ベア・サモナー
1.プロローグ ー試験結果~決断ー
空が青い。いつにも増して、太陽も祝福とばかりに神々しい光を注いでいる気がする。
もっとも、祝福だったらここで学ぶ大半の生徒にはもたらされないものだが。
「はあ……」
一枚の白い紙に目を落として落胆しているのは、肩の上で切り揃えられた栗色の髪を持つ少女、明由美。ベンチに脚を揃えて座り、背筋も伸びている行儀のよさは優等生を思わせ、女の子らしい温かさは空気を和ませる力がある。
そんな彼女の顔に暗い色を落とさせたその紙は、1週間前に行われたテストの結果だった。
『魔力値――15 不合格 操術値――99/100 合格』
「はぁ……」
もう一度ため息を吐かずにはいられない。この2つの項目が90以上でなければ合格がもらえない試験で、明由美のこの数字は才能のなさをいつも眼前に突きつけるものだからだ。
「おーい明由美! どうだった?」
悲嘆にくれた背中に、明るい声がかけられた。その声を聞いただけで、明由美の落ち込んだ心は少し温かくなる。
明由美が振り向く間もなく兄、改斗が滑り込むようにして前に回り込んだ。
少し躊躇って、明由美はテスト結果を見せる。一瞬改斗の顔が虚を衝かれたように固まったが、妹の不合格を知ると、苦笑の中にも万遍な笑顔を作って自分の結果も見せてやった。
『魔力値――290 合格 操術値――20/100 不合格』
妹とはまるで正反対のこの数値は、改斗がいかに魔力という才能に恵まれ、いかに努力という忍耐を習得していないかがはっきりと記してある。いや、努力で補えるといっても、操術値は理論的に理解、構築して感覚で操作することが要求される値だから、これも一種の才能が必要なのかもしれないが、それを差し引いても改斗の操術値の低さは目に余る。
生徒たちは改斗のことを宝の持ち腐れ、と冗談交じりに皮肉るほどだ。
「お兄ちゃんも駄目だったんだ……」
明由美がまた落胆した。入学した当初はまだ目覚しい成長を遂げていた明由美も、もう二年、ずっとこの調子。最低どちらかが召喚士になることを目標としているだけに、ショックは大きい。
こんな現状に、明由美は口から出る弱音を抑えることができなかった。
「どうすれば、いいのかなぁ? いくら頑張っても変わらない。どれだけやっても操術ばっかりうまくなって、魔力は上がらない。やっぱり生まれながらにない人は、駄目なのかな……」
言いながら、胸に申し訳ない気持ちが広がって、涙がこぼれそうになってくる。無理を言って兄についてきたのに、これでは意味がない。何か力になりたいのに、結果が出せない。何もできない自分に腹が立つ。
「ごめんね、お兄ちゃん。役に、立てなくて、ごめんね……」
明由美は溢れそうになる涙を堪え、俯いた。
膝の上でぎゅっと握った拳に、改斗の手が重ねられる。
優しく手を差し伸べられて、明由美は顔を上げた。
「謝らなくていい。役に立たなくなんかない。明由美は明由美にしかできないことを伸ばしてくれればいい。もう、悩まなくていい」
その言葉には優しさ、というよりも明るさ、が込められていた。
「でも、魔力がなきゃ召喚はできないよ? お兄ちゃんも操術がなきゃ……」
「できない。今まで通りにやってたらな」
「……どういう、こと?」
明由美の視線を受けながら、改斗は手を放して立ち上がった。彼の耳に下がっている六芒星のピアスが日光を反射して、金色の光を放つ。
この辺りを占める緑の木々のそのまた奥を、先を見据えるように遠くを見つめながら、改斗は呟いた。
「二人でやるんだ」
「え……」
立ち上がろうとした明由美を、改斗の正視が遮る。
「三年、同じことを繰り返してきた。一年目は目に見える結果が残せてよかったけど、それ以降は成長なんて呼べるものは何もない。そんで三度目の正直にも見放された。そして先生たちの話じゃ、あいつはまた村に戻ってきてる。それを黙って見てるなんて我慢ならない。なら、方法は一つだ」
