捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第20話 一日限定奴隷

 翌朝、カーラと一緒にクロとジェノスのもとへと行く為、奴隷商の店へと行く。


 カーラを普通に街の外へと連れ出す事はできない。彼女は奴隷として街に入って来ているので、所有者と一緒でなければ外に出られないのだ。


 そこで貸し出しという形で、仮の所有者としてレイラがなって、外へと連れ出す事にした。奴隷商の仕事をまるで行わないのは流石に疑われる。怪我も治っているので、貸し出しという形で奴隷商をしていく事にした。


 レイラは新体制となった奴隷商のお客さん第一号という事になる。


 店に到着して扉に手を掛けるレイラ。だが、鍵が掛かっていて扉は開かない。


「むっ……開いてないのう。おい、誰かいないか?」
「あっ! すいやせん、店を久し振りに再開するもんで、鍵を開けておくのを忘れてやした……あっ、レイラさん達でしたか」
「おいおい、今日から店をやるのに大丈夫かのう?」
「いやぁ、店をやるなんて本当に久し振りなもんで……まあ商売始めたら大丈夫ですよ」


 昨日、裏口の番をしていた額に二本の小さな角を生やした小柄の亜人。名前はゴリンコ、この店の主を今はしている。


 昨日、レイラはゲルニドから色々と話を聞いていた。ゴリンコは昔、規模は小さかったが、奴隷商をしていた経験があるらしい。その経験からこの店を任されている。


 ちなみにここの元の店主は、ゲルニドの昔の知り合いで、高齢という事もあって店を畳もうとしていたらしい。そこでゲルニドが匿って欲しいと言ってきたので、渡りに船と思い店を譲ってくれた。


 ギルドマスターも同じような成り行きだ。仲間達の治療費を稼ぐ為、現役復帰をしようとギルドを訪ねると、当時のギルドマスターが健在だった。ゲルニドにとって信頼できる存在であった為、自分が強欲の放浪者グリディ・ノーマッドの一員である事を説明し、相談をすると、ギルドマスターにならないかと提案されたのだ。


 ギルドマスターにもなれば、各ギルド、衛兵からの情報を得る事ができ、様々な特権も使う事ができる。


 無論、ギルドマスターともなればそう簡単に引き継げるものではない。だが、ゲルニドは盗賊になる前、魔物ギルドの会員だった頃。当時の活躍はギルドマスターになる資格を得ていた。そうしてギルドマスターになったのだ。


「カーラですよね? 森の方へ行くと聞きやしたが……戦える奴をもう少しつけやしょうか?」
「いや、問題ないのじゃ。儂らはそこそこ強いのでな」
「そうですか……かしこまりやした。それじゃ、カーラを連れて来やすんで少々お待ちくだせぇ」


 店の奥へとゴリンコが消えると、レイラ達は店内をキョロキョロと見始めた。


「ふむ……清潔感があっていいのう」
「なんか思ってたのと違うぜ。もっとこう……空気が悪いイメージだった」
「儂もそんなイメージじゃった。前の店主からこのような感じじゃたのかのう?」
「わうっ! なんか良い匂いがするよ!」
「ほおっ! 香を焚いておるのか……貴族を相手に商売をするつもりなのかのう」
「いやぁ、貴族を相手に商売なんて……あくまでお客さんに良い店だと思って貰えるようにしただけですよ」


 三人の会話を聞いていたらしく、ゴリンコはカーラを連れて戻って来ると照れ臭そうに笑っていた。


「ワンワン! 昨日ぶりだね!」
「わうっ! カーラ!」


 カーラがワンワンに駆け寄って頭を撫でる。嫌がる事はなく、ワンワンは気持ち良さそうに目を細めていた。そんな二人をナエは面白くなさそうな目で見ているが、二人は気付かない。


 一方でレイラはゴリンコの言葉に興味を抱く。


「なるほど……しかし香まで焚く必要があるかのう」
「奴隷商は何処でも需要がありやすから……あまり店構えを気にしてねえところが多く、イメージが悪いですからねぇ。今回は特に売るんじゃなくて、貸す。薄利多売な商売ですから普段は利用しない人にも、利用しやすいようにしたんでさぁ」
「ふむ……良い考えじゃ。以前もこうした事をしていたのかのう? ……言いたくなければ言わなくていいが、お主の商売への意識からして、誠実に仕事をしていたと思うんじゃが……どうして盗賊に?」
「あぁ、まあそんな大した理由じゃねえですよ。商売敵のやり方に負けただけで……」


