メイドAは何も知らない。
メイドの知らない彼らの事情。 2
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「リリア・ウォーレンス16歳。 "漁船から貿易船まで" で知られる海運業、ウォーレンス商会前社長の一人娘。伯父は数年前に歴史研究の功績により国王陛下より準男爵の称号を賜ったマルス・ウォーレンス準男爵で、前社長とその夫人であるリリアの両親は一年前の海難事故で共に他界。ウォーレンス商会の社長業は準男爵の娘でリリアの従姉妹であるユリア・ウォーレンスが引き継ぎ、リリアは半年前より準男爵の口利きで城に行儀見習いとして奉公に上がる。が、どういう経緯かヘストン伯爵に目を付けられ、ひと月前より中央都市郊外にあるヘストン伯の別邸で働き始める。資産は社交界に出られる程多くはないが、当面一人でも食べていける程度の貯蓄はあり、伯父の方にも金銭面でトラブルなし。彼女を知る同僚の話では婿探しが伯爵家で働いていた理由なのではないかとの証言あり……っと。経歴から見てもやっぱりシロだねぇこれは」
「…………」
城に設けられた書斎の一室で、デスクに置かれた報告書を手に取り、グレンがため息交じりに読み上げる。
長椅子に座っているチェイスはグレンから顔を背け、不貞腐れたように押し黙っていた。
「ご機嫌ななめだね? まぁ、無理もないか。捕まえたヘストンはシロではなかったものの、ヘストンが認識していた犯人と思しき人物の情報は架空の物だったし、犯人はよほど用心深いのか、馬車で男が蹴落としたあの召使も、元はただの浮浪者だった」
「…………」
「そこに加えてあの子に至っては、完全にただ巻き込まれただけのとばっちりときてる。結局ふりだしに戻っただけ」
「…………」
「まぁ、そう、落ち込まないでよ。ふりだしって言っても、少なくとも犯人が若い男だってのは判明したんだからさ。一歩ぐらいは前進してるよ。うん」
「…………」
「……ねぇ、機嫌が悪いのはわかるけど、せめて何か言ってくれない? 愚痴でも苦情でもなんっでも、頼れる君の先輩グレンさんが聞いちゃうからさ」
ぽんぽんとグレンに肩を叩かれたチェイスは、無言のままギロリとグレンを睨みつける。
しかしそれくらいでは動じないのが、腐れ縁にして寄宿学校の先輩であった厄介者その二のグレン・ジェファーソンだ。
因みにチェイスが幼い頃よりダントツ一位を維持している厄介者は、チェイスの実兄オリバーである。
「あ、判ったぞ! まぁたオリバーと間違えられて、なんか盗まれたんだろ? オリバーもなぁ、僕には勝らないものの、品行方正、眉目秀麗で昔っから女の子がきゃーきゃー騒いで、忙しい奴だよなぁ。確か最初に失くしたのがあいつのハンカチで、次が筆記具、学証、飲みかけのカップに食べかけの菓子、あぁ、終いにはたまたま手が当たっただけの学校の掲示新聞とかまで盗まれてたよな。その度に僕と君で犯人探しして……いやぁ、懐かしいなぁ。でも今回のは流石に笑い話で済まされないから参るよなぁ。盗まれたのがオリバーの私書だったら救いようがまだあったんだろうけど、よりによって皇太子殿下の親書だもんな」
そう、笑い話では済まされない。
オリバーの物や自分の物が失くなる度に、犯人探しと銘打って、ナンパ目的でグレンがチェイスを連れ回すのはいつもの事なのだが、今回は流石のチェイスも重い腰を上げないわけには行かなかった。
時はふた月ほど前まで遡る。
チェイス達が住むフィランジ王国に、国外から使節団を招く話が持ち上がったのが全ての始まりだった。
昨今著しく発展を遂げているフィランジ王国は、ザフィラ大陸の南西海岸沿いに位置し、南の海向こうにあるローカヴァン帝国との貿易や観光業を主な収入源としてきたとても古い歴史を持つ大国だ。
周りには幾つかの島と公国と呼ばれる小さな国が隣接していて、それらの国から原材料を仕入れ、加工することで国益を得ている。