淡々と語る改斗には珍しく、真剣さと赤い目さながらに燃える怒りがない交ぜになって、強い眼光を放っていた。その怒りがあいつに向けられていることを知っているのは明由美だけだ。
胸中で兄のそれを受け止めて唾を飲み込む明由美に、改斗は途端に悪戯っぽい笑顔を向けてしゃがみ込み、見上げる。
「そのためには明由美の操術が必要だ」
明由美もすぐに協力したいと思った。兄が操術しかできない自分を必要としてくれるのが、とても嬉しかったから。
けれど、兄がやろうとしていることは規律に反すること。命に関わるかもしれない問題。
そんな明由美の不安を察したのだろう、改斗はまた無邪気に笑った。どちらかというと苦笑に近い顔。
「危険なことだけどさ。でも、他に思いつかない。もう、あいつに好き勝手されるのは、耐えられない。だから……」
先ほどの無邪気な笑顔はもう、過去を思ってにじみ出る決意に消され、真剣さを帯びている。
明由美だって兄と同じ思いだ。なんとかしたいという思いは持っている。
一度目を伏せ、明由美はここで覚悟を決めようと気持ちを落ち着かせた。
「明由美……」
訓練すれば少しは補えるといっても魔力は先天的なものだから、明由美にはきっと一生かかっても召喚は無理だろう。でも兄の力になると決めてついてきた。
だったら、今がその時だ。
兄となら、きっとやれる。
「分かった。うん、やろう、お兄ちゃん」
「よしっ!」
勢いをつけて立ち上がり、よく言ったとまた無邪気に笑って、改斗は明由美の肩を叩いた。本当に嬉しそうに笑うから、明由美もつられて好い笑顔になってしまう。
これから何が起ころうとも、二人だから乗り越えられる。困難な道でも、規律に反してでもやりたい思いがある。やらなければならない理由がある。
改斗と明由美はともに向かう意志を、一緒に心に打ち立てた。
もっとも、祝福だったらここで学ぶ大半の生徒にはもたらされないものだが。
「はあ……」
一枚の白い紙に目を落として落胆しているのは、肩の上で切り揃えられた栗色の髪を持つ少女、明由美。ベンチに脚を揃えて座り、背筋も伸びている行儀のよさは優等生を思わせ、女の子らしい温かさは空気を和ませる力がある。
そんな彼女の顔に暗い色を落とさせたその紙は、1週間前に行われたテストの結果だった。
『魔力値――15 不合格 操術値――99/100 合格』
「はぁ……」
もう一度ため息を吐かずにはいられない。この2つの項目が90以上でなければ合格がもらえない試験で、明由美のこの数字は才能のなさをいつも眼前に突きつけるものだからだ。
「おーい明由美! どうだった?」
悲嘆にくれた背中に、明るい声がかけられた。その声を聞いただけで、明由美の落ち込んだ心は少し温かくなる。
明由美が振り向く間もなく兄、改斗が滑り込むようにして前に回り込んだ。
少し躊躇って、明由美はテスト結果を見せる。一瞬改斗の顔が虚を衝かれたように固まったが、妹の不合格を知ると、苦笑の中にも万遍な笑顔を作って自分の結果も見せてやった。
『魔力値――290 合格 操術値――20/100 不合格』
妹とはまるで正反対のこの数値は、改斗がいかに魔力という才能に恵まれ、いかに努力という忍耐を習得していないかがはっきりと記してある。いや、努力で補えるといっても、操術値は理論的に理解、構築して感覚で操作することが要求される値だから、これも一種の才能が必要なのかもしれないが、それを差し引いても改斗の操術値の低さは目に余る。
生徒たちは改斗のことを宝の持ち腐れ、と冗談交じりに皮肉るほどだ。
「お兄ちゃんも駄目だったんだ……」
明由美がまた落胆した。入学した当初はまだ目覚しい成長を遂げていた明由美も、もう二年、ずっとこの調子。最低どちらかが召喚士になることを目標としているだけに、ショックは大きい。
