈するメルに萎縮しつつ、エイラは少し思案する。


 あまり自分から話そうとはしない彼がそういうのだから、信頼に値する配下なのだろう。
 どうせ今頼れるのは目の前の彼らしかいないのだ。
 巻き込んでしまったら相応の責任を取れば済む話だ。
 エイラは表情を改めて、二人に向かってコクリと頷くと、意を決して口を開く。


「自己紹介が遅れてしまって申し訳ありません。私の名前はエイラ……エイラ・リータ・クロンヴァールと申します」
「クロンヴァール? あれ……どっかで聞いたことがある様な……」
「……いい、対したことではない。聞き流せ」
「ライム様がそういう時は大抵対したことじゃないですか! 待って下さいね。今思い出しますから」
 クロンヴァールクロンヴァール……。とメルがこめかみを押さえて考えこめば、ライムがまた呆れたようなため息を吐く。


「エイラ・リータ・クロンヴァール。竜の国の第一王女にして第294代目の国主だ」
「あーー! はいはい。思い出しました。エイラ様! 孤高の女王にして男顔負けの政治手腕と、そのクールな面立ちから民の間では"冷酷な淑女"なんて呼ばれていて、他国でも名の知れた、とても有名な……って、えええぇぇええぇぇ!?」


 よほど驚いたのか、ズルズルとメルが壁に寄りかかったまま床へと座りこんでしまう。
 じっとこちらを見つめるメルの顔はみるみるうちに青くなり、口をパクパクと声も出さずに動かしていた。
 そんなに大層な人間でもないのに……と、エイラは申し訳なさそうにメルに黙礼する。
 対してよほど肝が座っているのか、ライムの方は坦々と……いや、むしろなぜかエイラよりも威厳ある態度で大きく頷いた。


「……気にするな。いつものことだ。次は国の状況についてだったな? 話せ」
「いやっ、いやいやいやいや! なんでライム様はそういつも淡々としてるんですか?! 女王陛下ですよ?! しかも竜の国の!! 知ってても驚くとこでしょここは!」
「五月蝿い。対したことではないだろうが。それに知っていたら誰だって驚かん」
「いや、もの凄く対したことですよ!? あああああ、あのっ! 数々のご無礼お許し下さい!! ぼぼぼボクもしかして死罪ですか!?」
「えっ?いえ、あの……」
「落ち着け。ここはデール帝国であって竜の国ではない。せいぜい懲罰房に一週間と、俺の雑務を押し付けるのが関の山だ」
「そんなっ!! 死罪より酷いじゃないですか!」


 死罪より酷い雑務とは一体どんな雑務なのだろうか……。
 ほんの少し興味が湧いたものの、メルの怯えるさまがなにより気の毒で、エイラはメルを庇うようにライムに訴えた。


「あの、私はメルさんにもライムさんにもとてもお世話になりこそすれ、無礼だなんて一度も思ったことはありません。お礼を言うのも遅くなってしまいましたが、本当にありがとうございました。全てが片付いた後には必ずお二人にはキチンとした形でお礼を致しますから」
「エイラ様! 女王陛下様! なんてお優しい!! 人の噂なんて当てになりませんね! エイラ様のどこが冷酷な淑女だというんですか!! ライム様に爪の垢を飲ませたいくらいです!!」
「メルさん……できればその、今まで通り接して頂けませんか? メルさんは私より年上ですよね? お嬢さんってまた是非呼んで下さい。とても嬉しかったです」


 感動したようにエイラの手をガッチリと握り締しめてきたメルに、エイラは目を伏せて礼を述べる。
 メルはポッと頬を染め「流石にそういうわけには……」と照れながら言い淀んメルに、エイラはいつものように微笑を浮かべた。


 一方メルの隣にいたライムはというと、何も言わずに二人のやり取りをじっと観察した後、目の前で繰り広げられた一連のやりとりが鬱陶しかったのか、エイラの手を握っていたメルの腕を力いっぱい握って無言で引き剥がしてきた。


「いだだだだだだだだだっ! 痛いっ! 痛いですっ!!」
「フン……お前、嬉しいならもっと嬉しそうにしろ。取り繕った笑顔など気味が悪いだけだ」


 ライムはかなり乱暴にメルの腕を投げ捨てるようにして離せば、憮然としてエイラに向かってそう言い放つ。
 予想もしていなかったライムの言葉に、エイラは驚いて目を見開く。


 笑顔を浮かべて気味が悪いと言われたのは、人生で初めての経験だった。
 確かに自分は民からも"冷酷な淑女"などと呼ばれるほど愛想がないというのは自覚していたが、面と向かってそのように言われたことに少なからず……いや、かなりショックだ。


 これでも幼い頃はちゃんと笑っていたのに、両親が亡くなってから色々なことがあり過ぎて、気がつけば笑い方など忘れてしまっていた。


 エイラは指を揃えて、眉を顰めながらも、頬の筋肉をなんとなく揉んでみる。
 お嬢さんと言われて嬉しかったのは本当だ。
 笑顔に見えないのであれば、恩人の為にももっと精進すべきなのではないだろうか。


 エイラが密かに悩んでいれば、腕にくっきりと握られた痕をつけられてしまった涙目のメルが、腕を押さえつつ自分の主人に抗議した。


「男の焼きもちはみっともないですよ! エイラ様、誤解なさらないで下さいね。ライム様は "貴女の本当の笑顔が見たい" と言いたいだけな……ぐふっ……」


 メルが全てを言い終わる前にライムの肘がメルの鳩尾に綺麗に入り、メルは床へと崩れ落ちる。


「……気にするな。こいつに付き合っていたら話が進まん。国で何があったか話せ」
「は、はい……」


 かなり苦しそうだけど大丈夫なのだろうか?
 メルを心配に思いながらも、ライムの苛立った気配に気圧されて、エイラはおずおずと話を先に進める事にした。

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