捨てる人あれば、拾うワン公あり
第2話 そうだ魔族の国へ行こう?
魔族の国に行こうと提案したレイラに、クロとジェノスは戸惑う事しかできなかった。
なぜなら人間である自分達の敵ともいえる国に行こうと言うのだ。それは自殺を提案されているようなもの。
移動の足は緩めずに、疲れたようにジェノスは溜息を吐く。
「おいおい正気か? 何を言うかと思えば…………考え過ぎてクロみたいな思考になったか?」
「失礼な事を言うな! 儂の思考は正常じゃ!」
「あの、二人とも……私だって傷付くんだよ……?」
二人から暗に馬鹿だと悪口を言われ、へこむクロ。だが、それを気にする様子はなく二人は話を続ける。
「まあ、聞け。魔族と人間は争っていて、そのうえ人間の国は魔族をまったく受け付けないからのう。そう思うのも無理もない。じゃが、魔族の国の大半が力こそ全てという考えなのじゃ。力があれば人種など関係ない」
「それは賞金首や魔族と敵対する勇者でもか?」
「うむ、問題ないはずじゃ。賞金首の逃亡先だったり、魔族と友好的な関係を築きたいと思った過去の勇者も住み着いていたからのう。まあ、儂の生前の頃ではあるが…………魔族のほとんどが力こそ全てという意識が根付いておる。だからそう簡単には変わってはおらんと思うぞ」
「過去の勇者が魔族の国に……そんな話、聞いた事ねえぞ。今はそんな事ねえんじゃねえか?」
「いや、儂の生前も人間はその事をあまり知らなかったのじゃ」
「え? それじゃあどうしてレイラちゃんは知ってるの?」
クロの疑問ももっともだ。どうしてあまり知られていない事をレイラが知っているのか、それはジェノスも気になった。噂で聞いた程度であれば信憑性に欠け、鵜呑みにして魔族の国へ行くのは危険だ。
「それは儂がマリアと旅をしていた事があっての。その旅の途中で魔族の国にも行ったのじゃ」
「……よく行く気になったな」
「凄いね、前線で戦ってはいるけど……さすがに敵国に行こうとは思わないよ。でも、どうしてレイラちゃんやマリアさんは行こうと思ったの? 魔族と戦おうとしたの?」
レイラとマリアは百のスキルを持つ女、魔女とそれぞれ異名を持つ人間の英雄。魔族を倒そうと相手国に乗り込んでいても不思議ではない、二人はそう思った。
だが、そういう事ではないようで、頬を掻きながら少し躊躇うようにして語る。
「いやぁ、そういう事ではなくてのう……。正直、儂やマリアはあまり魔族との戦いには前向きではなかったのじゃ。じゃから中立国家のコルンに住んでいたのじゃよ。もっぱら相手にするのは理性なき魔物だったのう……」
「それじゃあ、どうして魔族の国に?」
「ん? 単なる観光じゃ」
「「観光!?」」
観光で魔族の国に行くのかと驚きを隠せない二人に、レイラは苦笑しながら言葉を続ける。
「儂もマリアも英雄と呼ばれ、敵無しの恐れ知らずでのう。行けば命を落とすと言われた危険な魔物が生息する地などにも行っておった。無論、各地の料理を楽しんだり、名所と呼ばれるような場所に行ったりと普通の観光も楽しんだ。そうして色んなところを見て回っていたんじゃが、ふと魔族の国にはいっていない事にマリアが気付いてのう。いやぁ、魔族の国に行くというのは盲点じゃった……」
「それで行ったのか? 信じられんな……どれだけ強かったんだ。いや、今も充分強いんだろうが……」
先程のオワリビトとの戦い。スキルを駆使して戦うレイラを見て、到底敵わないとジェノスは感じた。また、彼女の全盛期はどれだけ強かったのかと思わずにはいられない。
しかし、今はレイラの昔話の方が気になり、尋ねる事はしなかった。
レイラは昔を懐かしむように、魔族の国に行くまでの出来事を語っていく。
「戦争に巻き込まれったくなかった儂とレイラは、面倒ごとの少ないルートで魔族の国に入ろうとした。じゃが、国境付近には何処に行っても互いの兵がいてのう。国境は常に戦場、そこに入って見つかれば敵と見なされ、攻撃を受けるじゃろう。いや、攻撃してもやられぬ自信はあるが、後々面倒な事になりそうじゃし、戦いになるのは避けたかった」
「……確かに、今でも国境付近には軍が常駐しているな。それならお前とマリアはどうしたんだ?」
