捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第3話 今後の方針

 それから聖域を脱出したワンワン達は近くを流れる川で休む事にした。街道から離れた場所にあり、人目もつかず余計な詮索をされる事はないだろう。ただ、聖域が燃えている事に気付けば、周囲の街から事態の確認の為に常駐している軍が動く。あまり長いはできなかった。


 幸いワンワンとナエがすぐに目を覚ましてくれたので、すぐに魔族の国への移住の話をする。


「魔族の国? 僕はみんなと一緒なら何処でもいいよ!」
「魔族の国か……大丈夫なのかよ? 危険だと思うぜ……」


 ワンワンは魔族の事を知らないようで反対する事はなかったが、ナエは人間が戦争している相手という事であまり乗り気ではないようだった。


 そこで先程のレイラから聞いた話をすると、少しは移住に対して前向きになってくれたようだ。


「だけど結局は魔族の国が故郷の奴……まあ、そんなの魔族しかいないんだろ? 魔族なんて簡単に見つかるのか?」
「まあ、心当たりはな。だが、それは後で話す。今は聖域からもう少し離れるぞ」
「…………分かったぜ」


 ここから離れようと言うジェノスの目を見て、ナエはあまりワンワンの前では話したくない事だと察した。いつものようにワンワンが寝てから本格的な話をするのだろうと理解し、今は深く聞こうとはせず、先を急ぐ事に。


 《ゲランダル》は既に効果が切れていたので徒歩で移動する事に。今のナエはまだ魔力が充分に回復できておらず再度かけ直すのは難しかった。


 ジェノスの先導で街道は使わずに歩く。とりあえず近くの街に行くという事で、聖域の北の方に位置する街チェルノに向かっている。


 その街を一時的な拠点にするのだとジェノスは話す。そしてクロとジェノスは中に入ると騒ぎになる可能性があるので、街ではナエとレイラ、そしてワンワンで行動して貰う事になる事を伝える。
 ナエは詳しい事を話さずとも、クロやジェノスが街に入れない理由を理解したらしく、分かったと頷くが不安そうな表情を浮かべ、ワンワンの方を見る。


「でも、ワンワンが心配だぜ。ワンワンも一緒にジェノス達と残った方がいいんじゃないか?」
「……まあ、できれば万全な態勢を取りたいが、初めての街だ。少しは街の様子を見せてやろうと思ったんだ。比較的チェルノは治安の良い街だしな。国の中心に近い場所にある街だから柄の悪い傭兵もあまりいない……いざとなればレイラもいるから少しは問題ないだろう」


 傭兵は基本魔族の国と人間の国に雇われるので、国境の近くの街にいる事が多いのだ。また首都のハナウナからも近い為、あまり悪さをする事はできない。


「ただ、問題はワンワンとナエの素性をどうするかだ。子供が二人で来るなんて普通はない事だ」
「入れない事はないだろ?」
「ああ……だが、下手すると面倒な事になるぞ。悪いが、二人とも良い恰好をしている訳じゃない。もしかすると何処かの奴隷が逃げ出して来たと思われるかもしれん。そうなれば確認が取れるまで保護という形で牢屋の中だ」


 ナエの裁縫のおかげで服として機能しているものの、見た目はボロ布を繋ぎ合わせたものなのであまり良くない。奴隷と思われる可能性は充分にある。


「じゃあ、どうすんだよ?」
「怪しまれないように設定を考える。レイラがいれば解決できるかもしれんしな」
「ん? 儂か?」
「ああ……そうだな例えば……」


 歩きながらワンワンとナエ、二人の設定を考える事にした。
 それから決まった設定をワンワンも理解してくれたようで「分かったよ!」と元気に応える。ワンワンは幼いが、クロよりも文字を覚えたりと賢い。しっかりと何をすればいいのか言っておけば誤った事はしないだろうとジェノスは思った。


 そしてあたりが暗くなってきたところで野宿の準備をする事にする。
 調理道具は聖域から持ち出していたので簡単な竈を作ってナエが料理をする。そんな手の込んだものではなく、スープとパンだ。だが、パンは格納鞄に元々入っていたものではあるが、スープは野菜と肉をふんだんに使った豪勢なものだ。これだけでも充分であった。


