捨てる人あれば、拾うワン公あり
第24話 魔物ギルドで薬の調合
魔物ギルドに到着するとレイラ達は窓口へ向かう。そこには昨日遣り取りをした新人の女性職員がいた。
「昨日振りじゃのう」
「あ、皆さん。こんな時間にどうされたんですか? 依頼を受けるという訳ではないですよね……討伐した魔物を売りに来たんですか?」
もう間もなく日が完全に沈む時間帯もあって、職員はそう尋ねて来た。
街に戻る途中で、ラビットンという魔物を狩っていたのをレイラは思い出したが、格納鞄に入れておけば腐る事はないので今日は買い取りはしないでおく。
「いや、今日は魔物を使った料理のレシピを見せて欲しいのじゃ」
「かしこまりました。ええっと幾つかあるんですが……どうぞ」
「ふむ、結構あるのう」
カウンターの下に潜って職員が出したのはレシピが書かれた八冊の本。どの本も百ページ以上はありそうだ。
「ちなみに外に持ち出すのは駄目なのかのう?」
「申し訳ございません。ギルド内でのみこちらは貸し出しをしてますので……」
本自体が高価なものであり、特に魔物の調理方法という珍しい情報が載っているのだ。外に持ち出しが厳禁なのは仕方のない事だ。そこでレイラは出された本の表紙を見て、良さそうな本を選ぼうと思ったが、現代の文字で書かれているので分からなかった。
そう思い、レシピを読むナエに選ばせようと思ったが、ふと一冊の本に目が留まる。
「おや、これは……」
「ああ、その本ですか? 一応調理方法が書かれた本のようなので出したんですが、最近倉庫の奥から出て来たものなんですよ。古いもので、今と文字が違うので読む事ができないのですが……」
「ふむ…………ああ、なるほどのう」
本を手に取り開いてみると、そこには魔物をどのように扱うか、文字による説明と共に絵が描かれていた。レイラはこの絵で調理方法が書かれていると勘違いされたのだろうと推測する。
「この本に書かれているのは魔物の調理方法ではない。魔物を素材とした薬の調合レシピが書かれたものじゃな」
「えっ、レイラさん、それが読めるんですか!?」
「うむ、なかなか興味深い代物じゃ。今日は時間がないので読めぬが、今度貸して貰ってもいいかのう?」
「え、ええ、それは勿論構わないですけど……ちょ、ちょっと待っていてください!」
慌てた様子でギルドの奥へと引っ込んでしまう職員。昨日と激しく既視感のある状況だと思っていると、暫くしてギルドマスターのゲルニドとともに戻って来て、ますます昨日と重なる。
「今、こいつから聞いたんだが、その本が読めるんだってな? 本当か?」
「本当じゃ。なんなら実際にここに書かれているレシピを再現してもよいぞ。簡単なものであれば、そう時間は掛からんしのう」
「そうだな……よし、それじゃあレイラは俺について来い」
「分かった。ワンワンとナエはレシピを読んで待っているかのう?」
薬の調合を傍らで見ているのは退屈だろうと、二人はここで待たせる事にする。
昨日は酔っ払いに絡まれたが、連日同じような事は起きないだろうと思った。
それに何人かは返り討ちに遭ったのを目撃した者もいる。安易に危害を加えるような真似をしてくる者はいないだろうと、二人をこの場に残しても問題ないとレイラは判断した。
「ああ、そうさせて貰うぜ」
「うん、ナエと待ってる!」
二人の返事を聞いてゲルニドの案内で、ギルドの奥にあるギルドマスターの部屋へと行く。
そしてゲルニドに用意するものを尋ねられると、レシピを見ながら必要なものを告げる。
どれも簡単に用意できるものなので、部屋を出て数分後には両腕にレイラから言われたものを抱えてゲルニドは戻って来た。
「ふうっ……これでいいか? 」
「……全て揃っておるのう。これで作れるのじゃ」
レイラは早速取り掛かった。レシピを見ながら、ゴブリンの爪や木の実を乳鉢で磨り潰していく。
「……それで、ボスに話してくれたのか?」
レシピが再現されていく様子を見ながら、ゲルニドはギルドマスターではなく素の顔で語り掛けた。