 話を聴くと、同じ街に他にも奴隷商がいたらしい。儲けは向こうの方が上だったらしいが、ゴリンコの店の方が奴隷の質が良いと評判で、それが目障りだった。


 そこで繋がりがあった貴族に頼んで、違法に契約した奴隷を扱っているという嫌疑をでっちあげられた。牢屋に入れられる事はなかったが、店や財産を没収されたらしい。


 また、貴族に目をつけられたくないと、街の人間は助けてはくれなかった。この街では生きていけないと、別の街に行く事に。しかし、今度は魔物に襲われてしまった。そこを偶然通りがかったゲルニドに助けられた。


 事情を聞いたゲルニドはジェノスに相談。するとジェノスから強欲の放浪者の一員にならないかと持ち掛けられる。


 他の街へ行っても働き口があるか分からない。それに奴隷を扱う者として、人を見る目は磨いてきた。その目はゲルニドやジェノスは信用できる人物だと訴えた。
 こうして強欲な放浪者の一員となり、暫く雑用として働き、金庫番を任せられるようになったという。


「……それは、大変な思いをしたのう」
「いやぁ、正直今となっちゃぁ、店を没収されて良かったと思いまさぁ。良い奴等と仕事ができてぇ、楽しいんでさぁ」


 ゴリンコは屈託のない笑顔をする。本当に今の自分の立場に不満はなく、むしろ満足しているようだ。


「さて、そろそろ契約の方をさせていただきますぜ。カーラ、レイラさんの近くに」


 カーラは呼ばれて、ようやくワンワンを撫でるのをやめた。そしてレイラとカーラは向かい合って立ち、その間にゴリンコは立つ。


「そんじゃ始めますぜ。《コントラクト》」


 ゴリンコが唱えた直後、カーラとレイラそれぞれの目の前に契約内容が書かれた書類が浮かび上がった。


 契約魔法コントラクト。あらゆる契約で活用される魔法で、互いが一度合意した契約を放棄すると、事前に契約した内容に含まれていた罰則を受ける事になる。


「ふむ……レイラは奴隷カーラの本日のみ所有者とする。カーラはレイラに一切の危害を加えてはならない。レイラは本日中にゴリンコにカーラを返却しなくてはならない……ふむふむ。内容は問題内容じゃが、ここまでしっかりしておかなくてもいいのではないかのう? 特に罰則じゃ。儂の方は問題ないが、カーラがちと厳しすぎではないかのう?」


 レイラが契約を破った場合は、ゴリンコに対して罰金を支払わなくてはならない。
 そしてカーラが破れば、彼女は鞭打ち三十回、向こう十年は奴隷の身分のまま、ゴリンコが支払ったレイラへの慰謝料の分を借金として背負うなど……。レイラと比べて多くの罰則が並んでいた。


「この契約内容はステータスを確認した時に見えてしますんで、一応しっかりと契約させて貰ったんでさぁ。まあ万が一契約破っちまっても、ちょっと体が痺れる程度に抑えてんで。うちに戻って来たら、すぐ解除しますんで」


 罰則を守る意思がないと、全身を幻痛に襲われる事になる。時間が経つにつれ痛みは酷くなるのだが、これは《コントラクト》の魔法の使用者の匙加減で弱める事もできる。


「ふむ……儂は問題ないが、カーラは問題ないかのう?」
「はい、大丈夫です。契約を破るなんて考えていませんので……」
「そんじゃ、問題ねえようでしたら名前を記入してくだせえ。下の方に名前書く欄に指で書いてくだせえ」


 契約書に指で名前を書く。名前を書こうと指を動かすと、しっかり線が引かれ、自分の名前が刻まれていく。


 そして互いに名前を書き終えた時、契約書は互いの体に入っていった。これで契約終了だ。


「これで終わりかのう」
「へえ、問題なく契約されました。あとはカーラにこいつを嵌めてくだせえ」


 ゴリンコから渡されたのは鉄製の首輪。これは奴隷の証だ。場合によっては、この首輪に細工が施されていて、主人に逆らうと首輪が締まったりする事もある。


 今回は最低限の契約のみで、そのような細工は施されていない普通の首輪である。


 カーラに首輪をつけるレイラ。これでカーラは一日限定のレイラの奴隷となった。

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