捨てる人あれば、拾うワン公あり
第31話 戦うライヌ
「はあっ、はあっ……あぁ、強過ぎるよ……」
刃こぼれした剣を下ろし、荒い呼吸を繰り返すクロ。人は決して敵わない、全ての人を殺し尽くすであろうオワリビトを相手にし、未だにクロは戦い続けていた。それは【勇者】のスキルを持ち、《ゲランタル》によってステータスが強化されているからこそだ。そうでなければ、既に死んでいるだろう。
だが、こうして辛うじて戦える状況も時間の問題だった。《ゲランタル》の魔法が解ければ、ステータスのほとんどが三分の一以下にまで減り、元のステータスに戻ってしまう。
現状で辛うじて戦えるのに、ステータスが戻ればもはや逃げる事すらできない。今なら逃げに徹すれば、この場から脱する事ができるかもしれない。だが、クロには微塵もそのような考えはなかった。
ここで逃げ出せば、誰がワンワン達を逃げすというのか。自分が少しでも長く、ここで戦う事でワンワン達を逃がす。オワリビトと戦う事を決めた時から、そうクロは心に決めていた。
「キヒヒヒヒヒヒヒッ!」
寒気がする不気味な笑い声を上げながら迫り来るオワリビト。オワリビトは魔力で拳を覆って、ひたすらクロに殴り掛かる。まるで黒い炎を纏ったような拳に対し、臆することなくクロは剣を叩きつける。
クロも負けじと剣を魔力で覆っているが、オワリビトほど強固ではなかった。オワリビトの拳を受ける度に、剣は確実に限界に近付いている。
「うっ……!」
「キヒィッ!」
そして、その時が来た。オワリビトが拳を連続で打ち込んで来るのをクロは必死に防いだ。だが、そんな連続攻撃に対して、剣を覆っていた魔力に綻びができたのだ。オワリビトはまるでそれを狙ったように拳を放ち、剣を粉々に破壊した。
オワリビトの攻撃を受け続け、全体にダメージが蓄積していたのだろう。折れるではなく、粉々に砕け散ってしまった。もはやクロの剣は、柄しか残っていない。
「くっ、《エスパテンペス》!」
「キヒヒヒヒヒヒヒッ!」
咄嗟に大きく後退し、初手で放った強力な風の魔法を使う。だが、オワリビトはものともせず、クロに迫る。そして黒い魔力を纏った拳をクロに向けて――。
「どらっしゃぁぁぁぁっ!」
「キヒィィィィィィィィィィィィッ!?」
「…………え?」
クロは自分の目を疑った。
一瞬の事だったが、自分の目が正常であれば、白い服を着た男がオワリビトの側面から体当たりしたように見えたのだ。それもオワリビトを吹っ飛ばすほどの勢いで。
クロは男とオワリビトが消えていった左の方へと視線を向ける。すると、すぐ近くには体当たりしたと思われる男がいたが、オワリビトの姿は見えなかった。だが、更に視線を左の方へと移すと、木々が何本も倒れているのが分かる。それが、オワリビトが吹っ飛ばされた痕跡だとクロはすぐに理解した。
木を薙ぎ倒すほどの勢いで強敵のオワリビトが吹っ飛ばされたのかと思うと、驚きのあまり思考が一瞬停止してしまう。思考が再起動すると、クロはすぐに目の前の男に声を掛ける。
「あ、あの……あなたは……」
「ん? おおっ、お前クロだな。オワリビトに夢中で気付かなかったぜ。見たところ、すぐ死ぬような怪我はねえみてえだな……とりあえず間に合ったみたいで、安心だ」
「え、あ、はい。おかげさまで……」
声を掛けてようやくクロに気付いたらしい。ただ、そんな事よりもクロはどうして自分の事を知っているのか、オワリビトとは何か、この男はいったい何者なのか、と疑問ばかりが浮かび、事態の展開についていけなかった。
まさか目の前の男が、ライヌという天使で、ワンワンを守る為に天界からやって来たとは思わないだろう。
