ベア・サモナー

青蘭(あおらぎ)

最終話.エピローグ

 ―――そして数年が経つ。



 召喚志学校、講堂。

「改斗!」

 響き渡る怒声。お馴染みの授業風景だ。生徒たちはクスクス笑いながら、テーブルに突っ伏して鼾全開で寝ている学校一の魔力の持ち主をちらちら見ている。横で生あくびをかましている友人のギルもすっかり有名人だ。
 睨みつけるレージュ先生の視線がギルにも注がれて、居眠りを無視した方が楽しいのに、と思いつつもギルは改斗の体を揺すってやる。

 そしていつものように目を擦りながら改斗が起きた。ずれた眼鏡を直しレージュ先生を見ると、いつものように腕を真っ直ぐ講堂のドアに伸ばし、立ってなさい、の動作を見ることができた。

 生返事をして、改斗はポケットに手を突っ込みながら廊下へ。誰かが熱い視線を向けてきたが、無視して通り過ぎた。年を重ねて大人っぽくなった改斗は、以前より女子に勘違いされるようになっていた。授業が終わったらまた説明か、と心中でため息をつく。

 廊下に出て一人、特にすることもないので、改斗は先日廊下に張り出されたテスト結果を見た。


 魔力値 一位 改斗
 操術値 一位 明由美
 総合値 …………………………………九十位 明由美  九十二位 改斗/九十九名中


 あれから二年の歳月が流れていた。その間、改斗と明由美はずっとそれぞれの得意分野で一位を取り続け、総合値もあまり変わらず赤点だ。
 紫龍を倒して戻った学校では、もちろん処分が待っていた。しかし退学ではなく謹慎処分。その年には普通に授業に出ることができた。

 生徒たちは改斗と明由美が二人召喚を成功させたことを知らされていないらしい。教師たちも追手を送ったはいいが、実際に実物を見たわけではないから半信半疑で、結局、流れて終わる形になった。

 それでも改斗はそれで終わらせないために、明由美と一緒に学校側と交渉中だ。普通なら一蹴されてしまう二人召喚の議題だが、学校一の魔力と操術を持つ二人の言と、そして今や重要な職を任されるようになったクライドの言は強力で、無視できないのだという。

 二人召喚を公認の下に行うために、日々頑張っている二人だ。今日も朝から明由美が交渉に行っているはず。改斗と違い、一定の履修を終えた明由美は授業に参加しなくてもいいのだ。つまり改斗はまだ単位を取れず、履修を終えていないということ。

 やる気なさそうに窓の外を見ていると、職員の寮がある方面から一組の男女が歩いてきた。何かを話している。

「あ、改斗だ」

 特に驚きもせず、女子の方が気づいた。近づいてきたその女子は、明由美と一年前まで同室だったカナだ。二年前は短かった髪も、今は長髪になっていて女らしい。
 彼女は去年、召喚士としてこの学校の職員に就職していた。

「また立たされてるんだ? 変わんないね」
「俺はもう授業聞かなくたって全部分かってるんだよ。分かって寝てんの」
「その割には単位を落としていると聞いたぞ」

 カナの隣にいたのはクライドだった。兄妹で学校の職員となった今、兄から教わることは多いようで、このところ二人でいるのをよく見かける。
 二年前に学校に帰ってから、クライドがカナを訪ねるようになり、時々勉強を教えていたらしく、その頃から兄妹の溝はなくなっていったようだ。クライドの表情にも少し穏やかさが見え隠れするようになった。まだまだ厳しい風情は女子に人気だが。

「俺は単位取れなくたって、召喚士になれればいいんだ。二人召喚さえできればこんなとこ」
「そんな気持ちでは当分無理だな」
「改斗、私たちも交渉してるから、頑張って」