ローカヴァン帝国がフィランジよりも大きな国であったこともあり、必然的にフィランジには多くの物や人が集まり、帝国には及ばないものの、今では医学から文学まで幅広い知識がここザフィラ大陸で最も最先端を行くと言っていいだろう。
それらの知識はフィランジの貴族や富裕層といった、一定の条件を満たした一部の人間にのみ学ぶことが許されたものであったが、使節団の話が持ち上がる半月前に、ローカヴァン帝国へ留学していた皇太子が帰国し、自らの経験を元に、階級を問わず有能な人材を国内外問わず広く受け入れる事が提案されたのだ。
世界の中心ともいえるローカヴァン帝国に倣うとあって、議会で反対意見を述べるものはごく少数に留まったのだが、なにぶん初めての試みということもあり、まずは他国との交流を深めるという名目の上で、試験的に使節団の受け入れをすることになった。
そして最初の事件が発生した。皇太子が自ら各国宛に認めた親書の一つが、あろうことか盗難に遭ってしまったのである。
フィランジ王国の北東、小国モトム公国へと送られる予定だった親書を皇太子より預かっていたのが、オリバー・トラステン伯爵ーーつまり厄介者第一位、チェイスの兄オリバーだ。
チェイスより五つ上、グレンより一つ下の恩年23歳になる若き伯爵オリバーは、チェイスと同じ金髪をしているのに、瞳の色は母譲りの鮮やかな碧眼で、やはり母に似てやけに整った顔立ちをしているが故に、チェイスが物心つく以前から、それはそれはモテるにモテた。
グレン自身がオリバーよりも美男子か否かはさておき、先程グレンが口にした数々の盗難被害は決して誇張でもなんでもなく、昔からとばっちりを食らうチェイスも全て事実だと認めざるを得ない。
最初に起きた親書盗難事件も隙を狙って、オリバーの何か身に付けている物を盗むようにと、自身の屋敷のメイドを間者として送り込んできた、とある貴族令嬢の仕業だった。
間者と言っても所詮屋敷勤めの素人メイドで、チェイスも幸いこの手の盗難被害には慣れていたし、直ぐに取り押えることが出来たのだが、それが議会の耳に入ってしまったのは不味かった。
当然オリバーは方々から大顰蹙を買い、二週間の謹慎処分、更にはことの次第を聞きつけた新聞社が、大々的にスクープとして紙面に載せてしまったことで、フィランジ全土にオリバーの醜聞が広まってしまったのである。
せめてそこで話が終わってくれれば良かったのだが、謹慎が解かれ、なんとか汚名返上のチャンスを頂いたにもかかわらず、オリバーはまたしても同じ失態を犯してしまった。
流石に今度は情報漏えいさせる訳にもいかず、グレンの伝手でレイバン公爵の協力を得る事で、なんとかそれまで以上の醜聞は広めずに済んでいる。
前回の事件を受けて出現したと思われる模倣犯に、チェイスもグレンもまたいつもと同じく何処かのご令嬢の仕業だろうと踏んでいた。
しかしすぐに見つかるだろうと、タカを括っていた犯人へ繋がる手掛かりはなかなか見つからず、これは何かがいつもと違うと捜査対象を広げてみた所、最近になって、ようやく行き着いたのがヘストン伯爵の存在だ。
ヘストン伯爵はオリバーが使者として訪問する予定だったモトム公国のすぐ南、フィランジ王国から見てほぼ東に位置するリスノス公国の出身で、議会が開かれた際には何かと兄のオリバーに難癖をつけてくるという、とてもはた迷惑なお家芸を得意としている。
モトムとリスノスは気候も生産物もよく似ているため、フィランジへの貿易面で昔からあまり仲がいいとは言えない。
モトム公国を後ろ盾とし、何かにつけて目立つオリバーの存在は、フィランジ国王のご機嫌を伺いたいヘストン伯爵にしてみれば、目の前を飛び回る害虫以外の何者でもないようなのだ。
特に最初の親書盗難騒ぎでは、辞職しろだの、爵位剥奪だのと、先陣切ってオリバーに野次を飛ばして盛大に足を引っ張ってくれた。
動機という点でかなり怪しすぎるヘストン伯爵を、いくらなんでもまさかと思いつつ試しに調べあげれば、まぁ、出るわ出るわ。
