捨てる人あれば、拾うワン公あり
第29話 ユグドラシルゴーレム
けたたましく鐘が鳴り響くとワンワンとナエは、その意味が分からずレイラの傍に移動する。
「わうっ……この音、何?」
「レイラ、何が起きてんだ?」
「こいつは街に危険が近付いているのを報せてんだ。具体的に何が近付いてるのか分からないが、永遠と鳴らし続ける鐘は下手をすれば街が壊滅する可能性があり、即刻街から退避せよって事だよ」
店主は疲れた様子で長い溜息を吐くと、ワンワン達に背を向けて店の奥へと歩き出す。
「悪いが、今日は閉店だ。本はもう選んだかい? なら、持って行きな。今何が起きてんのか情報が欲しいなら衛兵の詰め所か、ギルドに行くといい。ああ、でも傭兵ギルドは駄目だよ。まともな情報を持ってるか分からんからね」
「ご忠告、感謝するのじゃ。お主はどうするのじゃ?」
「私は少し準備をしてから避難するよ。ほら早く行きな」
そう言って店主は店の奥へと消えた。
あの店主の事だからきっと大丈夫だろうと思ったレイラは、二人を連れて店を出る。すると街は蜂の巣を突いたかのような大騒ぎになっていた。口々に魔物の大群が向かって来ている、街をぐるりと盗賊が囲んでいる、街中でドラゴンが暴れているなど情報が錯綜しており、実際何が起きているのか分からない。
そこで店主の助言通り、ギルドに行き何が起きているのか情報を得る事にする。
自分達の所属する魔物ギルドへと向かう三人。
ナエとワンワンとはぐれないように、スキルでステータスを高めて二人を両肩に乗せて移動する。
「おい、準備はできたか!」
「あいつ今日は宿で寝てるだろ! 人手が足りねえ、呼びに行け!」
「他のギルドにも協力を要請するんだ。傭兵ギルドも数だけはいるから、こういう時に働いて貰わないと困る!」
魔物ギルドの中でも外と同じように騒然としていた。ただ、外とは違い何が起きているのか明確に分かっているようだ。
三人は状況を聞こうとギルドの中へ足を踏み入れる。
そして慌ただしく対応に追われ走り回っている馴染みの女性職員がワンワン達に気付く。
「あっ、皆さん! 良かった、街の中にいたんですね!」
「うむ、昨日の傭兵ギルドの一件があるからのう。人目のあるところにいようと街にいたのじゃ。それで、何かあったのかのう? 街に危険が迫っている事しか分からないんじゃ」
「はいっ! 実は、聖域の魔物がこちらに近付いていて……」
「なるほどのう。じゃからこれほどの慌てぶりなのか。数は? かなりの数じゃろう? 何百じゃ? まさか何千という訳ではあるまい」
聖域の魔物は個々は確かに強いが、百や二百ほどであれば、この街の衛兵や魔物ギルドなど戦える者が結集すれば対抗できるだろう。
だが、魔物の数が四桁にも及ぶのであれば街を放棄し、逃げるべきだ。
その規模は一つの街の戦力でどうこうできるものではない。国の軍を動かさなくてはならない事態だ。
「いえ、数なんですが…………一体だけ。奇妙な魔物一体だけです」
「奇妙な魔物が一体だけ? たった一体で街が壊滅するほどの強力な魔物なのか?」
魔物が一体だけと聞いて、思わず自分の耳を疑う。魔物が一体だけで、これほど街が大騒ぎする事態になるとは思えなかった。
一体で街が壊滅する。確かにそれほど強力な個体は存在する。エンシェントドラゴンがその代表例だ。
だが、ワンワンの【廃品回収者】の回収可能な一覧に出ていた魔物、クロが狩って来た魔物。その中にはそこまで強力な魔物はいなかった。数ヵ月過ごしていた事もあり、そのような魔物がいれば遭遇していてもおかしくはないにも関わらず、痕跡さえもなかった。
「はい……とてつもなく巨大で岩山のような姿をしている以外に詳細は分かっていません。誰も知らない魔物でして……。今はギルドの資料を見て、魔物の詳細を調べているところです」
「おいっ! 魔物の資料を見つけたぞって、ワンワン達も来ていたのか。ちょうどいい、こいつの翻訳を頼む」
ギルドの奥からゲルニドが姿を現して、レイラに向かってそう言いながらギルドの中央へと足を進める。
その手には丸められた古い大きな紙が握られていて、それをテーブルの上に広げて他の会員や職員にも見えるようにする。
それは一枚の絵だった。
多くの石の集合体とでも言えばいいのか、大小様々な石を積み重ねて人の形をしているような魔物の姿が描かれている。この魔物が、チェルノの街に迫って来ているらしい。
「ここだ。ここを読んでくれ」
