死なない奴等の愚行

山口五日

第20話 救世主現る

 これから受けるであろう記憶を取り戻す為という名目の拷問に俺は怯え、体を震わせていた。


 打ち合わせが済んだらしく、二人が俺に近付いて来る。


「いやぁぁぁ! 来ないでぇぇぇ!」
「怯える事はないだろう? 死にはしないのだから」
「そうそう、私達は不死身だからねー。きっと記憶が戻るよー」
「不死身だから死なないって、普通だったら死んでるって事だろ!」


 死なないからって何をしても良い訳ではない。人道的な治療をして欲しいと思うのだが、どうやらこの二人に人道的な治療は期待できない。


 二人の感覚からすると、治療ではなく実験だ。それも非人道的な。


「さあーいくよー」
「よしっ、歯を食い縛れっ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「何をしている!」


 女神!? 違う、サラだ!


 扉が勢いよく開けられ、部屋に入って来たのはサラだった。彼女はハンドくんに捕まった俺と博士とマヤを見て瞬時に状況を理解したらしい。


「二人とも。ケルベロスの記憶を取り戻す事に関しては、後で私や団長が立ち会って行うと言ったよな?」


 サラに睨まれて思わず背筋を伸ばす博士とマヤは弁解を始める。


「いやぁ、その……善は急げというではないか。もしかすると時間の経過と共に記憶が取り戻すのが難しくなる可能性もある。色々と魔道具を試してみたかったという訳では決してないっ!」
「そうそうー。私もそう思ってねー。記憶を取り戻すなんて試みが初めてで楽しみだった……って訳じゃないのよー」


 嘘と本音が分かり易いな、おい。
 サラも二人の言葉と壊れている壁を見て、状況を理解すると、一度眼鏡の位置を正した。すると眼鏡の奥の二人を睨みつける目に威圧感が増す。


「……二人は当分ケルベロスの記憶喪失の治療に関わる事を禁ずる」
「「ええっ!?」」


 サラの言葉に二人は猛烈に抗議する。


「そんなっ! 確かに君や団長を待たなかったのはすまないと申し訳なかったと思う。だが、それは横暴だ! 断固抗議するぞっ! 折角の新たな研究材料がっ!」
「そうよー。私達が約束を破ったのは悪いとは思うわー。だけど禁ずるなんて……対人用の新しい魔法が試せないじゃないー」
「治療と称して何をしようとしてたんだ!?」


 本音が完全に漏れていた。
 こいつら、治療と称して本当に実験紛いな事をするつもりだったようだ。


 しまった、と二人とも口を押さえるが遅い。
 サラは二人の抗議というか本音を聴いて、額に青筋が浮かんでいる。だ、大丈夫か? 血管切れそうだが……。


「お前らぁ! 今すぐ出て行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」」


 血管は切れなかったが、堪忍袋の緒が切れた。
 サラの怒声を浴びて、二人は慌てて部屋から出て行った。


 俺とサラが室内に残り、沈黙が流れる。先程のサラの怒声が耳に残っていて余計に静かに感じた。


「あ、あのーサラさん?」
「……何だ?」


 バリバリ不機嫌だという事が分かる。だけど誰が悪いのかは正しく理解してくれているようで俺を怒鳴り散らしたりはしない。


「いや、その……助かったよ。おかげで拷問を受けずに済んだ」
「拷問って……いや、あの二人ならやりかねないか。一度君の事を相談しようと二人を探したんだが姿が見当たらなくてな……。まさかと思ってここに来てみたら、本当に来ていたなんて。良かったな、腕を折られただけで」
「腕が折られただけでも大事だと思うけど、あの二人がやろうとした事を考えると確かに良かったよ」


 不幸中の幸いだ。腕の骨が折れる以上の地獄がきっと待っていただろう。


 オッサンだったら腕の一本や二本なんて折れた直後に治るのかもしれないが、まだ俺の腕は治っていない。痛みはだいぶ引いて来たようだけど。


 これだけで済んだ事にサラには感謝だ。

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