今回の事件とは無関係ではあるが、後援者との癒着に始まり、領地経営の改ざん、終いにはリノリス公国に住む親族に、フィランジ王国の極秘文書の一部を横流しにしていた等、悪事のフルコースメニューが次から次へと目の前に上げられ、もう結構だと胸焼けを起こした程だ。
これらの悪事を目の当たりにした事で、チェイスとグレンは本格的にヘストン伯爵の動向を見張った。
その上で更に浮上してきたのがリリア・ウォーレンスの存在だった。
ヘストンが何かしらの悪事にメイドや小間使いを使用するのは珍しい事ではなかったが、彼女の存在が他と異なっていたのは、元々城仕えのメイドだったという点だ。
しかも城仕え当時、彼女はオリバーが城で使っている書斎から比較的近い場所が管理担当となっていた上に、彼女が辞めた時期も丁度二度目の事件が起きた直後という事もあって、チェイスもグレンも不審に思った。
彼女の素性に関する情報提供をレイバン公爵に並行して頼みつつ、グレンは引き続きヘストン伯爵を、チェイスはリリアを見張ることとなる。
そして彼女の不運は続く。
彼女が伯父への手紙を投函するついでに頼まれていた伯爵の書信は、チェイスが回収してみれば、まさに盗まれた親書の取り引きに関するものだった。
書信の受取人はかなり用心深い人物らしく、毎回受け取りに来る人物を変え、その足跡を追う事は出来なかった。
チェイスは一旦そちらを諦め、再びリリアの動向に目を光らせる。
そして今日、とうとう彼女は行動を移した。
いつもなら郵便窓口へ行く筈のリリアは、何故か馬車駅へとその姿を現し、直接書信を手渡したのだ。
リリアが書信を手渡した老人の顔には見覚えがあった。
何度か窓口で書信を受け取るのをチェイスは目にしていたからだ。
老人が降りてきた馬車から、紳士用の白い手袋をした男の手が伸ばされた瞬間、チェイスはあの男だと確信する。
だがしかし、あと一歩という所で、男は親書と思しき書信と共にあっという間にその場から消え去ってしまったのだ。
その後に続くチェイスの失態は言うまでもない。
「リリア・ウォーレンス16歳。 "漁船から貿易船まで" で知られる海運業、ウォーレンス商会前社長の一人娘。伯父は数年前に歴史研究の功績により国王陛下より準男爵の称号を賜ったマルス・ウォーレンス準男爵で、前社長とその夫人であるリリアの両親は一年前の海難事故で共に他界。ウォーレンス商会の社長業は準男爵の娘でリリアの従姉妹であるユリア・ウォーレンスが引き継ぎ、リリアは半年前より準男爵の口利きで城に行儀見習いとして奉公に上がる。が、どういう経緯かヘストン伯爵に目を付けられ、ひと月前より中央都市郊外にあるヘストン伯の別邸で働き始める。資産は社交界に出られる程多くはないが、当面一人でも食べていける程度の貯蓄はあり、伯父の方にも金銭面でトラブルなし。彼女を知る同僚の話では婿探しが伯爵家で働いていた理由なのではないかとの証言あり……っと。経歴から見てもやっぱりシロだねぇこれは」
「…………」
城に設けられた書斎の一室で、デスクに置かれた報告書を手に取り、グレンがため息交じりに読み上げる。
長椅子に座っているチェイスはグレンから顔を背け、不貞腐れたように押し黙っていた。
「ご機嫌ななめだね? まぁ、無理もないか。捕まえたヘストンはシロではなかったものの、ヘストンが認識していた犯人と思しき人物の情報は架空の物だったし、犯人はよほど用心深いのか、馬車で男が蹴落としたあの召使も、元はただの浮浪者だった」
「…………」
「そこに加えてあの子に至っては、完全にただ巻き込まれただけのとばっちりときてる。結局ふりだしに戻っただけ」
「…………」
「まぁ、そう、落ち込まないでよ。ふりだしって言っても、少なくとも犯人が若い男だってのは判明したんだからさ。一歩ぐらいは前進してるよ。うん」
「…………」
「……ねぇ、機嫌が悪いのはわかるけど、せめて何か言ってくれない? 愚痴でも苦情でもなんっでも、頼れる君の先輩グレンさんが聞いちゃうからさ」
