死なない奴等の愚行

山口五日

第110話 マゼンタはチェンジで

 結論を言ってしまうと俺はマゼンタを買う気にはなれなかった。


 ちなみにマゼンタに買わない事を告げると「ニドトクルナ! オトトイキヤガレ、ボケナスガ!」などと来てほしくないのか、来て欲しいのか分からない悪態を吐かれた。


 マゼンタが店の奥へと戻って行くと、最初に俺を案内した女性がやって来た。


「お客様、やはり彼女は駄目でしたか?」
「やはりって……結果が分っていたなら出して欲しくなかったな」
「僅かでも可能性があるかもと思いまして……申し訳御座いません。ですが、条件に合うのも彼女しかいないのも事実でして……」


 そうなると奴隷の購入は見送るべきだろう。そう俺は思って、退店しようと腰を上げかける。だが、ふと気になった事があった。


「こうして接客しているのは女性ばかりだが、男は居ないのか? 俺がさっき伝えた条件に合えばどんな奴隷でも構わないんだが……」
「そうですね……まず当店では女性の奴隷しか扱っておりません。ですが、どんな奴隷でも…………という事でしたら、該当する奴隷は御座います。ですが表には出せませんので、お客様にはお手数をお掛けしてしまいますが、店の奥に来て貰う必要が御座います」
「いったいどんな奴隷なんだ」
「…………この場にはそぐわない奴隷とだけしか、今は言えません」
「……分かった案内してくれ」


 買う買わないは別として、その言葉に俺は興味が湧いてしまった。


(ケルベロスさん。よろしいんですか? 危険はないとは思いますが、こんなところで油を売ってしまって)


 構わないだろ。不老不死は無限に時間があるんだ。多少の時間の無駄遣いで怒っているようじゃ、不老不死なんてやっていられないと思うぞ。


 まだ不老不死になりたての人間が、何を分かったような口を利いているのだと思う奴がいるかもしれない。だが、短期間ではあるが、イモータルの、あの不老不死の連中の中で俺は身をもって経験しているのだ。それぐらいの不老不死の人生論は語っても良いと思う。


「かしこまりました。それでは、こちらへ……」


 女性の案内のもと店の奥へと進む。本来商品である奴隷や店員が行き来する場である通路だからか、接客をする華やかな場と違い、様々なものに溢れ雑然としていた。おかげで甲冑姿だと、ものに触れてしまいそうで危ない。


「あまり片付いておらず申し訳御座いません。普段はお客様を通す事は滅多にありませんので」
「大丈夫だ……ただ、俺のように表に出さない奴隷を欲している奴は居ないのか? その口振りだとあまり居ないようだが」
「そうですね。基本条件に見合う奴隷をご用意できますから。ですが、稀に条件が合わず、どのような奴隷でも構わないというお客様には、こうして奥へとご案内しております」
「ちなみに、どのような奴隷なんだ? もう、他の客にも聞かれる事もないし教えてくれてもいいだろ?」
「?」


 あれ、なんか不思議な顔をされたぞ。
 え、何を言っているのこのお客様は? といった表情だ。この場にはそぐわない奴隷というのは、なんらかの共通認識があるのか? 少なくとも俺に備わっている知識にはない。サーペントは?


(私も存じ上げません)


 そうか、じゃあ訊いてみよう。知らぬは恥と言うし、事前に知っておいた方が出会った時におかしな反応をする事もない。


「悪い、俺は奴隷については詳しくなくてな。表に出せない奴隷というのは、奴隷を売り買いする間では、どういった奴隷を意味するんだ? てっきり大きな怪我を負っていたりとか、病気持ちとかだと思ったんだが」
「あっ、そうでしたか。申し訳御座いませんでした」


 俺が奴隷に関しての知識が乏しい事を知った女性は、足を止めてこちらを向いて謝罪する。そして、“この場にそぐわない奴隷”の意味を教えてくれるのだった。

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