「……わう……わうぅ…………くぅー」
「ワンワンくん? あら、寝ちゃったね」


 クロの隣で食事をしていたワンワンがスープの器を持ったまま眠っていた。


「こんなに長い距離を歩いたのはワンワンは初めてだからな。疲れたんだろ」


 ジェノスはワンワンの手から器を取ってから、ワンワンを抱えて少し離れた場所に設けた布が敷かれた場所に横にさせる。


 夜空の月照らされて美しく光る金髪の髪が、ワンワンの口の中に入りそうになっていたので、それを払ってからジェノスは戻った。


「《キエルト》……さて、ワンワンが寝たから食いながら今後の事を話すぞ」


 ジェノスは腰を下ろすと、すぐに外の音を遮断し、内側の音を外に漏らさない壁を作る魔法を使用した。


「ああ、スキルを使うのに必要な魔族の事だろ? どうするんだぜ?」
「それについてはレイラが昔やったのと同じような方法を取る事にする」
「レイラが昔やった? そういえば魔族に協力して貰ったとしか聞いてないぜ。どうやって魔族に協力して貰ったんだ?」
「うむ、儂の場合は奴隷を買ったのじゃ」


 奴隷。人から道具に成り下がってしまった者。ワンワンの前でその話をするのは避けたかった。


「奴隷の事を知るのは問題ない。どちらにせよ、外で生きるなら確実に知る事になるだろうからな。だが、奴隷商のところに行かせるのは避けたい」
「……私は奴隷商には行ったことないけど、そんなに酷いのか?」
「場所にもよるが……そうだな。あまり良くない。高値で売れそうな奴にはそれなりに手をかけるが、どれだけ安くても売れそうにない、老人……あとは手足の欠損や他に障害があったりする者は狭い檻に詰め込まれる。食事は二日に一度なんて事もある。本当に最悪なところは、便をその場で垂れ流しにしてる事もあるな」
「……確かに、それはワンワンには見せられないぜ」
「……正直お前にも見せたくねえが」
「そんな気を使わなくていいぜ。私はスラムで生きてたんだ。それなりに汚い事も知ってるんだぜ」


 ジェノスは苦しそうに顔を歪めるが、別に強がっている訳でもない屈託のない笑みを浮かべ「任せろ」とナエは言った。


「でも、魔族の奴隷ってそんなにいるの? 人間の国には捕虜として捕らえられて、解放されなかった魔族が奴隷として売られる事はあるけど……コルンは軍は動かさないから、捕虜を捕らえる事もないだろうし」
「戦争に参加した傭兵が個人で捕まえて持ち込んだりする時がある。本来はまず捕虜として扱わねえといけねえが、あまり金にならないからな。黙って売っちまった方が金になる」


 クロの質問にジェノスが答える。捕らえたらその分の報酬を上乗せして貰えるが、奴隷商に売ってしまった方が遥かに良い金になるのだ。


 それを聞いたレイラは、眉間に皺を寄せて唸り声を上げる。


「むう……それは問題になるのではないか? 生きて捕らえた敵国の兵は捕虜として扱わんといけないじゃろ? 解放条件を呑めなかった場合は、捕虜としての生活の維持費が増える為に一定期間が経てば、奴隷にするのは構わないようじゃが…………それは今も変わらんじゃろ?」
「まあな。だが、人間としては敵になる魔族が減るから構わないと思ってるようで、多少の事なら目を瞑っているらしい。国としては向こうの捕虜となってる自国の兵を解放する為の材料さえあればいいからな。交渉材料として価値のある捕虜以外は、期間を過ぎればどんどん奴隷にしてるみたいだ」
「国が見逃しておるのか……。儂が昔買った奴隷は捕虜から奴隷になったものじゃった。他にも魔族の奴隷はおったが…………もしかすると、その中にも解放される機会を与えられなかった者がいたかもしれぬな」
「…………気にするな、そういった奴隷は多くいる。戦争のせいだ。戦争が終わらない限り、こうした事は続くだろう」


 あくまで戦争が悪いのであって、レイラが良心を痛める事はないとジェノスは言う。
 その言葉にレイラの表情は和らぐが、何かを考えこむように黙ってしまった。ジェノスはその様子が気になりはしたものの、奴隷や戦争について詳しく知らなかった事がショックだったのだろうと思った。


 今はそっとしておこうと考え、ナエに街で何をして貰うかを説明する。魔族の奴隷を購入する事が主な目的だが、他にも街でやるべき事があるのだ。 

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