死なない奴等の愚行

山口五日

第58話 さらばジレドラ

 あっさりと自分の策を見破られてしまい動揺するジレドラとやら。
 だが、すぐに気を取り直して余裕の笑みを浮かべる。


「はっはっは! よく分かったな! だが、分かったところで何だ? 何百とある魔法陣だ。これを全て解除できるか? お前ならある程度の量を一度に解除できるかもしれないが、どれも封印魔法の類の魔法陣だ。少しでも遅れれば封印魔法の餌食だ」


 数百? それも全部が封印魔法?
 俺の中に常識の範囲内で封印魔法の知識があるが、それなりに扱いが難しい魔法のはずだ。ふざけた見た目だが、ジレドラとやらの実力は確かなようだ。


 喋っている内に調子を取り戻したらしく、ジレドラはマヤを挑発し始める。


「これだけの魔法陣に対応する自信がないから、お前は出て来ないのだろう? 空間魔法で一人だけ身を隠すとは恥ずかしくないのか? 魔法の使い手として生きる伝説とまで呼ばれているマヤ様が……はっはっはっ!」
「…………ねー勘違いしないで欲しいんだけどー」
「ん? 何だ?」
「もう魔法陣なんてとっくに解除してるよー?」
「…………は?」


 マヤの発言に腑抜けた声を漏らすジレドラ。そして彼女の言葉に「馬鹿な……」と鼻で笑いながらも、何かを確かめるように一枚のスクロールを取り出して広げた。


 そしてスクロールを広げた瞬間に目を見開き、慌てて指で何かを確認するように表面をなぞり始める。何かを探しているようだが、指の動きは滑らかで目的のものが見つからず止まる事はない。


「…………ない、魔法陣の反応がない……どどどどうしてだ!? いつの間に!? 解呪した気配なんて全く感じなかったぞ!」


 顔を上げるとマヤが潜んでいる宙の黒い穴に向かって吠えた。


 どうやら、あのスクロールで魔法陣の存在が分かるようになっていたようだ。奴の様子を見ると、魔法陣は一つも反応が見られなかったようだが。


 本当にマヤが既に魔法陣を全て解除してしまったようだ。


「魔法陣を使えなくするのは簡単だよー。完全に解除する手もあるけど、少し傷を付ければ本来の効力を失うんだからさー。……まあ、変に傷つけちゃうとー暴発して余計に危ない事があるけどねー」
「そんなのは知っている! だが、いつ魔法陣に気が付いた!? いつ魔法陣を破壊した?」
「いつだと思うー?」
「言え!」


 怒りのあまり声を震わせるジレドラ。
剣のようなツンツンした髪の毛が怒りのあまり勢い余って発射しそうだ……いや、冗談とかではなく。自信満々らしい策が破られて、相当屈辱なのだろう。声どころか全身が怒りに震え、頭部の髪が発射されないよう耐えるように震えているのだ。矢を向けられるよりも怖いかもしれない。


 彼の全身から漂う怒気に周囲の部下らしい連中は戸惑いを隠せないようだ。
彼に落ち着くよう肩に手を置こうとした奴が突き飛ばされていた。人に当たっちゃ駄目だジレドラよ。


 そんな彼に残酷な事実をマヤは告げる。


「二日前」
「は?」
「だからー二日前にはー使えないようにしてたのー」
「ば、馬鹿を言うな! 二日前に魔法陣を用意したんだぞ! その日破壊したって言うのか? お前達はまだここから距離のある場所にいたはずだ! それに今日まで定期的に魔法陣が無事な事も、これで確認していた!」


 魔法陣の反応を示さない事を告げるスクロールを握りしめながら訴えるジレドラに、相変わらず間延びした口調でマヤは説明する。


「私はねー、使う道の安全確認をしてるのー。遠視魔法でねー。二日前に居た場所から、ここぐらいなら余裕で見えるのー」
「ま、魔法陣を設置している事が分ってもだ! どうやって破壊した!? いや、今この時まで破壊されていなかったはずだ!」
「それはー削った部分を私のー魔力で補っていたからー。ばれて、また魔法陣を設置されたら面倒だしねー。肉眼でしっかり確認していればー気付いたかもしれないけどー、隠す為に土で埋めちゃったからねー。次からは気を付けてー」
「そ、そんな……」


 ジレドラはマヤの解説を聞くと、自分の策が用意した時には見破られ、使えなくされてしまっていた事がショックなのか、その場で膝から崩れ落ちてしまった。


 慌てて周りに居る連中が彼を支えて撤退を始める。


「……何かに一生懸命なのは良い事だけどー、折角ならーもっと別な事に目を向ければいいのにー」


 撤退していく連中に魔法を放つ事はなく、マヤはポツリと呟いた。



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