「ふむ…………」
ゲルニドが指さすのは紙の右隅に書かれていた文字だ。昔の文字で書かれていて詳細が分からないらしく、レイラは読み上げる。
「ふむ……この魔物はユグドラシルゴーレムという魔物のようじゃな。岩を寄せ集めて体を作っているようじゃ。体の何処かにコアがあり、そのコアを破壊する事で活動を停止する。コアの大きさに比例して体を構成する岩の量が変わるらしいのう。ふむ……初めて聞く魔物じゃ。年月とともにコアは徐々に大きくなり、力をつける……こんな魔物がおったとは…………むっ」
指でなぞりながら読み進めていくレイラの声が、とある箇所で途切れ、顔を曇らせる。
「どうした?」
「……少し良い知らせと凄く悪い知らせがある。どちらを聞きたい?」
「悪い知らせを払拭できるほどの良い知らせじゃないんなら、先に悪い知らせを頼む」
ゲルニドがそう答えると、周囲がレイラの言葉を聞き漏らさないように押し黙る。
「……少し良い知らせはこいつらはより強い個体にしようと同種族同士で殺し合い、一体になった。そして最後の一体もエンシェントドラゴンとの戦いによって眠りについた」
「倒されていなかったという事か……。最初の目撃情報は、炎上した聖域を調査中の軍だ。地面から出て来たと言っていたから、おそらく土の中でエンシェントドラゴンから受けた傷を癒していたんだろう。まあ、とにかく一体だけしかいないっていうのは良い知らせだ。それで悪い知らせは?」
正直、聞きたくはない、そのような面持ちでゲルニドは尋ねる。
レイラも正直伝えたくはないといった面持ちで、ゆっくりと重そうな口を開けた。
「ユグドラシルゴーレムは、エンシェントドラゴンの次に聖域で強い魔物らしい。エンシェントドラゴンは苦戦したと書かれておる…………数百年前の当時の話じゃ」
エンシェントドラゴンの次に聖域で強い魔物。その情報だけで絶望に突き落とすのに、充分過ぎるほどの情報だ。それに加えて数百年間という時間。
時間の流れとともに成長するユグドラシルゴーレム。
かつてエンシェントドラゴンに苦戦を強いた魔物が、どれだけ力をつけたのか計り知れない。
レイラの言葉を聞いた後の魔物ギルドの中は、話を聞く為のものとは違う静寂が支配した。
「わうっ……この音、何?」
「レイラ、何が起きてんだ?」
「こいつは街に危険が近付いているのを報せてんだ。具体的に何が近付いてるのか分からないが、永遠と鳴らし続ける鐘は下手をすれば街が壊滅する可能性があり、即刻街から退避せよって事だよ」
店主は疲れた様子で長い溜息を吐くと、ワンワン達に背を向けて店の奥へと歩き出す。
「悪いが、今日は閉店だ。本はもう選んだかい? なら、持って行きな。今何が起きてんのか情報が欲しいなら衛兵の詰め所か、ギルドに行くといい。ああ、でも傭兵ギルドは駄目だよ。まともな情報を持ってるか分からんからね」
「ご忠告、感謝するのじゃ。お主はどうするのじゃ?」
「私は少し準備をしてから避難するよ。ほら早く行きな」
そう言って店主は店の奥へと消えた。
あの店主の事だからきっと大丈夫だろうと思ったレイラは、二人を連れて店を出る。すると街は蜂の巣を突いたかのような大騒ぎになっていた。口々に魔物の大群が向かって来ている、街をぐるりと盗賊が囲んでいる、街中でドラゴンが暴れているなど情報が錯綜しており、実際何が起きているのか分からない。
そこで店主の助言通り、ギルドに行き何が起きているのか情報を得る事にする。
自分達の所属する魔物ギルドへと向かう三人。
ナエとワンワンとはぐれないように、スキルでステータスを高めて二人を両肩に乗せて移動する。
「おい、準備はできたか!」
「あいつ今日は宿で寝てるだろ! 人手が足りねえ、呼びに行け!」
「他のギルドにも協力を要請するんだ。傭兵ギルドも数だけはいるから、こういう時に働いて貰わないと困る!」
魔物ギルドの中でも外と同じように騒然としていた。ただ、外とは違い何が起きているのか明確に分かっているようだ。
三人は状況を聞こうとギルドの中へ足を踏み入れる。
そして慌ただしく対応に追われ走り回っている馴染みの女性職員がワンワン達に気付く。
「あっ、皆さん! 良かった、街の中にいたんですね!」
「うむ、昨日の傭兵ギルドの一件があるからのう。人目のあるところにいようと街にいたのじゃ。それで、何かあったのかのう? 街に危険が迫っている事しか分からないんじゃ」
