捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第7話 魔物ギルド

 魔物討伐ギルド。通称魔物ギルドの職員から登録を勧められ、どうしたものかとレイラは考える。そして自分としては特に問題はないと思い、ナエの意見を聞く事に。


「ナエが問題なければ、ここのギルドにしようと思うのじゃが……どうじゃ?」
「私は別にいいぜ。魔物の調理方法が気になるしな。魔物の調理なんて、これまでなんとなくでやってたから助かるぜ」


 先程も呟いていたが、やはりナエは魔物の調理方法を教えて貰えるのが魅力的のようだ。


 あまりギルドに長居はできないだろうが、少しでも利益になるのならばと魔物ギルドで会員証を発行する事に決めた。 


「ふむ……じゃあここのギルドに登録しようかのう」
「分かりました! それではこちらへどうぞ!」


 ギルドの中へと通される。中には魔物に関する依頼書が張り出された掲示板、魔物の価値のある部位を換金する窓口や、魔物に関する様々な書物の貸し出しを行う窓口などがあり、他にもちょっとした酒場のスペースなども併設されている。


「ギルドの中ってこんなふうになってるんだなぁ」
「そうか。ナエも中に入るのは初めてかの?」
「ああ、前に住んでた街のギルドは外からなら何度も見た事あるけどな」
「わうっ、あっちから美味しそうな匂いがっ…………わうぅぅぅ我慢、我慢……。ねえ、ナエ、レイラ……」
「会員証を発行してからじゃ。その後、一緒にゆっくり見るのじゃ」
「わうっ!」


 言いつけを守るワンワンを微笑ましく思いながら、職員の案内でギルドの総合窓口のような場所に連れて来られる。そこで職員に準備をするので待つように言われて、少しレイラはギルドの中を見回してみた。


「街の方に真っすぐ向かって来るのは居ないようだな……」
「そうだな。だが、まだ街道の巡回の手は緩める訳にはいかねえだろ。衛兵からの依頼だしな」
「明日には調査を終えて帰って来るだろ? そいつらの報告次第では遠出をしないといけねえかもな。今のうちに装備の手入れしとくか」 


「ふむ……なんだか殺気立っておるのう……」
「……はい。実は昨日聖域で原因不明の火事が発生して、火から逃れる為に魔物が聖域から飛び出して来たんです。その対処に追われていて……」


 書類を手に戻って来た職員の女性が不安そうな面持ちでレイラの呟きに応える。


「ふむ……そうなのか。今日まで人とあまり会う機会がなかったのでな。儂も聖域の魔物と遭遇したんじゃが、そんな事があったとは知らんかったのう」
「聖域の魔物を!? お強いんですねぇ……」


 聖域の魔物はどれも一般人からしたら脅威だ。戦い慣れた傭兵や魔物ギルドに所属する者達でも複数人がいてようやく勝てる…………中には何十人と束になっても勝てない魔物も存在する。その為、聖域から魔物が出て来たというのは大騒ぎになるのも当然だった。


 職員の話を聞いてギルド内の状況を納得するレイラ。
 しかし、その話を聞いていたのは自分だけではない事をレイラは頭の中から抜けていた。


「なあ……被害とか、どうなんだ? 誰か……死んだり、してない……か?」
「っ!」


 ナエの問い掛けにレイラは初めて自分が過ちを犯した事に気付いた。


 聖域が燃えたのはナエのせいではない。むしろ責任は、それを指示した自分にこそある。だが、幼い心はそう簡単に割り切れるものではなかったのだ。ナエは自分が《ヘルフレア》を放ち、聖域を炎上させた事に重く責任を感じていた。


 職員に尋ねたナエの顔は今にも泣きそうな顔をしていた。年相応の弱々しい少女の表情だ。


 どうか大きな被害は出ていない事を、レイラは心の中で必死に祈った。


 【神の思し召し】で神様に直接祈る事ができたらいいが、生憎これまで自分から話し掛けるような事はできなかった。加えてオワリビトがいなくなり、ライヌがいなくなってからというもの、神様からの声が一切聞こえなくなった。


 だが、それでもレイラは祈る。幼い心が壊れないようにと、必死に……。


「今のところ幸い大きな被害はないみたいですよ」


 その言葉にナエとレイラは二人揃って安堵の息を吐いた。


「畑が荒らされたとか、街道を聖域の魔物が横切って馬が驚いたとか……そういったものばかりですね。聖域は人が基本立ち入りませんから、魔物も人に慣れていなくて人との接触を避けているのかもしれません。それと聖域の近くには、魔族の国まで広がる森林地帯があるので、そちらに住処を変えているのかもしれませんね」
「そうか……とりあえずそんなに大きな被害は出てないんだな……」


