死なない奴等の愚行

山口五日

第75話 イカダで帰還します……空が青いな

「さあ、出発するよぉ!」
「ああ、頼む」


 ユーリが採って来てくれた海産物を堪能した後すぐに出発となった。日が傾き始め、やや薄暗くなってきたのだが、彼女は問題ないとの事で出航する事に。


 イカダをある程度深いところまで運んでから乗ってみる。乗った瞬間にユーリが縛ってくれた海藻が解けてしまうのではないかと心配だったが、それは取り越し苦労だった。確かに海藻は乾燥した硬い状態を保っていて、しっかり木と木を繋ぎとめてくれる。


 沈む事もなく安定しており、ユーリが走るくらいの速さで船を押す。波のせいで多少は上下するが、気になるのはそれぐらいだ。


「船酔いするようなら横になった方が良いよぉ。そうすれば少しは楽になるからぁ」
「おう、気持ち悪くなったらそうさせて貰うわ」


 気遣ってくれるユーリに感謝しながら俺は進行方向に目を向ける。
 小さな島は結構あるのだが、元の陸と思われるものはまだ見えなかった。確かユーリの話では泳いで三日との話だったが、やはりそれぐらい掛かるのだろうか。まあ、俺としては何もしないで移動できるんだから楽なもんだ。


「ユーリ、疲れたら適当に休んでくれよ。そんなに急いでる訳じゃないんだからな」
「うん、そうさせて貰うよっ」


 屈託のない笑顔を向けるユーリを見て、ふと俺は違和感を覚えた。何かがおかしいと。彼女を見ていると、なぜか「ん?」と首を傾げたくなるのだ。何か引っかかる……。


 何だ? 何が、そんなに引っ掛かっているんだ? 


 この疑問を解決すべく俺はこれまでのユーリの行動を振り返った。
 俺と出会い、俺と出会わなかった事にされそうになったものの最終的にはイカダを作る手伝いをしてくれ、そのうえ魚や貝を採って来てくれた。そして今は、こうして押してイモータルのもとへと俺を運んでくれている…………ん? イモータル…………あ、分かった。


 イモータルの団員なのに、まともな事に違和感を覚えたんだ。


 もし、イモータルの団員だったら、出会わなかった事に“されそう”では済まない。本当に助けるのを面倒臭がって出会わなかった事にされてしまう恐れがある。「生きていれば大丈夫だよ」とか言って無人島に放置されてしまうだろう。


 イモータルに入れば常識というものは通じない。不死身という病に肉体どころか、頭の中まで侵されてしまうのだ。サラは一見まともだが、一般人なら死んでるかもしれない勢いでオッサンをボコボコにしているそうだし、まともとは言い難い。彼女の場合は不死身のせいと言うよりも、ストレスのせいかもしれないが。


 彼女が人魚だからか? 人魚は元々不老とか言ってたし、耐性が…………いや、違う。もっと単純な事だ。ユーリは団員でありながら、イモータルとは離れて生きている。それこそが彼女がまともな理由に違いない。


 俺は一つ溜息を吐き、空を見上げる。


 青い……雲一つない空だ。青々としていて綺麗だが…………何もなく、少し寂しい気もした。果てが見えないほどの大きさでありながら、何もない虚ろな空。そんな空を見ていると、自分の頭の中までからっぽになりそうだ。


 気付けば、俺は思っていた事を自然と口にしていた。


「……なあ、ユーリ」
「ん? どうしたのぉ?」
「このまま……イモータルとは、縁もゆかりもないところに行かないか?」
「どうしたの!? 海に出て五分も経ってないけど、何があったの!?」
「いや、さ……イモータルに、このまま居続けていいものかと。俺の人生、それでいいのかなって…………」
「この短時間で本当に何が!? 私は不老だからいいけど、イモータルから……団長から離れたら普通に歳を取っちゃうよ!」
「常識人で居続けられるならっ! 俺はっ!」
「どんな思考回路してたら、急にそんな覚悟を決められるの!?」


 そんな会話が暫く続いた。


 だが、とうとうユーリが「いい加減にしろ!」とブチ切れ、イカダを引っ繰り返されて溺れかけたところで俺は冷静になる。


 ……よく考えたら老化が進んで、肉体が朽ちても死ねないのは辛すぎですね、はい。

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