死なない奴等の愚行

山口五日

第106話 蒼海の死霊騎士の認知度

「…………何も起きないな」
(だから言ったじゃないですか。大丈夫だって)


 街に入って三十分くらい買い物をした。だが、誰も俺達の事を気にしているようには見えない。「立派な甲冑だなぁ」「強そうな兄さんだ」と言われるくらいで、蒼海の死霊騎士とは誰も思っていないようだ。


「港であんなに騒ぎになったのにな……」
(だから陸に居るからですよ)
「いや、だから陸を歩いているからって、蒼海の死霊騎士じゃないと判断するのはおかしいだろ」
「おい、兄ちゃん一人でブツブツ何を話してんだい?」


 目的の品物を買おうと店内の棚を見ていると、店主だろう体格の良い爺さんが話し掛けて来た。ずっと海で口に出してサーペントと遣り取りをしていたからか、人前でも思わず口に出していたようだ。


「いや、独り言だ」
「独り言にしちゃ誰かと会話をしているような感じだったが……まあいい。独り言はいいけどよ、店の中ではもう少し小さい声で喋ってくれよ。気味悪がって他の客が入って来ねえからな」
「……すんません」


 注意され頭を下げる。爺さんは「聞き分け良いな……」と意外そうな声を漏らして、店の奥へと引っ込もうとした。


「あ、ちょっと待ってくれ。爺さんに聞きたい事があるんだ」


俺は一つ確かめてみたい事があったので爺さんを引き止めた。


「ん? 何だ?」
「いや、少し聞きたい事があるんだ。少し前に街に来たんだが、港の方が少し騒がしかったんだ。何があったのか知ってるかと思って」
「ああ、蒼海の死霊騎士が出たんだと」


 ふむ……蒼海の死霊騎士については知っているのか。


(ちょ、ちょっとケルベロスさん、何を聞いてるんですか! そんな事を聞けば下手するとばれますよ!)


 いや、だって町に入ってからの反応が薄いのは気になるだろ? 今後また街に来るかもしれないし、少しは情報収集しておいた方がいいだろうし……


 俺は蒼海の死霊騎士なんてものは初めて聞いたという様子で首を傾げる。


「蒼海の死霊騎士? 何だそれ?」
「知らねえのか? 海沿いに住んでる奴だったら誰でも知ってる話だ。……遥か昔、船を出せば必ず死ぬといっていいほどに、よく海で人が死んだ。そして海で死んだ人の念が集まり、形となって蒼海の死霊騎士となったんだ……。あいつが陸から見えるほどの距離で海面に立っていると、町を飲むこむほどの巨大な波が襲って人々を海へと引きずり込む…………なんていう話だ。本当かどうかは分からねえが、子供の時から聞かされて、みんな心の根っこの部分に恐怖心を抱いとるよ。そいつの絵もよく見せられとった」
「絵?」
「ああ。ほら、あれだ」


 店の一角を指さす。指がさす方に目を向けると、壁に一枚の横長の絵がそこに飾ってあった。だいぶ昔のものなのか、時間の経過によって色が薄くなっているように見える。


 その絵には、海の上に立つ全身甲冑に覆われた人間が描かれていた。ぶっちゃけサーペントだ。つまり今の俺の姿がそこに描かれている。


「…………」
「おい、どうした黙り込んで?」
「いや……なんか、滅茶苦茶似てるなーと思って……」


 ここまで似ていてどうして誰も蒼海の死霊騎士本人だとは思わないのか。いや、そっくりさんの可能性は大いにある。人を見かけで判断するのは良くない事だ。だが、少しは警戒するなりした方がいいだろう。


「似てる? 誰に似てるってんだ?」
「爺さん目は大丈夫か!?」
「何だ急に!?」
「もしくはボケてないか?」
「てめえ、喧嘩売ってんのか?」


 爺さんが睨みつけて来るが、そんな節穴で見つめられても怖くはない。俺は騒ぎになるなんて事をすっかり忘れて、思わず言った。


「俺、蒼海の死霊騎士に似てんだろ?」
「あぁ? 蒼海の死霊騎士に? …………………………あ、確かに似てんな」
「何回見比べた!? 今、何回見比べた? 十回くらい俺と絵を見比べた!? 一発で分かんだろ!」
「うるせえ! 本物は海の上を歩いてるイメージが強いんだよ!」
「本当に陸を歩いてるから気付かれないのかよ!」


 幼い頃から、蒼海の死霊騎士は海からやって来るという話を何千回と聞いて来たせいで、どうやら姿かたちが似ていてようと、海から現れるものという固定概念が出来上がっているらしい。陸を歩いていれば、似ていても違うものと見做されるようだ。


 ……蒼海の死霊騎士、陸でぶらついてるんだけどな……。

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