 まるで自分に安心するよう言い聞かせるように、大きな被害が出ていない事を自らの口で発するナエ。尋ねる時と比べて、落ち着いた表情をしているようにレイラには見えた。そして今後も大きな被害が出ない事を祈るのであった。


「それでは、登録の方を始めていきましょうか」
「ああ……頼むのじゃ」


 変に緊張してしまい疲れてしまったが、これから必要になって来る会員証を入手する為に手続きを進める事にする。


「まずは……こちら記入をお願いします」


 一枚の紙が机に出される。早速書こうと机に置かれているペンを手にしようとしたが、不意に動きを止める。そして小さく呻き声を発してからナエに視線を向けた。


「むぅ…………すまぬ、ナエよ。代筆を頼めるか?」
「ん? いいぜ……だけど、どうしてだ? あっ…………鎧のせいか」


 ナエは代筆を頼まれたのは、鎧ではペンが握れないからだと思った。しかし、そういう訳ではないようだ。レイラはナエの耳元に近付きこっそりと理由を言う。


「この体でも綺麗には書けぬが、一応書ける……三百年ほど前の字がのう。正直、この紙に書かれている事もまるで読めんのじゃ」
「ああ……そういう事か」


 これまでレイラはジェノスの勉強会に参加する事もなければ、この体なので本も読む事もなかった。だからこれまで気付かなかったが、レイラは三百年ほど前の人間。現代の文字が書けないというのは不思議な事ではない。


 事情を理解したナエは代わりに書いていく。
 年齢やスキルを適当に記入し、主に使う武器を剣として、名前はフルネームではなく「レイラ」とだけ記入する。魔法に関しては当然使えないので無記入で、他にこれまでの経歴について書く部分があったので、そこは五年ほど傭兵をしていたとナエに書いて貰った。


 全て記入を終えると、職員に差し出す。


「はい。ありがとうございます。これで登録はできますので、会員証を発行しますね」
「ああ、ちと待ってくれ。もう一枚、登録の紙をくれるかのう? ナエも書くゆえ」
「へ?」


 ナエに代筆して貰った紙をギルドの奥に持って行こうとしたところ引き止める。すると、驚いた表情で職員の女性は動きを止めた。


「え? あ、あの……お嬢ちゃんも登録するんですか?」
「ああ、そうじゃ。この子も登録するのでのう。もう一枚紙を持って来てくれ」
「え、いや、その…………お嬢ちゃんじゃ、魔物を倒せるとは……」


 とてもナエの年齢では魔物と戦う事はできない。誰が見てもそう思うだろう。職員の女性も、ナエの登録に対して躊躇うのも無理もない。だからレイラは登録を後押しするように、ナエの力量を示す。


「問題ないのじゃ、魔法を幾つか使えるからのう」
「魔法を? それに複数? い、いや、それでも……」
「既に一人で魔物を倒した事もある。それに魔力は一般人を遥かに上回るぞ。勇者に匹敵するかもしれんほどじゃ。なんなら【鑑定】などでステータスを調べてみるといい。儂の言葉が偽り出ない事が分かるのじゃ」
「え、ええっと、その……しょ、少々お待ちくださいっ!」


 レイラのナエが問題なく戦えるというアピールに対して、職員は怯えた様子で奥へと引っ込んでしまう。


 いったいどうしたのかと不思議そうな顔をするレイラ。その横では呆れた表情でナエは彼女を見上げていた。


「……何してんだよ。そんな鎧姿で詰め寄られたら、ビビるに決まってるぜ」
「のじゃ!? い、いや、一生懸命登録して貰えるよう儂は言っただけじゃぞ!」
「それがマズかった…………ん? さっきの姉ちゃんが誰か連れて来たぞ?」
「のじゃ?」


 レイラ達の対応していた職員が、魔物と何十年と戦って来たと言われても疑う事はない、風格漂う顔中傷だらけの男を連れて戻って来た。


 その男は職員に「登録したいのは、こっちのガキか?」とナエを睨みながら尋ねる。


 職員が頷いて間違いない事を確認すると、男はナエに向かって殺意すら感じさせる視線を向けて低い声で告げた。


「お前には試験を受けて貰う」

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