死なない奴等の愚行

山口五日

第112話 意外と役立つオッサンのアドバイス

 隠蔽していた魔法の使用が俺でも感じる事ができた直後、その魔法を彼女は解いた。すると、女性の容姿に変化が現れる。


 瑞々しかった肌の所々に赤い鱗が現れ、目は黄色く獰猛性を秘めたものへと変わる。


「……それが本当の姿なのか?」
「ええ、私自身がハーフモンスターなのですよ」
「この店の主人も知っているのか?」
「ええ……というか私が店の主人でございます。この奴隷の首輪は偽物ですよ」


 そう言って首輪に手を掛けると簡単に外れてしまう。奴隷が自身の首輪を外すことは、かけられている魔法によってできないようになっているはずだ。


「どうしてそんな事を?」
「奴隷の身分を偽っているのは、現場でお客様を見る為ですよ。購入後、奴隷をきちんと扱ってくれるだろうかなどを見るのです。それと姿を魔法で変えていたのは、ハーフモンスターである事をばれないようにする為。それで理由は充分かと」
「……そうだな。だけど、どうして奴隷商なんかやってるんだ? 人を相手にする商売なんてやっていたら、ハーフモンスターである事がばれるリスクだって高いだろ?」
「それは…………この子達のようなハーフモンスターを守る為です」


 それから、この店の目的を聞かされた。
 ハーフモンスターというのは大抵見つかれば奴隷として売られる。そして奴隷となったハーフモンスターはもはや人としては扱われず、まるで道具のように酷使されてしまう。そこで彼女はハーフモンスター達を守る最後の砦として奴隷商として買い取り、きちんと人として扱ってくれる者に売るようにしているらしい。


「奴隷から解放はしないのか?」
「奴隷から解放するのは簡単よ。でも、奴隷であれば誰かが所有物という扱いになる。だから所有者がまともであれば、酷い扱いは受けなくて済みます。皮肉な事に奴隷という身分はハーフモンスターにとって身を守る盾となるのです」
「そうなのか……それで、どうして俺に話したんだ?」
「それは、ハーフモンスターだからと言って差別をしないお方であると思ったからです。ですが、これまで店の目的や私の正体を明かした事はございません。お客様に明かしたのは、あなたが初めてです」


 彼女は収納魔法を用いて複数枚の紙を取り出すと、俺に差し出して来た。


 イモータルの連中は当たり前のように使っているが、収納魔法は習得の難しい魔法のはずだ。それを簡単に使えるとなると、この女性は魔法の腕はかなりのレベルなのかもしれない。


 ちなみに渡された紙は、どうやら契約書のようだった。一枚一枚に奴隷の名前と思われる文字が書かれている。


「こちらがハーフモンスターの奴隷の契約書になります」
「ああ、それは分かるが…………どうしてこんなに? このなかから選べって事か?」
「いえ、全員を貰って欲しいのです」
「…………は?」


 女性の言葉に俺は耳を疑った。契約書の枚数は七枚、そして部屋に居るハーフモンスターと思われる人達は七人。全員というのは、この部屋に居る人達をさすのだろうが……。


「いやいや、そんな全員を買う金はないぞ」
「いえ、お代は結構です。全員の衣食住の保障それだけで充分です。ですから全員を貰っていただけませんでしょうか?」
「衣食住の保障すら難しいんだが……」


 少なくとも奴隷はファントムで買うという認識だ。これだけの数を購入するには船長に一度聞いてみないと分からない。一度検討させてくれと頼もうとするが、切羽詰まった表情で女性は訴えて来る。


「急にこんな事を言われて迷惑なのは分かっております。ですが、時間がないのです」
「時間がない?」
「はい……実はハーフモンスターを全て買い取りたいという人が居るのです。ですが、人としては最悪の部類に入る人物でして……」
「売らなければいいだろ」
「それが、そういう訳にもいかないのです。その人はそれなりの地位に就いている方なので……面と向かって売らないと断って怒りを買えば、この店が潰れる恐れがあります。ですので、明日までに売れなかったらお安くさせていただきます、と期間を引き延ばす事くらいしかできませんでした」


 事情は理解した。だが、やはりファントムに全員を連れて行くのは……でも、ここで俺が断ってしまえばこのハーフモンスター達は…………どうしたらいいんだ?


 悩む……だが、ふと思い出した言葉がそんな悩んでいる自分を馬鹿らしくさせた。


『自分が良ければそれでいい』


 以前オッサンが言っていた、そんな言葉を思い出す。快適な不老不死ライフを送る為のアドバイスだったと思うが、その言葉を思い出した事で俺の思考は単純明快なものとなる。


 自分がしたい事をしてしまおう、と。


「分かった。全員引き取ろう」


 俺はオッサンの言葉に背中を押されるように、言葉を発していた。



コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品