「話したぞ。お主達も一緒に来てもいいという事になったのじゃ」
「そうか、ありがとうな。それで……ボスは何か言ってたか?」
「特に何も……嬉しそうにしてたのは間違いないじゃろう。口には出さんが、お主達と再会するのを楽しみにしているようじゃ」
レイラにはジェノスの気持ちは手に取るように分かっていた。
感情を表にあまり出さないようにジェノスはしていたが、人生経験豊富なレイラには隠し通す事はできないようだ。
「早く会いたいが……まずは魔族の奴隷の確保だな。今日、顔が割れてない奴を一人を主として、複数の奴隷役と街の外に出た。今はここから一日以内で行ける近隣の街に散っているはずだ。早ければ明後日には、奴隷を連れて戻って来る」
「そうか。ベイヤーンの奴隷商が他の街でも買い占めていなければよいが……」
「そうなれば、もっと離れた街に行く必要があるな。時間は掛かるが仕方ない…………ところで、それはどんな薬なんだ? ゴブリンの爪、シビレマッシュー、オバケコウモリの血……どんな薬ができるか分からんな。というか薬か? 毒じゃないか?」
ゴブリン、シビレマッシュ―、オバケコウモリは近辺に生息するありふれた魔物だ。加工すれば武器や服、そしてシビレマッシューは人間であれば呼吸困難に陥るほどの麻痺毒を持っているので、魔物に対して使う毒として扱う事ができる。使い道はあるが、薬になるとはゲルニドは聞いた事がなかった。
「儂も知らなかったが……オバケコウモリの血には、シビレマッシューに対してのみに作用する体を麻痺させる毒を取り除く効果があるそうじゃ。そして毒を取り除いたシビレマッシューにゴブリンの爪を加えると、シビレマッシューのある効果を増大させるらしい」
「ある効果? 麻痺する以外になんかあったか?」
世間一般的なシビレマシューの認識は、少しでも口に含めば全身を麻痺させ、最悪呼吸ができなくなり死に至る毒。使い道と言えばペースト状にして剣や矢に塗り、魔物相手に使用するぐらいだ。
「いや、これも知らなかったんじゃが……痛みを感じさせない効果があるらしい。シビレマッシュ―は体を麻痺させる以外に、痛覚を麻痺させる効果があるそうじゃ」
「痛覚を? そんなの聞いた事が……いや、聞いた事がなくて当たり前か。まともにシビレマッシューの毒にやられた奴は死んでるか、毒にやられてそんな事に気付ける訳がない」
「薬師ギルドなら痛覚を麻痺させる事は知っているかもしれぬが、体の麻痺をどうにもできず薬にする発想はなかったのかもしれんのう」
それから間もなくして、手のひらに収まるほどのガラス瓶いっぱいに、青い液体に満たされた。
「さあ、シビレマシューの痛み止めじゃ。体を麻痺させる毒は抜けて、痛覚を麻痺させる効果だけを残しておる。それもレシピによれば腕が微塵切りにされても、痛みはないらしい」
「そんなに強力なのか……副作用は?」
「重傷を負っても痛みがないので、怪我に気付かず死亡する事があるらしい」
「本当に強力だな……どれ」
ゲルニドは手の甲に一滴垂らして、それを舐める。特に体に変化を感じなかった。レイラは言って気だけでも数分は痛覚が麻痺されているはずだと言うので、ペーパーナイフで手のひらを刺してみる。
「おおっ……確かに痛みがない。これは凄いな……よし、その本はお前にやろう」
「なぬっ? よいのか?」
まだ全てに目を通した訳ではないが、貴重な薬の作り方が書かれていた。中には魔法やスキルではできない事を可能とする薬は魅力的だった。
「その代わり……翻訳と写本を頼めるか? ギルドからの依頼を出す」
「その報酬がこの本という事か、悪くないのう。だが、少し時間が掛かるぞ。儂は読めても、今の文字は書けぬからな」
「ん? それはどういう事だ?」
「今後一緒に行動するにあたって、お主にはとりあえず話しておこうと思っていたんじゃがな……実はのう」
レイラはおもむろに鎧の頭部を持ち上げて、空っぽの中身をゲルニドに晒した。
