死なない奴等の愚行

山口五日

第109話 シャチョサン

 現れた女性に対して俺は言葉を失った。
 なんというか…………濃かった。顔にこれでもかと化粧を施し、元の顔が想像できない仕上がり。店に居る他の奴隷の女性とはなんだかジャンルが異なっている気がした。そして口を開くと、彼女自身が濃い人間である事を理解した。


「シャチョサン、コンニチワ! ワタシ、マゼンタイイマス! ヨロシク!」
「…………」
「ゲンキナイネ? ゴハンタベテル? ダメヨタベナキャ! ワタシ、マイニチタベマクテ、モリモリゲンキヨ!」
「…………」


 ……今すぐに「チェンジ!」と叫びたい己を必死に留める。


 濃い化粧、片言の言葉遣い、客に対するものとは思えない態度……そこらへんは目を瞑ろうか。とりあえず元気は良さそうだ。買い物のリスト書かれていた“活きのいい奴隷”に合致はしているだろう。条件に合う女性は彼女だけのようだし、ここは我慢して……。


「ナニカタベル? チョトシタモノタベレルヨ? オサケ、ジュ―ジツシテル。ヨワセマクテ、オカネイッパイムシリトレレバ、ワタシゴホウビモラエルカラ、イッパイススメルヨ!」


 ……裏表のない、そう評価しよう。あと絶対に何も頼まない。


「えっと……俺はほぼずっと船で暮らせるような奴隷を探してるんだ。アマンダさんは船の上の生活は大丈夫か?」
「オフネノウエ、ヨユーヨ! ワタシ、フネデシゴトシテタ」
「船で仕事? 漁師とか?」
「チガウヨ! ソンナジュ―ロードーデキルカヨ、ボケが!」
「…………」


 今、ボケと暴言を吐かれたような気がする。
 それとも「ボケ」という言葉は彼女の中では「もう、お客様ったら♪ そんな訳ないじゃないですかー」と意味を含んでいるのかもしれない。うん、きっとそうに違いない。


 片言の言葉から察するに、ここら辺の言葉には不慣れな異国の人なんだろう。変な言葉が混じっていても仕方ない。気を取り直して、もう少し彼女と話してみよう。


「マゼンタさん、それじゃあ船の仕事って何をしてたの?」
「カイゾク!」
「へ? 今、何て?」
「カイゾクヤッテタヨ!」
「…………」


 さて……俺の聞き間違いじゃなければ、彼女は海賊と言った。いやいや、これもあれだ。きっと言葉が不慣れで意味をはき違えているんだ。いくらなんでも海賊だなんて……。


「カイゾクヤテタトキ、メチャカセイデタネー。ショウバイノフネヲオソッテ、ブコロシテ、オカネタンマリヨー。イイシゴトダタヨ」
「…………」


 言葉の意味をはき違えてるんだよ……な? 商売の船を襲って、ぶっ殺して、お金たんまりと聞こえたけど、本当は「貿易船で料理人として雇われていました」とか平和的な経歴を言いたかったんだよな?


(ケルベロスさん……片言ではありますけど、そこまで逸脱した言葉の誤りはしないと思いますよ)


 ……だよな。そうなると彼女は元海賊という事か。そんなのを買って大丈夫なのか? いや、襲われて遅れを取るという事はないだろうけど。


(大丈夫ではないでしょうか。そもそもファントムが一応海賊ですからね。海賊が元海賊を雇うなんておかしくはないと思いますよ)


 確かに、そう考えれば別に心配する事はないか。確かに、頭に幽霊は付くが海賊だ。海賊の経歴を持つアマンダを購入しても特に問題なさそうだ。


「シャチョサン、シャチョサン。ナニカノモウヨ、タベヨウヨ。ワタシ、タカイオサケダイスキヨ。オイシイシ、ミセカラゴホウビモラエルシ。タノンデイイ? タノムヨ? タノムネ? オキャクサマカラ、チュモンイタダイタヨー!」
「待て! おい、勝手に頼むな!」
「……チッ」


 勝手に注文をしようとする彼女を止めると舌打ちをされた。こいつ、買われる気があるのか……。


 彼女を買う事に意思が少し傾いていたが、その態度に買おうとする気は一瞬で失せた。


 やっぱりチェンジで。

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