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捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第16話 治療をするのは……

 ベッドに横たわる様々な部位が欠損した人物を暫く見てから、レイラは静かにゲルニドに伝える。


「結論を言おう。儂の【回復力向上】で傷を塞ぐ事はできる」
「ほ、本当か!? それなら、っ!」


 レイラの言葉に、顔に喜色を浮かべるゲルニド。そしてすぐに治してくれと言おうとすると、レイラが手を向けてそれを制した。


 そして落ち着いた、自分の感情を押し殺したような静かな声を発する。


「……そうまでして生かせたいか?」
「な、何?」


 突然の問い掛けにゲルニドは困惑する。生かせられる命を生かして何が悪い、どうしてレイラはこの状況でそのような事を聞くのか……などと様々な思考が頭の中で渦巻き、驚き以上の言葉を発せられないゲルニド。


 彼のそうした心情を察してか、まるで諭すかのようにゆっくりとレイラは語り出す。


「今言ったが、傷を塞ぐだけじゃ。これ以上血が流れる事はない。しかし手足を失い、目や耳、鼻さえも失ったまま生きる事になるのじゃ。唯一感じるのは痛覚、味覚、触覚だけ……それも自分では何もできない……そのような状態でも生かせたいか? お主はそれでも生きたいかのう?」
「そ、それはっ……だが、もしかすると生きていれば欠損を治療する事ができるかもしれないだろ!」
「…………欠損を治す魔法、薬が入手できる算段があるのかのう?」


 三百年前にはそのような魔法も薬も存在していた。だが、その魔法を使える者は彼女が知る中で一人だけ。魔女と呼ばれたマヤのみ。そして薬はダンジョンと呼ばれる複数の階層で構築された、魔物が永遠と生み出される場所で発見されている。しかし、発見されたのはレイラが知る限り四回だけ。


 どちらも困難極まりない。今ではもう少し容易になっているかもしれないとレイラは期待するが、問われたゲルニドの暗い表情を見て昔と変わらず入手が困難である事を察した。


「……それに【邪神への貢物】の力がまだ続いているのじゃろ? 失った部位が治ったとしても……」


 目が治ったら再び目を失うかもしれない。手足が生えてもまた手足が失うかもしれない。そんな事が続くかもしれない可能性を告げると、ゲルニドは肩を落として悔しそうに顔を歪める。


「くっ……何もできないのか……」


 傷付いた仲間を前に何もできない歯痒さ。そんなゲルニドを見ていて、過去寿命が尽きようとする自分を見ていたマヤの姿と被る。あの時は自分の【不屈の封印】のスキルという希望があったからまだ良かったが、何も希望がないゲルニドにとってはマヤよりも辛いのかもしれない。


 そんな事を思いながらレイラは彼女を治す一つの方法に気付く。いや、気付くというよりは、その方法をあえて除外して考えていたので、選択肢として挙げていなかったのだ。だが、それを口にする事に躊躇してなかなか口にできなかった。


 沈黙に包まれる室内。その静寂を先に破ったのはレイラだった。


「なんじゃ!?」


 ゲルニドも目を見開き「何だ!?」とレイラに続いて驚きの声を上げていた。


 驚きの原因、なんの前兆もなく室内が光で満たされたのだ。温かく、心身ともにほぐれるかのような癒しの光。
 すぐに光は収まったが、建物のあちこちで負傷したと思われる盗賊達の騒がしい声が聞こえて来る。


「おおい、どうなってやがる? 傷が癒えちまった!」
「俺もだ! 潰れた片目が治ってやがる!」
「俺なんて古傷まで治ってんぞ! どうなってんだ!?」
「う、動く! 腕が動くぞ!」


