ベア・サモナー

青蘭(あおらぎ)

12.迷子の子猫 -少女と野獣ー

 改斗は遠くから聞こえた悲鳴のような音に、落ちていた意識を戻された。薄っすら目を開けると、つい数時間前まではよく見えなかった木々の景色が、ぼんやりとしらんで浮かび上がっている。明け方だ。

 土の匂いが鼻について、改斗は自分が倒れていることに気づいた。木の幹に背を預けていたはずなのに、いつの間にか体が傾いてしまったらしい。
 明由美はさすがといえようか、上品に脚を揃えて座ったまま静かな寝息を立てている。改斗は起き上がって隣に戻ると、感心しながら妹の寝顔を見た。相変わらずしっかりしていて可愛くて、自慢の妹だと思う。

「聞こえているか?」

 不意に聞こえた声に改斗は驚きを隠せず辺りを見回した。しかし誰もおらず再び視線を戻すが、明由美はまだ眠ったままだ。それに、明由美の声にしては低かった気がする。

「数時間寝てもう忘れたのか阿呆」
「あ、ベートか」

 明由美の膝の上でクマの顔が呆れていた。かなり疲れていたからか、一眠りしてもう、意志があるほどの彩流をクマの傘に宿せた事実が頭から抜けてしまっていた。

「聞こえてるって、悲鳴のこと?」
「悲鳴だけではない。誰かが草を掻き分けてこちらへ向かってくる」
「追手……じゃないよな。こんな朝早くになんだろう?」

 そうこうしているうちに、その悲鳴は看過できないほどの大きさとなって改斗たちの耳に届いてきた。熟睡していた明由美も目を覚ます。
 二人と一匹は近づいてくる悲鳴と草の擦れ合うやかましい音が向かってくる一点に意識を集中し、身構えた。

 そうして躍り出たのは――。

「女の子? うおっ」

 拍子抜けした改斗の腹目がけて突進する少女をなんとか受け止める。

「改斗!」

 緊迫した空気をもたらした犯人が少女だったことに安堵して警戒を緩めた改斗に、再び危険を喚起させようとスカイベートが叫ぶ。
 少女が現れた草むらから今度は突然、何かの獣が改斗に襲いかかった。

「お兄ちゃん!」

 シルエットからして動物。大きさからして野獣。豹のような生き物だ。

 改斗は踏ん張れずに、少女を抱えたまま横転させられた。そこに勢いのままのしかかってくる豹型の野獣。
 咄嗟の身動きも取れなかった。突然の出来事、突然の危機に、改斗の頭がついていかない。

 その穴を埋めたのは明由美だった。助けようとすぐに駆け寄り、クマの顔を前方にかざす。
 そしてスカイベートが口を開いた。

 ゴウ

 炎発射。改斗が魔力を送らなくても、スカイベートに残っていた魔力で攻撃が可能だ。唾を吐くように吹いた炎は正確に野獣だけを捉えると、風圧だけで改斗から敵を引き剥がした。どちらかというと、炎よりも風を起こした感覚に近い。
 豹の野獣は鳴きながら森の奥へ逃げていった。

「大丈夫!?」

 心配そうに改斗に駆け寄る明由美。改斗はずれた眼鏡を直しながら、ゆっくり体を起こした。

「ああ、平気。おっ」

 起きると同時に、抱え込んでいた少女も改斗の腕の中で動いた。

「おーい。大丈夫かー?」

 顔を上げない子供に、改斗が頭を撫でながら覗き込む。身長と幼さからして年の頃四、五歳といったところ。
 二つに結んだ髪はほどけそうになっていて、可愛いワンピースも砂だらけ。さっきの野獣に追いかけ回されでもしたのか。

 女の子は優しく撫でてくれた手を見るように顔を上げた。改斗に見せた顔も砂と涙とで泥だらけだった。
 安堵したのか、少女はさっきまで泣き止みそうだった顔をまた歪めて、改斗に抱きついた。また泣き出す。

「怖かったんだね、この子」

 改斗は泣いている間ずっと、女の子の頭を撫でてやっていた。




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