こんな現状に、明由美は口から出る弱音を抑えることができなかった。
「どうすれば、いいのかなぁ? いくら頑張っても変わらない。どれだけやっても操術ばっかりうまくなって、魔力は上がらない。やっぱり生まれながらにない人は、駄目なのかな……」
言いながら、胸に申し訳ない気持ちが広がって、涙がこぼれそうになってくる。無理を言って兄についてきたのに、これでは意味がない。何か力になりたいのに、結果が出せない。何もできない自分に腹が立つ。
「ごめんね、お兄ちゃん。役に、立てなくて、ごめんね……」
明由美は溢れそうになる涙を堪え、俯いた。
膝の上でぎゅっと握った拳に、改斗の手が重ねられる。
優しく手を差し伸べられて、明由美は顔を上げた。
「謝らなくていい。役に立たなくなんかない。明由美は明由美にしかできないことを伸ばしてくれればいい。もう、悩まなくていい」
その言葉には優しさ、というよりも明るさ、が込められていた。
「でも、魔力がなきゃ召喚はできないよ? お兄ちゃんも操術がなきゃ……」
「できない。今まで通りにやってたらな」
「……どういう、こと?」
明由美の視線を受けながら、改斗は手を放して立ち上がった。彼の耳に下がっている六芒星のピアスが日光を反射して、金色の光を放つ。
この辺りを占める緑の木々のそのまた奥を、先を見据えるように遠くを見つめながら、改斗は呟いた。
「二人でやるんだ」
「え……」
立ち上がろうとした明由美を、改斗の正視が遮る。
「三年、同じことを繰り返してきた。一年目は目に見える結果が残せてよかったけど、それ以降は成長なんて呼べるものは何もない。そんで三度目の正直にも見放された。そして先生たちの話じゃ、あいつはまた村に戻ってきてる。それを黙って見てるなんて我慢ならない。なら、方法は一つだ」
淡々と語る改斗には珍しく、真剣さと赤い目さながらに燃える怒りがない交ぜになって、強い眼光を放っていた。その怒りがあいつに向けられていることを知っているのは明由美だけだ。
胸中で兄のそれを受け止めて唾を飲み込む明由美に、改斗は途端に悪戯っぽい笑顔を向けてしゃがみ込み、見上げる。
「そのためには明由美の操術が必要だ」
明由美もすぐに協力したいと思った。兄が操術しかできない自分を必要としてくれるのが、とても嬉しかったから。
けれど、兄がやろうとしていることは規律に反すること。命に関わるかもしれない問題。
そんな明由美の不安を察したのだろう、改斗はまた無邪気に笑った。どちらかというと苦笑に近い顔。
「危険なことだけどさ。でも、他に思いつかない。もう、あいつに好き勝手されるのは、耐えられない。だから……」
先ほどの無邪気な笑顔はもう、過去を思ってにじみ出る決意に消され、真剣さを帯びている。
明由美だって兄と同じ思いだ。なんとかしたいという思いは持っている。
一度目を伏せ、明由美はここで覚悟を決めようと気持ちを落ち着かせた。
「明由美……」
訓練すれば少しは補えるといっても魔力は先天的なものだから、明由美にはきっと一生かかっても召喚は無理だろう。でも兄の力になると決めてついてきた。
だったら、今がその時だ。
兄となら、きっとやれる。
「分かった。うん、やろう、お兄ちゃん」
「よしっ!」
勢いをつけて立ち上がり、よく言ったとまた無邪気に笑って、改斗は明由美の肩を叩いた。本当に嬉しそうに笑うから、明由美もつられて好い笑顔になってしまう。
これから何が起ころうとも、二人だから乗り越えられる。困難な道でも、規律に反してでもやりたい思いがある。やらなければならない理由がある。
改斗と明由美はともに向かう意志を、一緒に心に打ち立てた。
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