「しかし、よく一対一でもったもんだ。人じゃ、基本あいつは倒せねえしな。普通なら死んでんぞ? どうして生きてんだ? まあ、ワンワンが悲しまねえで済むから、いいけどよ。あとは俺に任せな」
「え、ワンワンくん? ワンワンくんを知って」
「キシャァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
クロがライヌにワンワンの事を知っているのかを問おうとした時だった。怒り狂った叫び声を上げて、オワリビトが戻って来た。凄まじい速さで接近し、両手の拳に魔力を纏わせつつライヌに向かって飛び掛かる。
それに対して、ライヌは普通に殴り飛ばした。
「キヒャッ!?」
ライヌの拳は顔面をとらえ、オワリビトは地面を数回弾んで木に打ち付けられる。すぐにオワリビトは立ち上がるが、今度はライヌを警戒して唸るばかりで、すぐに飛び掛かろうとはしない。
その間にライヌは大きく肩を回して、準備運動のような動作をする。
「……見たところ、オワリビトでも低位の奴みてえだな。これぐらいなら楽勝だ」
オワリビトの力量を理解し、ライヌは構える。武器を持っていない彼は拳を握るだけであった。だが、近くにいたクロはオワリビトの黒い魔力に覆われた拳よりも、ライヌの拳の方が不思議と恐ろしく思えた。
先程のオワリビトの拳は剣で幾らか防ぐ事はできた。だが、ライヌのその拳は一撃で剣を破壊するどころか、自分の命までも脅かす……そんな気がした。
そして、それは単なる予感ではなく、現実のものになる。
「キシャアッ!」
様子見をしていたオワリビトが今まで以上に魔力を拳に纏わせて、ライヌに向かって迫る。ライヌはそれに対し、腰を捻りつつ、ゆっくりと自身の右拳を引いた。オワリビトの拳を避けようとは微塵も感じられない。
やがてオワリビトはライヌの目の前まで来ると拳を振るう。ライヌはそれでも、その場から一歩たりとも動こうとしない。クロは咄嗟にライヌのように体当たりをして、攻撃を邪魔しようと考えたが、すぐに避ける必要がないのだと理解する。
次の瞬間、引いていた右拳が、迫るオワリビトの拳に向かって放たれたのだ。
「シャラァッ!」
気合の籠った声を吐き出しながら、放たれたライヌの拳。
オワリビトの拳は力負けをして、大きく体を仰け反らせた。それだけでも驚きなのだが、直後オワリビトは全身を一度大きく震わせる。そして全身にまるで皹でも生えたかのように、黒い体液を体のいたるところから噴出させた。
ライヌの拳は攻撃を弾くだけでなく、オワリビトの肉体内部に向けて衝撃を与えたのだ。その衝撃は拳から全身へと広がった。
普通の生物であれば耐え切れず木端微塵となるほどの凄まじい衝撃だ。だが、常識外のオワリビトの体は強固であり形を保っていた。それでも内部は完全に破壊されたらしく、ゆっくりと倒れて息絶えた。
息絶えた後のオワリビトはしだいに体の形を失い、黒い液体となる。その液体すらも徐々に消えていき、オワリビトの痕跡は完全になくなった。
「ふうっ……終わったな。とりあえず、これでワンワンは助けられ……いや、このままだと、またオワリビトが生まれんな……。それならいっそ人間と魔族の戦争を続けられねえほど、滅ぼし」
オワリビトを倒したライヌが一息吐きながら、物騒な事を呟いていると、自身の心に直接語り掛けて来る声があった。
『ライヌ! ライヌ!』
「ん? カインか……どうした?」
慌てふためく男の声。すぐにライヌはカインの声である事に気付く。意識すれば声に出さずとも会話できるのだが、普段はそんな事をしないので声に出して応じるライヌ。
