捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第26話 傭兵ギルド

 ゲルニドはワンワンとナエから一連の話を聞き終わると、今度は牢に閉じ込めた者達から話を聞くという事で三人は解放される。たとえ向こうがワンワン達の言い分と異なる事を言ったとしても、周囲で見ていた者達がいるのでどちらの言い分が正しいかは明白。これ以上はワンワン達の手を煩わす事はないから安心するようにとゲルニドから言われた。


 三人は時間もだいぶ経ったのでゴリンコの店に戻る事にする。
 そんな三人と別れる間際にゲルニドは、ゴリンコ達に遅くなると伝えて欲しいと言って、面倒臭そうに牢へと向かうのだった。他のギルドが絡んでいる事が相当嫌なようだ。


 そうして三人はゴリンコの店へと戻った。
 昨日も夕食をご馳走になった食堂として利用している部屋のテーブルには、カトリーヌの料理が並んでいた。早くご馳走にありつきたいとテーブルを囲んでいた者達は、ワンワン達が入って来ると待ってましたと言わんばかりに湧き立ち、ワンワンとナエにはジュースを、そしてレイラには酒を注いだカップを渡して、乾杯をする。
 店に戻って息を吐く暇もなく宴へと突入するのであった。


 ワンワンとナエはお腹が空いていたようで料理に夢中だ。
 そしてレイラは飲み食いはできないので、ゴリンコにギルドで起きた事を伝えてゲルニドは遅くなると伝えた。


「そんな事があったんですかい。まったく逆恨みなんて最低でさぁ」
「ああ、ゲルニドはおかげでそいつらの事情聴取ですぐには帰れんらしい」
「折角ジェノスさんとまた一緒にいられる祝いだってえのに……。ですが、二人に怪我がなくて良かったですぜ。もし傷の一つでもつけやがったら、ここにいる連中でボコボコに……」
「それをやると余計にゲルニドが苦労する事になるからやめておいた方がいいのう」


 ゴリンコも嬉しさのあまり酒を飲んでいて、少々口調が乱暴だ。
 酔った勢いで魔物ギルドに向かって行かないかと、少々不安になりながらレイラは宴を見守るのだった。


 それから二時間ほど経過しただろうか。誰もが未だに料理を口いっぱいに頬張り、酒を浴びるように飲み騒いでいる。当分宴は終わりそうになかったが、レイラはゆっくりと立ち上がった。


「さてと……そろそろ帰るかのう」
「えっ、もう帰るんですかい? もうちょっと楽しみましょうぜ!」
「そう言って貰えるのは嬉しいがのう……ワンワンが限界じゃ」
「わふ……わふぅぅ……くうぅ……」


 レイラの視線の先には、ワンワンが目を瞑ってこっくりこっくりと首を前後に動かしていた。また、その左隣に座っているナエもワンワンほどではないが眠そうに目をこすっていた。その為、ワンワンの右隣に座って「眠ってるワンワンも可愛い」と呟き、眺めているカーラに気付いていない。


 その姿を見てゴリンコもそれ以上は引き留めようとはしなかった。


「誰か宿まで一緒に行った方がいいですかい? ワンワンを起こすのは可哀想ですし、ナエも眠そうですぜ」
「ふむ……それじゃあ誰か、ワンワンを宿まで背負ってくれるかのう」
「はい! 私が!」
「いや、カーラ。宿まではいいが、帰りは一人じゃぞ。このような夜道を女性一人歩かせる訳にはいかん」
「えー、大丈夫ですよ。首輪をしてるって事は、誰かの所有物って分かりますし。誰も手を出そうとはしませんよ」


 自分がワンワンを背負って宿まで送ると主張するカーラ。
 ゴリンコもカーラならいざとなったら逃げられるので問題ないと言うので、彼女にワンワンを背負って貰い、自身はナエを背負い帰ろうとする。


 だが、背負う直前、食堂の扉が開いて動きを止める。


「おう、まだいたのか?」


 食堂に入って来たのはゲルニドだった。
 彼が部屋に入ると、ワンワン達が二時間ほど前に入って来たように湧き立った。ゴリンコは空いてるカップに酒を注いでゲルニドに渡す。