 聞こえてくる声から負傷していたはずの盗賊が次々と回復しているのが分かる。


「何が起こって……ああっ!」


 ゲルニドはベッドに目を向けて悲鳴じみた声を上げた。ベッドの上にいた人物の手足が包帯を押しのけて生えていたのだ。


「手足が……そ、それに……」


 慌てて顔に巻かれていた包帯も取っていくと、長い黒髪が広がり、鼻なども揃った傷一つない女性の顔が露わになる。


「ああ……歯も鼻も……耳も……治ってる。治ってるぞ……」
「これは……ワンワン!」


 扉を開けて部屋の外にいるワンワンとナエのもとへ。するとワンワンは嬉しそうに笑顔で「レイラ!」と迎えるが、ナエはレイラと目が合い狼狽えた様子だった。


「すまんレイラ! ワンワンが……」
「覚えのある魔力じゃと思ったが、やはりか……」


 それだけ聞けば何が起きたのかをレイラは理解した。そして後からゲルニドも部屋から出て来る。


「おい、どうしたんだ? もしや治ったのはそっちのガキが」


 ナエに目を向けるゲルニド。彼女の魔法の腕を試験で目にしていたので、そう思ったのだろう。一瞬躊躇しながらもレイラは応える。


「……いや、今のはナエではない。こっちのワンワンじゃ」
「な、何? そうなのか……?」


 このような小さな子供がと半信半疑である事が表情から分かった。ゲルニドはワンワンには何か力があるとは薄々感じていたが、これは想定外だったようだ。


「うむ……じゃが、これは外には決して漏らさんでくれ。儂が治した事にするのじゃ。この力が知られれば、ワンワンが狙われかねんからな……それが今回の報酬でよい」
「……分かった。絶対に言わない。それと報酬はちゃんと受け取ってくれ。これだけの事をして貰って、ただ働させるなんてボスに怒られる。報酬の金を持ってくるついでに、他の奴等の様子を見てくるから、少し彼女を見ていてくれないか?」


 そうしてゲルニドが行ってしまうと、レイラはしゃがみ込んでワンワンと目線を合わせる。


「さて、ワンワン……どうして力を使ったのじゃ?」
「わうう……ごめんなさい。いけない事だった?」


 その問い掛けに対してワンワンはレイラが怒っていると思ったのかビクリと体を震わせた。
 怯えるワンワンに対してレイラは首を横に振り、優しい声音で語り掛ける。


「いけない事ではないのじゃ。ただ事前に言って欲しかったのう。驚いてしまったのじゃよ」


 怒っている訳ではないのは本当の事だ。ナエも悩んではいたが、ワンワンの《ミソロジィ・キュア》を使う事を考えていた。ジェノスに言ったように、ワンワンを危険に晒す可能性があったので、踏ん切りは付かなかったが。


「ごめんなさい……でも、色んなところから苦しそうな声が聞こえたの。だから治してあげたくて……」
「ああ……二人で静かに待ってたら別の部屋から呻き声とか聞こえたんだぜ。それで……」
「そうか……ワンワン、人を助けるのは良い事じゃ。じゃが、その力を目にして良からぬ事を考える者もおる。魔法を使う時は自分の身を守る時だけ、それ以外に使う時は儂らに一声掛けてくれ」
「わぅ……分かった」


 頷くワンワン。しかしレイラが怒っていると思っているのか元気がないように見える。
 そこでレイラは優しくワンワンの頭を撫でると、彼女が怒っていない事が分ったのか嬉しそうに微笑んだ。そして充分撫でたところで、柔らかなワンワンの髪の感触が味わえない事を残念に思いながら、撫でるのをやめて部屋へと戻る。


 既に怪我は治っているのでワンワンとナエも室内に入る事にする。


 意識は戻らないようだが、先程の痛々しい姿から打って変わり、傷一つない体をしている。胴体はまだ包帯で覆われていて、戻った胸の分、苦しそうだ。


「包帯を取るにしても、何か着るものがなくてはのう……」
「鞄の中に何着かボロ布でこさえた服ならあるぜ。クロに作ったものなら着れるかもな」
「それじゃあ、とりあえずそれを着せるかのう。ナエ、手伝ってくれるか? ゲルニドが戻る前に着替えさせてやろう」


 それから意識を失ったままの彼女から包帯を取り払い、ナエとレイラで服を着せていくのだった。


 一方で二人が着替えさせている間する事がなかったワンワン。彼は二人の様子を眺めていたが「わうっ?」と何かに気付いたかのように【廃品回収者】の回収可能一覧を出して、その何かを確認をするのであった。

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