「はいっ! 実は、聖域の魔物がこちらに近付いていて……」
「なるほどのう。じゃからこれほどの慌てぶりなのか。数は? かなりの数じゃろう? 何百じゃ? まさか何千という訳ではあるまい」
聖域の魔物は個々は確かに強いが、百や二百ほどであれば、この街の衛兵や魔物ギルドなど戦える者が結集すれば対抗できるだろう。
だが、魔物の数が四桁にも及ぶのであれば街を放棄し、逃げるべきだ。
その規模は一つの街の戦力でどうこうできるものではない。国の軍を動かさなくてはならない事態だ。
「いえ、数なんですが…………一体だけ。奇妙な魔物一体だけです」
「奇妙な魔物が一体だけ? たった一体で街が壊滅するほどの強力な魔物なのか?」
魔物が一体だけと聞いて、思わず自分の耳を疑う。魔物が一体だけで、これほど街が大騒ぎする事態になるとは思えなかった。
一体で街が壊滅する。確かにそれほど強力な個体は存在する。エンシェントドラゴンがその代表例だ。
だが、ワンワンの【廃品回収者】の回収可能な一覧に出ていた魔物、クロが狩って来た魔物。その中にはそこまで強力な魔物はいなかった。数ヵ月過ごしていた事もあり、そのような魔物がいれば遭遇していてもおかしくはないにも関わらず、痕跡さえもなかった。
「はい……とてつもなく巨大で岩山のような姿をしている以外に詳細は分かっていません。誰も知らない魔物でして……。今はギルドの資料を見て、魔物の詳細を調べているところです」
「おいっ! 魔物の資料を見つけたぞって、ワンワン達も来ていたのか。ちょうどいい、こいつの翻訳を頼む」
ギルドの奥からゲルニドが姿を現して、レイラに向かってそう言いながらギルドの中央へと足を進める。
その手には丸められた古い大きな紙が握られていて、それをテーブルの上に広げて他の会員や職員にも見えるようにする。
それは一枚の絵だった。
多くの石の集合体とでも言えばいいのか、大小様々な石を積み重ねて人の形をしているような魔物の姿が描かれている。この魔物が、チェルノの街に迫って来ているらしい。
「ここだ。ここを読んでくれ」
「ふむ…………」
ゲルニドが指さすのは紙の右隅に書かれていた文字だ。昔の文字で書かれていて詳細が分からないらしく、レイラは読み上げる。
「ふむ……この魔物はユグドラシルゴーレムという魔物のようじゃな。岩を寄せ集めて体を作っているようじゃ。体の何処かにコアがあり、そのコアを破壊する事で活動を停止する。コアの大きさに比例して体を構成する岩の量が変わるらしいのう。ふむ……初めて聞く魔物じゃ。年月とともにコアは徐々に大きくなり、力をつける……こんな魔物がおったとは…………むっ」
指でなぞりながら読み進めていくレイラの声が、とある箇所で途切れ、顔を曇らせる。
「どうした?」
「……少し良い知らせと凄く悪い知らせがある。どちらを聞きたい?」
「悪い知らせを払拭できるほどの良い知らせじゃないんなら、先に悪い知らせを頼む」
ゲルニドがそう答えると、周囲がレイラの言葉を聞き漏らさないように押し黙る。
「……少し良い知らせはこいつらはより強い個体にしようと同種族同士で殺し合い、一体になった。そして最後の一体もエンシェントドラゴンとの戦いによって眠りについた」
「倒されていなかったという事か……。最初の目撃情報は、炎上した聖域を調査中の軍だ。地面から出て来たと言っていたから、おそらく土の中でエンシェントドラゴンから受けた傷を癒していたんだろう。まあ、とにかく一体だけしかいないっていうのは良い知らせだ。それで悪い知らせは?」
正直、聞きたくはない、そのような面持ちでゲルニドは尋ねる。
レイラも正直伝えたくはないといった面持ちで、ゆっくりと重そうな口を開けた。
「ユグドラシルゴーレムは、エンシェントドラゴンの次に聖域で強い魔物らしい。エンシェントドラゴンは苦戦したと書かれておる…………数百年前の当時の話じゃ」
エンシェントドラゴンの次に聖域で強い魔物。その情報だけで絶望に突き落とすのに、充分過ぎるほどの情報だ。それに加えて数百年間という時間。
時間の流れとともに成長するユグドラシルゴーレム。
かつてエンシェントドラゴンに苦戦を強いた魔物が、どれだけ力をつけたのか計り知れない。
レイラの言葉を聞いた後の魔物ギルドの中は、話を聞く為のものとは違う静寂が支配した。
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