「うむ。幾つか案があった。空を飛ぶ、地面に穴を掘って国境を越える……なんて様々な案があったが、最終的に決まったのは魔族の奴隷を購入したのじゃ」
「「?」」
魔界に行く方法が魔族の奴隷を購入する事。その意図がよく分からずにクロとジェノスは首を傾げ、その様子を見てレイラは「話が飛び過ぎたのう」と詫びつつ、説明する。
「儂のスキルに【追想転移】というものがあってのう。自分、あるいは他者が、強く過去に訪れた場所を念じる事で、その場所に転移する事ができるというものじゃ」
「……聞いた事がねえスキルだ」
「僕も……レイラを見ていると【勇者】のスキルが霞むね」
「いやいや、便利そうじゃが使い勝手は悪いぞ。過去に訪れた場所と言っても、何年も……それこそ故郷のような愛着のある場所でないとスキルが上手く発動しないんじゃ。今もそのスキルを持っておるが、おそらく魔族の国に行く事はできんじゃろ。じゃから、魔族の奴隷を買ったんじゃ。ああ、ちなみに奴隷は魔族の国に着いたら解放してやったぞ」
魔族の国に行くまでの事を書き終えて、ジェノスは少し考える素振りを見せてから口を開く。
「……そうなると、スキルを使って行くなら魔族の協力がないと駄目か」
「む? 魔族の国に行く事には賛成なのかのう」
「賛成というか……今のところはそれが一番良いとは思ってる。強さが全てならクロやレイラがいれば問題ないだろう。レイラが魔族の国に行った時から、三百年以上は経ってるのが不安だが……いざとなれば、【追想転移】で戻って来れるだろ? レイラが使えば、ハナウナの自然公園に行く事ができるんじゃねえか?」
「故郷という訳ではないが、三百年はいたからのう……」
三百年以上もの間、レイラが封じられていた石像があった自然公園。
彼女にとっては故郷以上の時間を過ごし、愛着があるというか、そこの土着民となったと言っても過言ではない場所である。
「魔族の国かぁ、どんなところだろう……」
「クロも行く事に対して反対ではないのかのう? これまで戦っていた相手じゃが……」
「んー、まあ、戦場だから戦っていただけで、別に魔族が憎いって訳でもないしね。家族や親しい人が魔族に殺されたって訳じゃないし……というか孤児院育ちで親しい人なんてそんなにいないからね」
「ん? クロは孤児院出身だったのか?」
「そうだよ。といっても、小さな教会で年寄りのシスターと二人きりの生活だったけどね。そのシスターが亡くなって独り立ちして……その後すぐにジェノスさんと出会ったんだよ」
「そうだったのか……だが、それなら別に魔族の国に行っても問題ない訳だな」
聖域にこもった時とは違い、もしかすると向こうに永住する可能性もある。その為、ジェノスは別れの挨拶をする相手がいるならと思ったが、それは杞憂のようであった。
ナエは両親が亡くなり一人で生きてきた。そしてレイラは故人。そしてワンワンは聖域に来るまでの記憶はない……ライヌの事を知っているような素振りを見せたが、それは魔族の国に行く事への問題にはならないだろう。
ジェノスは「声をかける奴がいねえなら、いつでも行けるな」と口にする。それを聞いたレイラは、相変わらず気持ち悪くならないよう目を瞑ったままではあるが、ジェノスに怪訝な顔向ける。
「ジェノスは誰かおらんのか? お主を慕っておった盗賊の仲間はいたじゃろう? そやつらはいいのかのう?」
「そりゃあ、俺の味方についてくれた奴はいるけどな……今は何処にいるのか見当もつかねえ。それに挨拶するほどじゃねえよ」
ジェノスとしては裏切らず、自分についてくれた仲間に一言くらい礼を言いたいという思いはある。だが、探す事に割く余裕はないと、ワンワン達を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。
いつかまた何処かで再会した時に、もし自分が裏切りを受けた時のような窮地に立たされていたのなら、必ず助けよう。そう誓うのであった。
「……とりあえず魔族の国に行くかどうか、最終的にどうするかは二人が起きてから話し合うぞ」
こうして移住先を相談しながら、燃えていく聖域を脱出するのだった。
