捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第13話 ギルドマスターからの依頼

 風の羽を後にしたワンワン達は教えて貰った宿の部屋にいた。幾つか宿を紹介して貰い、選んだ宿はチェルノの中でも評判の良い宿で、四人部屋をとった。家族での宿泊を目的とした人が利用する部屋で、それなりに金は掛かるが、魔物のおかげでだいぶ稼いだのでこの部屋に決めた。


 部屋に入った途端にレイラは座り込み、【憑依】を解除して鎧から抜け出す。


「あぁ! ようやく鎧から出れるのじゃ!」


 全身から力を抜いて、宙を仰向けで漂い出すレイラ。ナエは座った状態で放置された鎧を避けながら部屋に入ると、そんなだらけたレイラを見て労う。


「お疲れ。だけどよ、石像に三百年閉じ込められていたのに、数時間鎧の中にいるのは大した事ないんじゃねえか?」
「むう……確かに石像の中で三百年ほどおったが、あの時はほとんど寝ていたからのう。仮の体を長時間動かすのは疲れるのじゃよ。軽いものに【憑依】すれば少しは楽になるかもしれんがのう」
「わうっ……レイラ、お疲れ様! ゆっくり休んで! 寝るなら静かにするよ!」
「ふふふっ、ありがとうのうワンワン。そんな気を使わなくても大丈夫じゃよ。それよりも今日は楽しかったかのう? 初めての街はどうじゃった?」
「とっっっっっっても! 楽しかったよ!」


 その目には今日見たものが映っているのか、キラキラと輝いているように見えた。そんなワンワンを見てレイラは満足そうに頷く。


「それは良かったのじゃ。今日買ったモンモでも食べるかのう?」
「わうっ! 食べる!」
「おい待てよ。もう飯を食べるんだぜ。そんなの食ったら、美味しく食べれねえぜ」
「むっ……確かにのう……」
「わうっ……ご飯は美味しく食べたいんだよ……」
「ああ、飯を食って余裕があったら食おうな」


 ナエの言葉にレイラとワンワンは反省する。レイラが年長者であるが精神的に幼いところがあるので、ナエの方がしっかり者のお姉さんという印象を受ける。


 ワンワンの中での家族構成では、姉ナエ、弟ワンワン、妹レイラとなっているので間違いではないが。


「それより奴隷の件はどうする?」
「そうじゃのう……ああ、ワンワンは【廃品回収者】を見ておくのじゃ。今日は一度も確認してないのではないか?」
「あっ! そうだった!」


 レイラに促されて、ワンワンはベッドに腰かけ【廃品回収者】の一覧を見始めた。そしてナエとレイラは先程風の羽の店主ネリオから聞いていた奴隷商の話をする。


「さて……奴隷を買えないとなると別の街に行く必要があるのう。まあ、それを判断するのは、とにかく明日行ってみてからじゃが」
「もし、奴隷が買えないと分かったら、そのまま街を出るのか?」
「うむ……その方がいいかもしれんのう。クロやジェノスをできるだけ早く自由に生活させてやりたいのじゃ」


 二人は森の中で野宿をする事は慣れているらしいが、人目を避けているこの状況からは一刻も早く解放してあげたかった。それはナエも同じ思いであり、ワンワンの為でもある。


 今は口にはしないが、ワンワンは二人がいないせいか時折寂しそうな顔をしていた。これまで同じ場所で数か月ともに生活してきたのだから無理もない。何度か二人がいない事を忘れて「ジェノス、何これ?」「クロも食べよう?」などと言う。そして決まって二人がいない事に気付いて寂しそうな顔をするのだ。


 二人がいない寂しさは、初めて見る街に対しての好奇心では埋まらないようだ。


「ナエはギルドで魔物の調理法を学びたいじゃろうが、目的を果たせぬようなら早く次の街へ移動した方がいいじゃろう。悪いのう……」
「気にすんなよ。他の街にもギルドはあるだろ? そこで学ぶぜ」


 そんな話をしていると、扉を叩く音がした。反射的にレイラは鎧に【憑依】して立ち上がり、いつでも動けるようにする。宿の人だろうかと思いながら、レイラは扉を叩いた人物に声を掛ける。


「誰じゃ?」
「突然申し訳ない。魔物ギルドのレイラはいるだろうか? 魔物ギルドのゲルニドだ。頼みたい事があって来た」
「のじゃ?」


 魔物ギルドのギルドマスターゲルニド。声は間違いなく本人のものだ。どうしてここにいる事が分ったのか。頼みたい事とは何か。幾つかの疑問が浮かびながらレイラは【金縛り】など、いざという時に使えるように心構えをして扉を開ける。


「どうしたのじゃ? よくここにいると分かったのう」
「お前らは目立つからな。少し聞いて回れば何処にいるかすぐに分かった。ガキ二人は服装が変わっていたから、同一人物ではないかもしれないとも思ったが……」