クロからすれば、突然独り言を言い出したように見えたが、ライヌの様子を見て誰かと会話しているのだとすぐに彼女は察した。
『どうしたじゃない! さすがに人間と魔族を滅ぼすなんて容認でき、いや! それよりも急いでワンワンのもとへ戻って!』
「何かあったのか?」
『オワリビトがワンワン達のところにも現れた!』
「なっ! ワンワンの方に出やがっただと!?」
「ワンワンくんに何が!? で、出たって……まさか……っ!」
「あ、おいっ! 俺も……っ!?」
カインの声が聞こえないクロだったが、ライヌの言葉からワンワン達に何が起きているのか理解して駆け出した。それをライヌが追いかけようとするが、気配を感じて足を止める。
「おいおい、ふさげんじゃねえぞ……」
気配の感じた方に視線を向けると、そこには先程よりも一回り大きなオワリビトがいた。
「キヒヒヒッ」
まるでライヌに「行かせないよ」とでも言っているかのように、オワリビトは笑うのだった。
刃こぼれした剣を下ろし、荒い呼吸を繰り返すクロ。人は決して敵わない、全ての人を殺し尽くすであろうオワリビトを相手にし、未だにクロは戦い続けていた。それは【勇者】のスキルを持ち、《ゲランタル》によってステータスが強化されているからこそだ。そうでなければ、既に死んでいるだろう。
だが、こうして辛うじて戦える状況も時間の問題だった。《ゲランタル》の魔法が解ければ、ステータスのほとんどが三分の一以下にまで減り、元のステータスに戻ってしまう。
現状で辛うじて戦えるのに、ステータスが戻ればもはや逃げる事すらできない。今なら逃げに徹すれば、この場から脱する事ができるかもしれない。だが、クロには微塵もそのような考えはなかった。
ここで逃げ出せば、誰がワンワン達を逃げすというのか。自分が少しでも長く、ここで戦う事でワンワン達を逃がす。オワリビトと戦う事を決めた時から、そうクロは心に決めていた。
「キヒヒヒヒヒヒヒッ!」
寒気がする不気味な笑い声を上げながら迫り来るオワリビト。オワリビトは魔力で拳を覆って、ひたすらクロに殴り掛かる。まるで黒い炎を纏ったような拳に対し、臆することなくクロは剣を叩きつける。
クロも負けじと剣を魔力で覆っているが、オワリビトほど強固ではなかった。オワリビトの拳を受ける度に、剣は確実に限界に近付いている。
「うっ……!」
「キヒィッ!」
そして、その時が来た。オワリビトが拳を連続で打ち込んで来るのをクロは必死に防いだ。だが、そんな連続攻撃に対して、剣を覆っていた魔力に綻びができたのだ。オワリビトはまるでそれを狙ったように拳を放ち、剣を粉々に破壊した。
オワリビトの攻撃を受け続け、全体にダメージが蓄積していたのだろう。折れるではなく、粉々に砕け散ってしまった。もはやクロの剣は、柄しか残っていない。
「くっ、《エスパテンペス》!」
「キヒヒヒヒヒヒヒッ!」
咄嗟に大きく後退し、初手で放った強力な風の魔法を使う。だが、オワリビトはものともせず、クロに迫る。そして黒い魔力を纏った拳をクロに向けて――。
「どらっしゃぁぁぁぁっ!」
「キヒィィィィィィィィィィィィッ!?」
「…………え?」
クロは自分の目を疑った。
一瞬の事だったが、自分の目が正常であれば、白い服を着た男がオワリビトの側面から体当たりしたように見えたのだ。それもオワリビトを吹っ飛ばすほどの勢いで。
クロは男とオワリビトが消えていった左の方へと視線を向ける。すると、すぐ近くには体当たりしたと思われる男がいたが、オワリビトの姿は見えなかった。だが、更に視線を左の方へと移すと、木々が何本も倒れているのが分かる。それが、オワリビトが吹っ飛ばされた痕跡だとクロはすぐに理解した。