 激励なのかけなされているのか分からないまま、二人は職務場所へと去っていった。

 爽やかな午後。授業中だと廊下は静かだ。
 一人になると、思い出す。二年前、明由美と無理矢理召喚を実行してこの学校から逃げたこと。
 追われながら故郷に向かう途中で、少女と巨大化した猫に会ったこと。
 いけ好かないが尊敬できる召喚士と美しい魔物に出会ったこと。
 当時、追手として立ちはだかったクライドと戦ったこと。
 そして紫龍との決戦。そこで大切な仲間を失ったこと。

 まだ二年しか経っていないのに、思い出として懐かしめるのは人間の成せる業だ。意志のあるスカイベートは覚えているだろうか。四散し彩流として世界を漂っている今も、意志がなくなってしまっているとしても、懐かしい思いを持ってくれているだろうか。
 思っていなくとも、いつかは必ず思い出させてやるつもりだ。

「あ、お兄ちゃん」

 今度の通行者は、年齢とともにさらに可愛さに磨きをかけた妹の明由美だった。綺麗になっていくにつれ、男どもが寄ってくるから目が離せない。明由美からはまだ彼氏がいるという話は聞いていないが、シスコンぶりは健在で、明由美に近づく男は皆チェックしている。まれに改斗の方に明由美との交際の了承を得ようとやってくる男子生徒もいるが、それは正しい判断ではない。ことごとく払われるので。そして本当に極たまに、払われた相手が改斗自身に狙いをつけることがあったりなかったり。

 と、改斗も忙しい毎日を送っている(?)が、明由美もそんな毎日を送っている。兄に近づく女を要チェック。ほとんどは瞳に魅せられて惚れる女子が大半だが、たまに本気の子もいるので目を光らせている。大好きなお兄ちゃんぶりは、こちらも健在。兄より密かに行っているところが改斗と違うところ。

「交渉、どうだった?」
「これから。お兄ちゃんは何? また寝てたの?」

 手を後ろで組んで覗き込むようにすると、明由美のセミロングの髪が綺麗に揺れた。

 なんであいつらと同じこと、とぶつぶつ言いながら改斗が両手を肩の高さで挙げて、肩を竦める。

「見れば分かるだろ?」
「いつまでもそんなんじゃ、次ベートさんに会った時、また呆れられるよ?」
「それを楽しみにしてるんだよ」
「もう」

 腰に手を当てて明由美がスカイベートの代わりに呆れている。

「だったらお兄ちゃんも頑張ってください。単位取っちゃえば私と一緒に交渉に回れるんだから。お願いします」
「はいはい、頑張ります。あ、そうそう」

 ポケットから改斗が木製の茶色いクマの顔を明由美に差し出した。傘の柄の部分についていたものと似ている。

「これ……」

 受け取ってまじまじ見つめる明由美に笑って、改斗が言う。

「あの時壊れただろ? 傘は似たようなの用意すればいいし、それさえあれば元通りになるかと思ってさ。今度もできればそれに召喚して、ベートいじめてやろうってのもあるけど」

 冗談なのか本気なのか分からないが、それを嬉しそうに語る改斗がスカイベートとの再会を楽しみにしているのは一目瞭然だ。もちろん明由美だって会いたい。

 呼び出せるかなんて分からない。二人召喚を認めてもらったとしても、またスカイベートを呼べる保障などどこにもない。それでも一縷いちるの望みを捨てられない。すべての条件がそろえば、また呼び出せると信じている。

「明由美。今日は俺も交渉、行くよ」
「え、だってまだ授業」

 明由美の手を取る。なんだかんだ言われる前に動いてしまえばこっちのものだ。

「行っくぞぉ!」

 改斗がこの後、レージュ先生にこっ酷く叱られたのは言うまでもない。

 スカイベートをまたこの輪の中へ。何度非難され、何度却下されても、何度でも立ち向かってやる。夢を、実現させる。絶対に。
 俺と明由美がいれば不可能なんてない、ベートが加われば最強だ。と強気に言ったら、尊大なスカイベートならしれっとこう言うだろう。
 甘いな。だが、悪くない、と。


 それが現実に聞けたのは、それからしばらくして、すぐのこと。



    〈了〉


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