なぜなら人間である自分達の敵ともいえる国に行こうと言うのだ。それは自殺を提案されているようなもの。
移動の足は緩めずに、疲れたようにジェノスは溜息を吐く。
「おいおい正気か? 何を言うかと思えば…………考え過ぎてクロみたいな思考になったか?」
「失礼な事を言うな! 儂の思考は正常じゃ!」
「あの、二人とも……私だって傷付くんだよ……?」
二人から暗に馬鹿だと悪口を言われ、へこむクロ。だが、それを気にする様子はなく二人は話を続ける。
「まあ、聞け。魔族と人間は争っていて、そのうえ人間の国は魔族をまったく受け付けないからのう。そう思うのも無理もない。じゃが、魔族の国の大半が力こそ全てという考えなのじゃ。力があれば人種など関係ない」
「それは賞金首や魔族と敵対する勇者でもか?」
「うむ、問題ないはずじゃ。賞金首の逃亡先だったり、魔族と友好的な関係を築きたいと思った過去の勇者も住み着いていたからのう。まあ、儂の生前の頃ではあるが…………魔族のほとんどが力こそ全てという意識が根付いておる。だからそう簡単には変わってはおらんと思うぞ」
「過去の勇者が魔族の国に……そんな話、聞いた事ねえぞ。今はそんな事ねえんじゃねえか?」
「いや、儂の生前も人間はその事をあまり知らなかったのじゃ」
「え? それじゃあどうしてレイラちゃんは知ってるの?」
クロの疑問ももっともだ。どうしてあまり知られていない事をレイラが知っているのか、それはジェノスも気になった。噂で聞いた程度であれば信憑性に欠け、鵜呑みにして魔族の国へ行くのは危険だ。
「それは儂がマリアと旅をしていた事があっての。その旅の途中で魔族の国にも行ったのじゃ」
「……よく行く気になったな」
「凄いね、前線で戦ってはいるけど……さすがに敵国に行こうとは思わないよ。でも、どうしてレイラちゃんやマリアさんは行こうと思ったの? 魔族と戦おうとしたの?」
レイラとマリアは百のスキルを持つ女、魔女とそれぞれ異名を持つ人間の英雄。魔族を倒そうと相手国に乗り込んでいても不思議ではない、二人はそう思った。
だが、そういう事ではないようで、頬を掻きながら少し躊躇うようにして語る。
「いやぁ、そういう事ではなくてのう……。正直、儂やマリアはあまり魔族との戦いには前向きではなかったのじゃ。じゃから中立国家のコルンに住んでいたのじゃよ。もっぱら相手にするのは理性なき魔物だったのう……」
「それじゃあ、どうして魔族の国に?」
「ん? 単なる観光じゃ」
「「観光!?」」
観光で魔族の国に行くのかと驚きを隠せない二人に、レイラは苦笑しながら言葉を続ける。
「儂もマリアも英雄と呼ばれ、敵無しの恐れ知らずでのう。行けば命を落とすと言われた危険な魔物が生息する地などにも行っておった。無論、各地の料理を楽しんだり、名所と呼ばれるような場所に行ったりと普通の観光も楽しんだ。そうして色んなところを見て回っていたんじゃが、ふと魔族の国にはいっていない事にマリアが気付いてのう。いやぁ、魔族の国に行くというのは盲点じゃった……」
「それで行ったのか? 信じられんな……どれだけ強かったんだ。いや、今も充分強いんだろうが……」
先程のオワリビトとの戦い。スキルを駆使して戦うレイラを見て、到底敵わないとジェノスは感じた。また、彼女の全盛期はどれだけ強かったのかと思わずにはいられない。
しかし、今はレイラの昔話の方が気になり、尋ねる事はしなかった。
レイラは昔を懐かしむように、魔族の国に行くまでの出来事を語っていく。
「戦争に巻き込まれったくなかった儂とレイラは、面倒ごとの少ないルートで魔族の国に入ろうとした。じゃが、国境付近には何処に行っても互いの兵がいてのう。国境は常に戦場、そこに入って見つかれば敵と見なされ、攻撃を受けるじゃろう。いや、攻撃してもやられぬ自信はあるが、後々面倒な事になりそうじゃし、戦いになるのは避けたかった」
「……確かに、今でも国境付近には軍が常駐しているな。それならお前とマリアはどうしたんだ?」
「うむ。幾つか案があった。空を飛ぶ、地面に穴を掘って国境を越える……なんて様々な案があったが、最終的に決まったのは魔族の奴隷を購入したのじゃ」