「昨日振りじゃのう」
「あ、皆さん。こんな時間にどうされたんですか? 依頼を受けるという訳ではないですよね……討伐した魔物を売りに来たんですか?」
もう間もなく日が完全に沈む時間帯もあって、職員はそう尋ねて来た。
街に戻る途中で、ラビットンという魔物を狩っていたのをレイラは思い出したが、格納鞄に入れておけば腐る事はないので今日は買い取りはしないでおく。
「いや、今日は魔物を使った料理のレシピを見せて欲しいのじゃ」
「かしこまりました。ええっと幾つかあるんですが……どうぞ」
「ふむ、結構あるのう」
カウンターの下に潜って職員が出したのはレシピが書かれた八冊の本。どの本も百ページ以上はありそうだ。
「ちなみに外に持ち出すのは駄目なのかのう?」
「申し訳ございません。ギルド内でのみこちらは貸し出しをしてますので……」
本自体が高価なものであり、特に魔物の調理方法という珍しい情報が載っているのだ。外に持ち出しが厳禁なのは仕方のない事だ。そこでレイラは出された本の表紙を見て、良さそうな本を選ぼうと思ったが、現代の文字で書かれているので分からなかった。
そう思い、レシピを読むナエに選ばせようと思ったが、ふと一冊の本に目が留まる。
「おや、これは……」
「ああ、その本ですか? 一応調理方法が書かれた本のようなので出したんですが、最近倉庫の奥から出て来たものなんですよ。古いもので、今と文字が違うので読む事ができないのですが……」
「ふむ…………ああ、なるほどのう」
本を手に取り開いてみると、そこには魔物をどのように扱うか、文字による説明と共に絵が描かれていた。レイラはこの絵で調理方法が書かれていると勘違いされたのだろうと推測する。
「この本に書かれているのは魔物の調理方法ではない。魔物を素材とした薬の調合レシピが書かれたものじゃな」
「えっ、レイラさん、それが読めるんですか!?」
「うむ、なかなか興味深い代物じゃ。今日は時間がないので読めぬが、今度貸して貰ってもいいかのう?」
「え、ええ、それは勿論構わないですけど……ちょ、ちょっと待っていてください!」
慌てた様子でギルドの奥へと引っ込んでしまう職員。昨日と激しく既視感のある状況だと思っていると、暫くしてギルドマスターのゲルニドとともに戻って来て、ますます昨日と重なる。
「今、こいつから聞いたんだが、その本が読めるんだってな? 本当か?」
「本当じゃ。なんなら実際にここに書かれているレシピを再現してもよいぞ。簡単なものであれば、そう時間は掛からんしのう」
「そうだな……よし、それじゃあレイラは俺について来い」
「分かった。ワンワンとナエはレシピを読んで待っているかのう?」
薬の調合を傍らで見ているのは退屈だろうと、二人はここで待たせる事にする。
昨日は酔っ払いに絡まれたが、連日同じような事は起きないだろうと思った。
それに何人かは返り討ちに遭ったのを目撃した者もいる。安易に危害を加えるような真似をしてくる者はいないだろうと、二人をこの場に残しても問題ないとレイラは判断した。
「ああ、そうさせて貰うぜ」
「うん、ナエと待ってる!」
二人の返事を聞いてゲルニドの案内で、ギルドの奥にあるギルドマスターの部屋へと行く。
そしてゲルニドに用意するものを尋ねられると、レシピを見ながら必要なものを告げる。
どれも簡単に用意できるものなので、部屋を出て数分後には両腕にレイラから言われたものを抱えてゲルニドは戻って来た。
「ふうっ……これでいいか? 」
「……全て揃っておるのう。これで作れるのじゃ」
レイラは早速取り掛かった。レシピを見ながら、ゴブリンの爪や木の実を乳鉢で磨り潰していく。
「……それで、ボスに話してくれたのか?」
レシピが再現されていく様子を見ながら、ゲルニドはギルドマスターではなく素の顔で語り掛けた。
「話したぞ。お主達も一緒に来てもいいという事になったのじゃ」
「そうか、ありがとうな。それで……ボスは何か言ってたか?」
