捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

閑話 ナエの料理

 ジェノスがやって来て、数日経ったある日。


 クロがなかなか文字を覚えられないので、ジェノスがつきっきりで教える事になり、ワンワンとナエは先に勉強を終えてジェノスの小屋を出る。


 昼食の時間が近いという事もあり、ナエは昼食の支度をしようとしていた。


 使える調味料や食材が、ワンワンと二人きりの時と比べて、今では豊富だ。色んな料理を試せるようになり、ナエは喜んだ。


 ナエの料理の腕は、元々はスラム街で少しでもマシな生き方をしようと培ってきたもの。食べられるが不味いものを、まあまあ美味いものにする為に、試行錯誤を重ねた。幸い残飯や捨てられたクズ野菜、野草などは手に入りやすかったので、何度でも試すことができたのだ。


 そして人並みの料理の腕になり、ワンワン達の食事くらいは作れるようになった。


「何を作るか……ワンワンは昨日の肉と木の実を炒めたのを喜んでやけど続けてはなぁ……」


 ナエは楽しそうに昼食の献立を考えていた。ここに来る前には考えられない事だ。


 ワンワンに初めて食事を作ってから、彼女の料理への認識が変わった。これまでは生きる為に、少しでも自身のみすぼらしい生活を見栄え良くしようと思って料理をしていた。だが、今ではワンワン達に美味しいと言って貰えるように料理をしている。


 誰かに美味しいと言って貰える喜びを、ナエはここに来て初めて知ったのだった。


「うーん……駄目だ、決められないぜ……。なあ、ワンワン何か食べたいものあるか?」
「食べたいもの? うんとねぇ……」


 自分では昼食の献立を決められなかったナエは、隣を歩くワンワンに尋ねる事にした。
 尋ねられたワンワンは少し悩む素振りを見せてから、ナエに笑顔を向けて答える。


「何でもいい!」
「そう言われるのが一番困るんだぜ……」


 やれやれと溜息を吐くナエ。毎日の献立に悩む母親の気分だ。死んでしまった母も苦労していたんだなと、ふとナエは思った。


「せっかく美味しいと思って貰えるように聞いてるんだぜ? 教えて貰った方がこっちは苦労しなくて済むし、何かないのか?」
「わうっ?」


 改めて何が食べたいのかナエが訊くと、ワンワンは不思議そうに首を傾げた。


 そのような反応をされるとは思っていなかったので、ナエも咄嗟にどう反応していいのか分からなかった。するとワンワンが首を傾げたままではあるが、ナエの問い掛けに答える。


「ナエの料理は全部美味しいよ? だから何でも僕は食べたいよ」
「っ! そ、そうか……何でも美味しいか……」


 思わぬ言葉に動揺するナエ。だが、ワンワンはそれだけでは終わらなかった。


「うんっ! ナエが来るまでは鞄の中にあった干し肉やパンだけだったんだ。お腹いっぱいにはなれたけど、美味しくなかったの。でも、ナエが来てくれてから色んなものが食べられるようになったよ。どれも美味しくて、前よりもいっぱい食べるようになっちゃた! それにね、ナエが作ってくれたご飯はね、お腹がいっぱいになるだけじゃないの。なんかね、心がポカポカするの。美味しくて、ポカポカなんだよ! だからね、ナエが作ってくれたものなら何でもいいんだよ! ……わふっ? どうしてのナエ? 手で顔を隠して?」
「な、何でもないぜ! そ、それよりも、ワンワンはジェノスのところへ戻って、何か新しい本でも借りて来たらどうだ? 昼食まで少し時間があるからなっ」
「わふっ! うんっ、じゃあそうするね!」


 ナエの言葉に従って、ワンワンはジェノスの小屋へと戻って行く。


 ワンワンがいなくなってナエは自分の顔を隠していた手を下げる。晒された顔は目尻が下がり、口元がだらしなく緩んでいた。誰が見ても彼女は嬉しそうであった。


「へへへへっ。そうか、そうかぁ。私の料理、そんなに喜んでくれてるんだなぁ……。よしっ! それじゃあもっと喜んでもらえるよう美味しいものをつくってやらないといけねえなっ!」


 軽い足取りで小屋へと入り、ナエはワンワンの喜ぶ顔を思い浮かべながら料理を始めた。






 この出来事から、より一層ワンワンを喜ばそうと、ナエの料理の腕は上達していくのであった。

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