 ギルドに来た時はまだボロ布を繋ぎ合わせた服を着ていた。レイラ達を探す際に、そこの情報だけは一致しなかったようだ。


「今、少し時間を貰えないだろうか。レイラに頼みたい事があるんだ」
「頼みたい事? それは魔物ギルドの依頼という事か?」
「いや、違う。ギルドは関係ない。ギルドは通さない俺個人の依頼だ。勿論、報酬は払う」
「ふむぅ?」


 魔物ギルドの依頼ではなく個人での頼みという事にレイラは首を傾げる。


 聖域が燃え、聖域固有の魔物が住処を変えている。これに関しての依頼を受けて欲しいという要請であれば不思議ではないが、ゲルニド個人から何かを頼まれるというのは見当がつかなかった。


「いったいどのような頼みじゃ? 内容次第では引き受けても良いが……」
「頼みというのは試験の時にお前が使っていたスキルを、使って欲しい相手がいるんだ」
「使っていたスキルじゃと?」


 レイラはギルドであった事を思い出しながら、自分が使ったスキルを思い出していく。
 ギルドで酔っ払いを大人しくさせた時に幾つかスキルを使ったが、その時はどのようなスキルを使ったのかは言わなかった。唯一スキルを口にしたのは、レイラの試験相手を務めた女性の怪我を治す時に使った【回復力向上】だけだ。


「……誰か怪我でもしているのかのう?」
「話が早くて助かる。そこまで高い報酬は出せないが……頼めるか?」
「ふむ…………」


 レイラは口に手をあてて考える。スキルを使うくらいであれば問題ないと思ったレイラだが、ワンワンとナエがいる為、そう簡単には引き受けると返事をする事ができなかった。ゲルニドの人柄はギルドで接した際にある程度理解し、決して悪人ではない事は分かる。だが、ゲルニドの言うスキルを使って欲しい相手はどうか分からない。


 もしかするとレイラのスキルを、あるいはナエの魔法の腕を聞いて接触を図ろうとしているのではないか。接触の目的は純粋な興味ならまだいい。だが、良からぬ事に利用としようと考えている可能性もある。ワンワンとナエをそう簡単に害せる者はいないだろうが、危険は避けたかった。


「スキルを使って欲しい相手とギルドマスターの関係を教えて貰えるかのう? ギルドの会員か? それとも友人、身内か? もしくは貴族とかかのう?」
「怪しむのは当然だな……まあ、身内みたいなもんだ。そいつが大怪我をしていてな……お前のスキルで治して貰いたいんだ」


 レイラが警戒しているのが伝わったのだろう。どうして問われた関係だけでなく、簡単にではあったがどうしてレイラに頼んでいるのかも説明する。


「大怪我か……【回復力向上】は人間が持っている治癒力を高めるものなのじゃ。金は掛かるらしいが、魔法で治した方がいいと思うぞ」


 レイラが魔法での治療を勧めると「それはできない」とゲルニドは首を横に振る。


「金がない……という訳ではなさそうじゃな。公にしたくないといったところかのう?」
「っ! どうして分かった!?」
「伊達に長生きしておらん……しかし、そういう事であれば儂も首を縦には振れぬぞ」


 ジェノスが魔法での治療ができないと言った時、レイラは彼の険しい表情から治療させたくてもさせてやれないという気持ちを読み取れたのだ。それも金という単純な問題ではないと……生前の経験から察した。


 公にできない怪我の理由。それがいったい何かは分からないが、人から隠したい、後ろめたい事に違いない。関わってしまえば自分達も巻き込まれる可能性がある。


 そう思いレイラはゲルニドの依頼を断ろうと思った。


「早く行かなきゃ!」
「っ! ワンワン?」


 ワンワンは腰かけていたベッドから、いつの間にかレイラの傍に来ていた。そして彼女の鎧の手を引きながら早く行こうと訴える。


「怪我をしてるんでしょ? 早く行って治してあげないと! 痛いの嫌だもんっ!」


 急ごうとワンワンはナエの手を引き続ける。見ず知らずの相手の怪我を心の底から心配しているようだった。何かあるかもしれないなどという疑念は微塵もなく、彼の中には相手の心配、そして助けてあげたいという気持ちだけが彼を動かしていた。


 本当にワンワンは良い子だと、鎧の中にいるので分からないがレイラは頬を緩ませる。


「レイラ……こうなったワンワンは、止めるのは難しいぜ」
「……ふうっ、分かっておる。まったく疑った自分が恥ずかしくなるのじゃ。ゲルニドよ、完全に治せるかは分からんぞ。それでも良ければ引き受けよう」
「あ、ああ、それでいいっ! 頼む!」


 こうしてゲルニドからの依頼をレイラは引き受ける事にしたのであった。

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