死なない奴等の愚行

山口五日

第134話 バスの旅が始まるようです

「よし、バスを動かしてみるぞ」
「大丈夫! 早く動かしてよっ!」


 進行方向右側の先頭にある操作席のすぐ後ろに座るフェルが早く動かしてと急かす。
 他の皆は外でこちらの様子を伺っている。とりあえずフェルと俺だけでバスの安全性を確認する事に。全員乗りこんで、起動したら爆発……なんて事も充分にあり得るからな。


 博士の残した書置きにあった説明を頭に浮かべながら操作を始める。
 ええっと……ハンドルってやつを握って……おおっ魔力が吸われてる!?


 バスが俺の魔力を吸い上げ、震え出し起動した事を告げる。一瞬爆発するのではないかと緊張するが、どうやら問題なさそうだ。


 ……これで、あとは足元のアクセルとやらを踏めば…………おおっ!?


 バスは動き出した。ただ前にではなく、後ろに進んでしまう。


「あれ? どうなってんだ? なんで後ろに進むんだ!? と、とりあえず、アクセルから足を離して…………あ、やべ! アクセルまた踏んじまった!?」
(ケルベロスさん! 後ろ! そのままだと木にぶつかりますよ!)
「うおおおおおおおおお!?」


 ……そんな感じで危なかしい出だしだったが、改めて説明を読み込んで、三十分も操作をすればだいぶ慣れてきた。そして爆発などの危険性もない事も確認できた。


 ただ、このバスという魔道具は慌てて操作はしてはいけない。緊急な事態の時こそ冷静にハンドル操作。そしてブレーキを用いなければならない。安全第一で操作しよう。


「よし、それじゃあぼちぼち行くか」
「「「「「はい!」」」」」


 ガルダ達も乗り込み、出発準備は整った。
 沢山あるミラーで車内を見て、皆が座っている事を確認すると再びハンドルを握り締めて起動させ、アクセルを踏み込んだ。


 こうして野営地を後にし、ハーフモンスターの国へと向かう。


「このバスっていう魔道具凄いですね……こんなに大きいのに、馬車よりも速いですし……」


 フェルが座っている席とは反対側に座るガルダが感嘆の声を漏らす。
 サーペントを含め、他の皆も似たような事を思っているらしく、窓から見える流れるような外の風景をジッと見ていた。


「一応、もっと速くできるんだが…………緊急の時以外は今の速さだな」
「どうしてですか?」
「…………なんか、この速度以上は出してはいけないような気がしてな」


 色々なボタンがある中に幾つか数字が並んでいて、針が数字を指し示す計器らしきものがあった。暫く見た感じから察するに、おそらく速さに応じて針がその速さを示す数字を報せるものだ。


 速くなるにつれ針が指し示す数字が大きくなっていく。現在の数字よりも大きい数字があるという事はアクセルをより踏み込めば、おそらくより速く動く事ができると思われる。


 だが、俺はこれ以上速くはできなかった。
 最初ガルダ達を乗せずに練習をしている時、「もっと速く走って!」とねだられたが、俺はその言葉には従えなかった。


 どうしてそのように頑なに現状よりも速度を上げないのか、自分でも明確には分からない。ただ、どうやらこれも失った過去の記憶のせいかもしれない。それ以上速くしては駄目だと……そう言われているような気がした。


「そうなんですか……ケルベロスさんが言うなら、きっとこれ以上速くしてはいけないんでしょうね」


 ガルダは俺への謎の信頼があって、そんな曖昧な説明で納得してくれた。そして続けて一つ提案をするのだった。


「ケルベロスさん、良ければ俺が代わりますよ。馬を操るよりは簡単そうですし……」
「ありがとう。だけど、たぶんこの中だと俺が適任なんだ。というか、俺がやるしかない」
「どういう事です?」
「このバスって魔道具、ガンガン魔力を吸ってくんだよ。馬車より一日の移動距離は稼げそうだが……たぶん休憩を挟んでも四時間くらいしか動かせない」
「よ、四時間ですか……それなら尚の事、途中で俺が代わりますよ」
「……ガルダ、一回こっちに来てハンドルに触れてみてくれ。俺の握っているやつな」


 俺に言われてガルダは立ち上がり、ハンドルに触れてみる。すると彼は慌てて手を引っ込めた。


「ケ、ケルベロスさん! これって……」
「ああ、普通の人なら十分も動かせないだろうな」


 このバスはとんでもない量の魔力を触れている間、吸い続ける。フェルやサーペントなら長時間の運転ができるかもしれないが、二人にはいざという時に戦って貰わなければならない。だから俺が適任だ。


「まあ、この魔道具に関しては俺に任せて座っていてくれ」
「は、はい……やっぱりケルベロスさんは凄いな……」


 ぼそりと呟いた言葉をしっかり俺は聞いて、心の中で安堵する。
 良かった……俺にも役割ができて良かった……。


 ゴブリンにボコボコにされる姿を見せてしまい愛想を尽かされたかも。そんなふうにも思っていたが……ジジイ、いや、博士。本当にありがとう。バスに関してはこころの底から感謝する。


 こうして気分良く俺はバスを走らせるのだった。

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