ぽんぽんとグレンに肩を叩かれたチェイスは、無言のままギロリとグレンを睨みつける。
しかしそれくらいでは動じないのが、腐れ縁にして寄宿学校の先輩であった厄介者その二のグレン・ジェファーソンだ。
因みにチェイスが幼い頃よりダントツ一位を維持している厄介者は、チェイスの実兄オリバーである。
「あ、判ったぞ! まぁたオリバーと間違えられて、なんか盗まれたんだろ? オリバーもなぁ、僕には勝らないものの、品行方正、眉目秀麗で昔っから女の子がきゃーきゃー騒いで、忙しい奴だよなぁ。確か最初に失くしたのがあいつのハンカチで、次が筆記具、学証、飲みかけのカップに食べかけの菓子、あぁ、終いにはたまたま手が当たっただけの学校の掲示新聞とかまで盗まれてたよな。その度に僕と君で犯人探しして……いやぁ、懐かしいなぁ。でも今回のは流石に笑い話で済まされないから参るよなぁ。盗まれたのがオリバーの私書だったら救いようがまだあったんだろうけど、よりによって皇太子殿下の親書だもんな」
そう、笑い話では済まされない。
オリバーの物や自分の物が失くなる度に、犯人探しと銘打って、ナンパ目的でグレンがチェイスを連れ回すのはいつもの事なのだが、今回は流石のチェイスも重い腰を上げないわけには行かなかった。
時はふた月ほど前まで遡る。
チェイス達が住むフィランジ王国に、国外から使節団を招く話が持ち上がったのが全ての始まりだった。
昨今著しく発展を遂げているフィランジ王国は、ザフィラ大陸の南西海岸沿いに位置し、南の海向こうにあるローカヴァン帝国との貿易や観光業を主な収入源としてきたとても古い歴史を持つ大国だ。
周りには幾つかの島と公国と呼ばれる小さな国が隣接していて、それらの国から原材料を仕入れ、加工することで国益を得ている。
ローカヴァン帝国がフィランジよりも大きな国であったこともあり、必然的にフィランジには多くの物や人が集まり、帝国には及ばないものの、今では医学から文学まで幅広い知識がここザフィラ大陸で最も最先端を行くと言っていいだろう。
それらの知識はフィランジの貴族や富裕層といった、一定の条件を満たした一部の人間にのみ学ぶことが許されたものであったが、使節団の話が持ち上がる半月前に、ローカヴァン帝国へ留学していた皇太子が帰国し、自らの経験を元に、階級を問わず有能な人材を国内外問わず広く受け入れる事が提案されたのだ。
世界の中心ともいえるローカヴァン帝国に倣うとあって、議会で反対意見を述べるものはごく少数に留まったのだが、なにぶん初めての試みということもあり、まずは他国との交流を深めるという名目の上で、試験的に使節団の受け入れをすることになった。
そして最初の事件が発生した。皇太子が自ら各国宛に認めた親書の一つが、あろうことか盗難に遭ってしまったのである。
フィランジ王国の北東、小国モトム公国へと送られる予定だった親書を皇太子より預かっていたのが、オリバー・トラステン伯爵ーーつまり厄介者第一位、チェイスの兄オリバーだ。
チェイスより五つ上、グレンより一つ下の恩年23歳になる若き伯爵オリバーは、チェイスと同じ金髪をしているのに、瞳の色は母譲りの鮮やかな碧眼で、やはり母に似てやけに整った顔立ちをしているが故に、チェイスが物心つく以前から、それはそれはモテるにモテた。
グレン自身がオリバーよりも美男子か否かはさておき、先程グレンが口にした数々の盗難被害は決して誇張でもなんでもなく、昔からとばっちりを食らうチェイスも全て事実だと認めざるを得ない。
最初に起きた親書盗難事件も隙を狙って、オリバーの何か身に付けている物を盗むようにと、自身の屋敷のメイドを間者として送り込んできた、とある貴族令嬢の仕業だった。
間者と言っても所詮屋敷勤めの素人メイドで、チェイスも幸いこの手の盗難被害には慣れていたし、直ぐに取り押えることが出来たのだが、それが議会の耳に入ってしまったのは不味かった。