「特に何も……嬉しそうにしてたのは間違いないじゃろう。口には出さんが、お主達と再会するのを楽しみにしているようじゃ」
レイラにはジェノスの気持ちは手に取るように分かっていた。
感情を表にあまり出さないようにジェノスはしていたが、人生経験豊富なレイラには隠し通す事はできないようだ。
「早く会いたいが……まずは魔族の奴隷の確保だな。今日、顔が割れてない奴を一人を主として、複数の奴隷役と街の外に出た。今はここから一日以内で行ける近隣の街に散っているはずだ。早ければ明後日には、奴隷を連れて戻って来る」
「そうか。ベイヤーンの奴隷商が他の街でも買い占めていなければよいが……」
「そうなれば、もっと離れた街に行く必要があるな。時間は掛かるが仕方ない…………ところで、それはどんな薬なんだ? ゴブリンの爪、シビレマッシュー、オバケコウモリの血……どんな薬ができるか分からんな。というか薬か? 毒じゃないか?」
ゴブリン、シビレマッシュ―、オバケコウモリは近辺に生息するありふれた魔物だ。加工すれば武器や服、そしてシビレマッシューは人間であれば呼吸困難に陥るほどの麻痺毒を持っているので、魔物に対して使う毒として扱う事ができる。使い道はあるが、薬になるとはゲルニドは聞いた事がなかった。
「儂も知らなかったが……オバケコウモリの血には、シビレマッシューに対してのみに作用する体を麻痺させる毒を取り除く効果があるそうじゃ。そして毒を取り除いたシビレマッシューにゴブリンの爪を加えると、シビレマッシューのある効果を増大させるらしい」
「ある効果? 麻痺する以外になんかあったか?」
世間一般的なシビレマシューの認識は、少しでも口に含めば全身を麻痺させ、最悪呼吸ができなくなり死に至る毒。使い道と言えばペースト状にして剣や矢に塗り、魔物相手に使用するぐらいだ。
「いや、これも知らなかったんじゃが……痛みを感じさせない効果があるらしい。シビレマッシュ―は体を麻痺させる以外に、痛覚を麻痺させる効果があるそうじゃ」
「痛覚を? そんなの聞いた事が……いや、聞いた事がなくて当たり前か。まともにシビレマッシューの毒にやられた奴は死んでるか、毒にやられてそんな事に気付ける訳がない」
「薬師ギルドなら痛覚を麻痺させる事は知っているかもしれぬが、体の麻痺をどうにもできず薬にする発想はなかったのかもしれんのう」
それから間もなくして、手のひらに収まるほどのガラス瓶いっぱいに、青い液体に満たされた。
「さあ、シビレマシューの痛み止めじゃ。体を麻痺させる毒は抜けて、痛覚を麻痺させる効果だけを残しておる。それもレシピによれば腕が微塵切りにされても、痛みはないらしい」
「そんなに強力なのか……副作用は?」
「重傷を負っても痛みがないので、怪我に気付かず死亡する事があるらしい」
「本当に強力だな……どれ」
ゲルニドは手の甲に一滴垂らして、それを舐める。特に体に変化を感じなかった。レイラは言って気だけでも数分は痛覚が麻痺されているはずだと言うので、ペーパーナイフで手のひらを刺してみる。
「おおっ……確かに痛みがない。これは凄いな……よし、その本はお前にやろう」
「なぬっ? よいのか?」
まだ全てに目を通した訳ではないが、貴重な薬の作り方が書かれていた。中には魔法やスキルではできない事を可能とする薬は魅力的だった。
「その代わり……翻訳と写本を頼めるか? ギルドからの依頼を出す」
「その報酬がこの本という事か、悪くないのう。だが、少し時間が掛かるぞ。儂は読めても、今の文字は書けぬからな」
「ん? それはどういう事だ?」
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レイラはおもむろに鎧の頭部を持ち上げて、空っぽの中身をゲルニドに晒した。
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