「ゲルニドさん、お疲れ様でした。聞きやしたよ、ワンワンとナエが絡まれたって」
「ああ……そうか……」


 どうやら連中から話を聞くのがかなりの骨だったようで、ゲルニドの表情から疲労の色が感じられた。


 だが、レイラはその表情から疲労以外に、何かを抱えているように感じたようだ。


「どうやら……あまり良くない事が起きたようじゃな」
「…………人生経験豊富な奴って、不思議と色んな事を見透かすよな」


 やれやれと疲れた様子で注がれた酒を一気に飲み干し、一息吐く。そしてゲルニドはワンワン達が去った後のギルドで何があったのか話し出した。


「お前らがギルドを出た後、傭兵ギルドの職員が来て暴れた奴等を解放しろって言って来たんだ」
「ふむ……捕まえた事を向こうに報せたのか?」
「まだ傭兵ギルドには何も言ってない。向こうは魔物ギルドの前を偶然通りかかった会員が、ギルドに報せてくれたと言っていたが……」
「タイミングが良すぎるのう……望みは解放だけか?」


 傭兵ギルドの対応の異様な早やさに何かあると感じ取ったレイラ。その予想は当たっているらしく、彼女の言葉にゲルニドは頷いた。


「傭兵ギルドの奴は今回の対応は過剰だと主張してな、魔物ギルドには謝罪をして欲しいと。そして魔物ギルドの活動を当分自粛を求めると言っていた」


 苛立たしさを言葉や顔に出さないようにしているが、抑え切れずに手に力が籠り、握っているカップはミシリと音を立てていた。


「傭兵ギルドは多種多様の依頼をこなす。だから他のギルドと仕事が被る事があるんだ。だからギルド間でのトラブルが多い。他のギルドに依頼されていたものを、より安く引き受けると言って横取りするとかな。今回のもその一環だ。暫くこちらの活動を自粛させている内に、魔物関連の依頼を安く引き受けてこっちの仕事を奪う算段なんだろう。たくっ……傭兵らしく戦争に行けばいいものを」
「ふむ……とんだ茶番じゃのう。そんなの無視すればいいのではないか?」
「そういう訳にはいかないんだ。ギルドの総会でこの件を取り上げると言ってな……、このままだと、確実に活動自粛に追い込まれるだろうな」
「ん? どうしてじゃ? ギルドの総会というなら他のギルドも参加するのじゃろう? 少しい調べればどちらの言い分が正しいか分かるのではないか?」


 レイラの言葉に、首を横に振るゲルニド。手近な酒瓶を手に取り、自分のカップに注ぎながら語る。


「傭兵ギルドに睨まれたくないんだ。あいつらは対人戦等のプロ。例えば採取ギルドが外で活動してるところを……」
「……嘘じゃろ?」


 皆まで言わなくてもゲルニドが何を言いたいのか分かる。それは、いくらなんでも行き過ぎた行為だ。信じられないと驚くレイラに対して、注いだ酒を一口飲んで残念ながらと溜息を吐きながら言う。


「本当だ。傭兵ギルド全体が腐っているんだ……職員、会員が結託しているらしい。半信半疑で先代から聞いた話だったが、今日の事を考えると本当のようだな。もっと警戒をしておくべきだった…………やれやれ、ボスと一緒に行きたかったが俺は無理そうだな」


 一緒に行けないだろうという趣旨の言葉に、いち早く反応したのはゴリンコだった。


「ど、どういう事です? 一緒に行けねえって……」
「このままギルドを放って置く訳にはいかない。このまま傭兵ギルドの思い通りにさせるつもりはないが、もし活動自粛に追い込まれたらギルドの存続が危ぶまれる恐れもある。それを放置して離れる訳にはいかん。色々と世話してくれた先代ギルドマスターに申し訳ないしな……」
「そんな……」


 落胆するゴリンコ。他の者もゲルニドの話を聞いていたらしく、先程までの盛り上がりは何処へやら。静まり返ってしまい、誰もが動きを止めている。ゲルニドもまた、ジェノスのように慕われているようだ。


「ううむ……傭兵ギルドが魔物ギルド並みの仕事ができるとは思えぬがのう。魔物ギルドでなくては駄目だというのを周知できれば、活動の自粛を求められても反対するギルドが出て来るのではないか? いや、最悪自粛になったとしてもじゃ。依頼者が魔物ギルドに依頼をしなくなるという事はないじゃろう」
「そりゃ……傭兵ギルドより魔物の討伐なんかの技術はこっちの方が上だ。だがな、誰の目で見ても明らかな状況なんて早々ない」


 ゲルニドは傭兵ギルドの要求に反対して貰えるよう、他のギルドを説得するしかないと酒を煽った。レイラも都合よくそんな機会が訪れるとは思っていなかったので、ゲルニドの意見に同調しながら、他に何かないかと模索する。










 まだこの時は、誰も魔物ギルドの存在意義示す機会が、思いもよらない形で訪れる事を知らない……。

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