当然オリバーは方々から大顰蹙を買い、二週間の謹慎処分、更にはことの次第を聞きつけた新聞社が、大々的にスクープとして紙面に載せてしまったことで、フィランジ全土にオリバーの醜聞が広まってしまったのである。
せめてそこで話が終わってくれれば良かったのだが、謹慎が解かれ、なんとか汚名返上のチャンスを頂いたにもかかわらず、オリバーはまたしても同じ失態を犯してしまった。
流石に今度は情報漏えいさせる訳にもいかず、グレンの伝手でレイバン公爵の協力を得る事で、なんとかそれまで以上の醜聞は広めずに済んでいる。
前回の事件を受けて出現したと思われる模倣犯に、チェイスもグレンもまたいつもと同じく何処かのご令嬢の仕業だろうと踏んでいた。
しかしすぐに見つかるだろうと、タカを括っていた犯人へ繋がる手掛かりはなかなか見つからず、これは何かがいつもと違うと捜査対象を広げてみた所、最近になって、ようやく行き着いたのがヘストン伯爵の存在だ。
ヘストン伯爵はオリバーが使者として訪問する予定だったモトム公国のすぐ南、フィランジ王国から見てほぼ東に位置するリスノス公国の出身で、議会が開かれた際には何かと兄のオリバーに難癖をつけてくるという、とてもはた迷惑なお家芸を得意としている。
モトムとリスノスは気候も生産物もよく似ているため、フィランジへの貿易面で昔からあまり仲がいいとは言えない。
モトム公国を後ろ盾とし、何かにつけて目立つオリバーの存在は、フィランジ国王のご機嫌を伺いたいヘストン伯爵にしてみれば、目の前を飛び回る害虫以外の何者でもないようなのだ。
特に最初の親書盗難騒ぎでは、辞職しろだの、爵位剥奪だのと、先陣切ってオリバーに野次を飛ばして盛大に足を引っ張ってくれた。
動機という点でかなり怪しすぎるヘストン伯爵を、いくらなんでもまさかと思いつつ試しに調べあげれば、まぁ、出るわ出るわ。
今回の事件とは無関係ではあるが、後援者との癒着に始まり、領地経営の改ざん、終いにはリノリス公国に住む親族に、フィランジ王国の極秘文書の一部を横流しにしていた等、悪事のフルコースメニューが次から次へと目の前に上げられ、もう結構だと胸焼けを起こした程だ。
これらの悪事を目の当たりにした事で、チェイスとグレンは本格的にヘストン伯爵の動向を見張った。
その上で更に浮上してきたのがリリア・ウォーレンスの存在だった。
ヘストンが何かしらの悪事にメイドや小間使いを使用するのは珍しい事ではなかったが、彼女の存在が他と異なっていたのは、元々城仕えのメイドだったという点だ。
しかも城仕え当時、彼女はオリバーが城で使っている書斎から比較的近い場所が管理担当となっていた上に、彼女が辞めた時期も丁度二度目の事件が起きた直後という事もあって、チェイスもグレンも不審に思った。
彼女の素性に関する情報提供をレイバン公爵に並行して頼みつつ、グレンは引き続きヘストン伯爵を、チェイスはリリアを見張ることとなる。
そして彼女の不運は続く。
彼女が伯父への手紙を投函するついでに頼まれていた伯爵の書信は、チェイスが回収してみれば、まさに盗まれた親書の取り引きに関するものだった。
書信の受取人はかなり用心深い人物らしく、毎回受け取りに来る人物を変え、その足跡を追う事は出来なかった。
チェイスは一旦そちらを諦め、再びリリアの動向に目を光らせる。
そして今日、とうとう彼女は行動を移した。
いつもなら郵便窓口へ行く筈のリリアは、何故か馬車駅へとその姿を現し、直接書信を手渡したのだ。
リリアが書信を手渡した老人の顔には見覚えがあった。
何度か窓口で書信を受け取るのをチェイスは目にしていたからだ。
老人が降りてきた馬車から、紳士用の白い手袋をした男の手が伸ばされた瞬間、チェイスはあの男だと確信する。
だがしかし、あと一歩という所で、男は親書と思しき書信と共にあっという間にその場から消え去ってしまったのだ。
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