死なない奴等の愚行

山口五日

第60話 マヤの部屋

「おおおおおおおおお…………お?」


 足下に現れた穴によって落下していた俺だが、急に落下速度が和らいで、ゆっくりと足から着地する。マヤも少し遅れて俺の隣に降り立つ。どうやら魔法で着地をサポートしてくれたらしい。


「はーい、ようこそー」
「こ、ここが、マヤの部屋?」
「そうだよー。空間魔法で作った部屋だよー」


 俺に与えられた知識にある空間魔法は、文字通り空間を作る魔法。使い手の技量や魔力にもよるが、基本自由に空間を作る事ができる。マヤのような魔法使いなら、複雑な装飾を施した巨大神殿さえも作れるかもしれない。


 だが、マヤが作った空間はそのようなものではなかった。


 そこは広大な空間だった。上には青空が広がり、果てが見えない大地が広がる。ただ、その大地を様々な動物のぬいぐるみが覆い隠しており、ぬいぐるみの大地がそこにはあった。


「な、なんか凄いけど……予想の斜め上の凄さだ……」
「ふふー、可愛いでしょー?」
「一つ一つはな。ここまで多いと……怖い」
「酷いー。そんなケルベロスにはこれをどうぞー」


 そう言って俺に足下から一つのぬいぐるみを選んで渡して来たので、思わず受け取る。渡されたぬいぐるみは愛嬌のある黒い犬のぬいぐるみだ。手乗りサイズでとても可愛らしい。


「あー、折角だからー、ケルベロスにしよっかー」
「え?」


 渡されたぬいぐるみが白い光を纏いだした。そして光が収まった直後、持っていたぬいぐるみに変化が現れる。


 突然、犬の頭部がグニャグニャと歪みだした。


「うわあああああああああああああ!?」


 気持ち悪い! 先程まで可愛らしかった犬の姿は何処へやら。今は黒い四肢を持った頭部がすっかり崩れ、変形し続ける、奇怪な生物となっている。実際こんな生物と出会ったら確実に討伐対象だろう。


 放り投げなかった自分を褒めてあげたい。マヤが一応渡してくれたぬいぐるみだ、そんな思いが思い留まらせた。だが、とても直視できず目を背け、できるだけ腕を伸ばして自分から遠ざける。


「はい、できたー」


 そのように告げられ、恐るおそるぬいぐるみを見てみる。すると変化が収まり、首が三つとなった黒い犬がいた。


「ケルベロスのできあがりー」
「……マヤには俺がこんなふうに見えるのか?」
「いやいやー、違うよー。モンスターの方のケルベロスだよー」


 ああ、そうか。衝撃的な光景を目にして思考がやや麻痺して咄嗟に理解できなかった。名前の由来であるモンスターのケルベロスにマヤは形を変えてくれたという事か。


「こんなふうに自由に形を変えられるのは空間魔法だからか?」
「んー……一応今使ったのは空間魔法だけどー、これぐらいなら現実世界でもできるよー」
「そうか……形を変える過程も可愛くして欲しいな……」
「過程を可愛くー? 例えばー?」


 俺が何気なく呟いた言葉に興味を示した。ただ、具体的な案がある訳ではないのだが……まあ言い出したからには意見を言おう。


「そうだな……さっきみたいに急にグニャグニャと変形しだして顔の原型がなくなるのは怖いから…………それが見えないようにして……何か可愛らしい演出を付け加える。最後にポーズなんてつけたらいいかもな」
「なるほどー。じゃあ試しに私でやってみるよー」
「ん? やってみるって……」
「へんしーん!」


 次の瞬間、マヤの体がピンク色の光が包み込む。眩いピンクの光は彼女の体の輪郭に沿って包み込む。着ていたはずのローブは消えてしまったのか、彼女の光に包まれながらも胸やお尻の形が確認できる。


 そして黄色いリボンが手足の先の方から纏わりつき、全身に絡みついていく。そして、リボンが離れ、再び肌が晒された部分から光が失われる。完全にリボンが離れていくと、装いの変わったマヤの姿が現れ、そして……。


「マヤちゃんさんじょー」
「…………」


 白とピンクで構成されたミニスカートのドレスと言い表せばいいのか。元々着ていた紺色のローブとは百八十度異なる服装に言葉を失う。


 何だろう……この光景を俺は見た事がある気がする。休みの日の朝とかに……。


 ただ、彼女の見た目は二十半ば。俺の少し年上くらいに見えるのだが……なんというか……その……ギリギリアウトな気がした……。

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