捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第22話 家族で一緒に

 昼食の為に、ナエを中心にワンワン、カーラが料理を始める。
 作り置きの料理が幾つか格納鞄にあるが、チェルノの滞在が延びる可能性を考えると、そちらはクロとジェノスの為に残しておいた方がいいと手をつけない事に。


 食材は格納鞄に入っているので、森の中を駆け回って集める必要はなく、すぐに料理に取り掛かる。


 ワンワンに包丁を使わせるのは危ないとナエは思い、スープが沸騰しないように鍋を監視する任務を課した。大した役割ではないが、何か役割を与えられるのが嬉しいらしく、ワンワンは喜んで鍋に張り付く。
 ただ、仮に包丁を扱ったとしてもおそらく自分の指を切る事はないだろう。守備力の高さから包丁が欠ける可能性もある。


 一方カーラはというと、強欲の放浪者グリディ・ノーマッドでは食料の調達の為に、よく狩りをしていたという。その為、肉料理が得意らしくナエは彼女に一品任せる事にした。


「さてと、あいつらの件だが……」


 ジェノス、クロ、レイラは三人が料理をしている間、話し合いをしていた。内容は勿論、魔族の国について行きたいというカーラやゲルニドといった強欲の放浪者のジェノスの仲間達の事。


 ジェノスの苦しげな表情から悩んでいるのが窺えられる。なにせ危険を顧みず、自分を慕ってくれている仲間達だ。
 こちらには連れて行くメリットは何もない。むしろ向こうで何が起きるか分からない中、大人数で行くのは危険だ。問題が生じる可能性がある。だが、自分について行きたいという仲間達の気持ちを無碍にもジェノスにはできなかった。


 それに、今の自分には新しい仲間、いや家族がいる。自分だけでは決められない。ジェノスはクロとレイラに視線を向けると、二人はそれに応えるように口を開く。


「ジェノスさん、私は別に連れて行ってもいいと思うよ」
「儂もじゃ。ただし何が起きても自己責任じゃがのう。守れるとは限らんからな」
「……本気か? 二十人くらいはいるぞ?」


 二人の反応に対して、本当にそれでいいのかとジェノスは尋ねた。すると先程と変わらぬ調子で、二人は微塵も言い淀む事なく答える。


「悪い人達じゃないしね。それにワンワンも賑やかな方が好きなんじゃないかな?」
「うむ……立ち位置としては親戚一同といったところかのう」
「おいおい……本気で言ってるのか? 俺が言うのもなんだが楽観的過ぎないか?」


 あまりにも容易に連れて行ってもいいと言うので、ジェノスは困惑した。そんな彼に対して二人は優しく笑いかける。


「ジェノスさん、顔に連れて行きたいって書いてあるんだもん。ここで連れて行かなかったら絶対に後悔するんじゃない?」
「クロの言う通りじゃ。まあ、ワンワンの前に命を落とすような事はないよう厳命しとくのじゃぞ。きっと悲しむからのう」


 クロとレイラははっきりと言葉にしなくても、ジェノスが何を望んでいるのか分かっていた。すっかり家族の時間が長くなってしまったおかげで、この程度の彼の気持ちくらい見破れてしまうようだ。


 ジェノスはそれほど表情に出ていたのかと、思わず口元を覆うように自分の顔に手をあて、深く息を吐くと二人に頭を下げた。


「…………ありがとうな、二人とも」


 ジェノスは二人の優しさに感謝した。
 そして決して口にする事はないが、強欲の放浪者の仲間達と再会できる事を喜ぶのだった。


「ほ、本当ですか? 私達も一緒に魔族の国へ、行ってもいいんですか?」
「ああ……ただし、向こうに行って絶対に死ぬんじゃねえぞ。他の奴等にも言っておけ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」


 昼食の際にカーラに魔族の国へと一緒に行く事を許すと話したジェノス。スープを飲みながら素っ気なく伝えていたが、微かに彼の頬は緩んでいた。


「わうっ? みんな一緒に行くんだね!」
「ああ、そうじゃ。親族一同で魔族の国へ行くのじゃ」
「しんぞく? よく分かんないけど、みんなで一緒に行くならきっと楽しいね!」
「ほっほっほ、そうじゃのう」


 無邪気に喜ぶワンワンに、思わず笑みをこぼすレイラ。


 そしてカーラは自分達が一緒に行く事を、心良く思っているらしいワンワンの様子に安堵する。


「ワンワン、よろしくね。ふふっ、これからもワンワンと一緒にいられるなんて……夢のよう」
「お、おい! さっきみたいにワンワンをずっと放さないのは駄目なんだぜ!」


 カーラの呟きを聞き逃さず、慌てるナエ。カーラはそんな彼女に「分かっています」と言うが、先程の事もあって信用できないと騒ぐ。そんな二人の遣り取りをから目を離してジェノスは料理を味わった。


 香草を複数用いて焼いた肉は強欲の放浪者で活動していた時の味だ。カーラが作ったので当たり前だが、その懐かしい味はまるで何十年振りに味わったような気がして、その味をじっくりと堪能する。


 そしてスープも味わう。こちらも美味しく、それ単体で飲んだりパンを浸して味わった。


「……ん? どうしたワンワン?」


 ワンワンが自分の方をジッと見ている事に気付く。何か期待をしているような目を、ワンワンはジェノスに向けていた。


「ジェノス、美味しい? 僕もね、手伝ったんだよ!」
「そうなのか? 通りで美味いはずだ」
「本当っ? 美味しい? 良かったっ!」


 ワンワンはニッコリと満面の笑みを浮かべて自身もスープを飲む。そして「美味しいね!」とその味に満足する。そして今度はクロに味の感想を尋ねるのだった。


 その姿を見ていたジェノスは思わず笑ってしまう。ワンワンに対して笑ったのではない。今のこの状況に、安心している自分に対してだ。


 ワンワン達と昨日別れてからクロと一緒にいたが、ワンワン、ナエ、レイラがいるのが当たり前になっていたので妙に物足りなさがあった。そして、こうして全員がいる、この場が自分にはとても心落ち着く空間となっていた。
 カーラがいるだけで、あとはいつもと同じ。同じ顔ぶれで、毎日食べているナエが作った料理だ。だが、そのいつもと同じというのがジェノスに安心感を与えるのだ。


 この安心感は何十年前にも経験した覚えがあった。それは家族で過ごした日々の中で感じていたもの。
 自分はワンワン達と家族なんだと、一日程度離れたおかげで再認識するのであった。


 それと同時に、何十年も前に遡らずとも、同じような気持ちを抱いた事があるのを思い出す。強欲の放浪者の首領として過ごしていた日々だ。中にはそうでない者もいたようだが、カーラを始めとする仲間達がいた。あの時も今感じているような安心感がある。


 これから先、この家族とずっとともに過ごしたいとジェノスは思うのだった。

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