「「?」」
魔界に行く方法が魔族の奴隷を購入する事。その意図がよく分からずにクロとジェノスは首を傾げ、その様子を見てレイラは「話が飛び過ぎたのう」と詫びつつ、説明する。
「儂のスキルに【追想転移】というものがあってのう。自分、あるいは他者が、強く過去に訪れた場所を念じる事で、その場所に転移する事ができるというものじゃ」
「……聞いた事がねえスキルだ」
「僕も……レイラを見ていると【勇者】のスキルが霞むね」
「いやいや、便利そうじゃが使い勝手は悪いぞ。過去に訪れた場所と言っても、何年も……それこそ故郷のような愛着のある場所でないとスキルが上手く発動しないんじゃ。今もそのスキルを持っておるが、おそらく魔族の国に行く事はできんじゃろ。じゃから、魔族の奴隷を買ったんじゃ。ああ、ちなみに奴隷は魔族の国に着いたら解放してやったぞ」
魔族の国に行くまでの事を書き終えて、ジェノスは少し考える素振りを見せてから口を開く。
「……そうなると、スキルを使って行くなら魔族の協力がないと駄目か」
「む? 魔族の国に行く事には賛成なのかのう」
「賛成というか……今のところはそれが一番良いとは思ってる。強さが全てならクロやレイラがいれば問題ないだろう。レイラが魔族の国に行った時から、三百年以上は経ってるのが不安だが……いざとなれば、【追想転移】で戻って来れるだろ? レイラが使えば、ハナウナの自然公園に行く事ができるんじゃねえか?」
「故郷という訳ではないが、三百年はいたからのう……」
三百年以上もの間、レイラが封じられていた石像があった自然公園。
彼女にとっては故郷以上の時間を過ごし、愛着があるというか、そこの土着民となったと言っても過言ではない場所である。
「魔族の国かぁ、どんなところだろう……」
「クロも行く事に対して反対ではないのかのう? これまで戦っていた相手じゃが……」
「んー、まあ、戦場だから戦っていただけで、別に魔族が憎いって訳でもないしね。家族や親しい人が魔族に殺されたって訳じゃないし……というか孤児院育ちで親しい人なんてそんなにいないからね」
「ん? クロは孤児院出身だったのか?」
「そうだよ。といっても、小さな教会で年寄りのシスターと二人きりの生活だったけどね。そのシスターが亡くなって独り立ちして……その後すぐにジェノスさんと出会ったんだよ」
「そうだったのか……だが、それなら別に魔族の国に行っても問題ない訳だな」
聖域にこもった時とは違い、もしかすると向こうに永住する可能性もある。その為、ジェノスは別れの挨拶をする相手がいるならと思ったが、それは杞憂のようであった。
ナエは両親が亡くなり一人で生きてきた。そしてレイラは故人。そしてワンワンは聖域に来るまでの記憶はない……ライヌの事を知っているような素振りを見せたが、それは魔族の国に行く事への問題にはならないだろう。
ジェノスは「声をかける奴がいねえなら、いつでも行けるな」と口にする。それを聞いたレイラは、相変わらず気持ち悪くならないよう目を瞑ったままではあるが、ジェノスに怪訝な顔向ける。
「ジェノスは誰かおらんのか? お主を慕っておった盗賊の仲間はいたじゃろう? そやつらはいいのかのう?」
「そりゃあ、俺の味方についてくれた奴はいるけどな……今は何処にいるのか見当もつかねえ。それに挨拶するほどじゃねえよ」
ジェノスとしては裏切らず、自分についてくれた仲間に一言くらい礼を言いたいという思いはある。だが、探す事に割く余裕はないと、ワンワン達を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。
いつかまた何処かで再会した時に、もし自分が裏切りを受けた時のような窮地に立たされていたのなら、必ず助けよう。そう誓うのであった。
「……とりあえず魔族の国に行くかどうか、最終的にどうするかは二人が起きてから話し合うぞ」
こうして移住先を相談しながら、燃えていく聖域を脱出するのだった。
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