木を薙ぎ倒すほどの勢いで強敵のオワリビトが吹っ飛ばされたのかと思うと、驚きのあまり思考が一瞬停止してしまう。思考が再起動すると、クロはすぐに目の前の男に声を掛ける。
「あ、あの……あなたは……」
「ん? おおっ、お前クロだな。オワリビトに夢中で気付かなかったぜ。見たところ、すぐ死ぬような怪我はねえみてえだな……とりあえず間に合ったみたいで、安心だ」
「え、あ、はい。おかげさまで……」
声を掛けてようやくクロに気付いたらしい。ただ、そんな事よりもクロはどうして自分の事を知っているのか、オワリビトとは何か、この男はいったい何者なのか、と疑問ばかりが浮かび、事態の展開についていけなかった。
まさか目の前の男が、ライヌという天使で、ワンワンを守る為に天界からやって来たとは思わないだろう。
「しかし、よく一対一でもったもんだ。人じゃ、基本あいつは倒せねえしな。普通なら死んでんぞ? どうして生きてんだ? まあ、ワンワンが悲しまねえで済むから、いいけどよ。あとは俺に任せな」
「え、ワンワンくん? ワンワンくんを知って」
「キシャァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
クロがライヌにワンワンの事を知っているのかを問おうとした時だった。怒り狂った叫び声を上げて、オワリビトが戻って来た。凄まじい速さで接近し、両手の拳に魔力を纏わせつつライヌに向かって飛び掛かる。
それに対して、ライヌは普通に殴り飛ばした。
「キヒャッ!?」
ライヌの拳は顔面をとらえ、オワリビトは地面を数回弾んで木に打ち付けられる。すぐにオワリビトは立ち上がるが、今度はライヌを警戒して唸るばかりで、すぐに飛び掛かろうとはしない。
その間にライヌは大きく肩を回して、準備運動のような動作をする。
「……見たところ、オワリビトでも低位の奴みてえだな。これぐらいなら楽勝だ」
オワリビトの力量を理解し、ライヌは構える。武器を持っていない彼は拳を握るだけであった。だが、近くにいたクロはオワリビトの黒い魔力に覆われた拳よりも、ライヌの拳の方が不思議と恐ろしく思えた。
先程のオワリビトの拳は剣で幾らか防ぐ事はできた。だが、ライヌのその拳は一撃で剣を破壊するどころか、自分の命までも脅かす……そんな気がした。
そして、それは単なる予感ではなく、現実のものになる。
「キシャアッ!」
様子見をしていたオワリビトが今まで以上に魔力を拳に纏わせて、ライヌに向かって迫る。ライヌはそれに対し、腰を捻りつつ、ゆっくりと自身の右拳を引いた。オワリビトの拳を避けようとは微塵も感じられない。
やがてオワリビトはライヌの目の前まで来ると拳を振るう。ライヌはそれでも、その場から一歩たりとも動こうとしない。クロは咄嗟にライヌのように体当たりをして、攻撃を邪魔しようと考えたが、すぐに避ける必要がないのだと理解する。
次の瞬間、引いていた右拳が、迫るオワリビトの拳に向かって放たれたのだ。
「シャラァッ!」
気合の籠った声を吐き出しながら、放たれたライヌの拳。
オワリビトの拳は力負けをして、大きく体を仰け反らせた。それだけでも驚きなのだが、直後オワリビトは全身を一度大きく震わせる。そして全身にまるで皹でも生えたかのように、黒い体液を体のいたるところから噴出させた。
ライヌの拳は攻撃を弾くだけでなく、オワリビトの肉体内部に向けて衝撃を与えたのだ。その衝撃は拳から全身へと広がった。
普通の生物であれば耐え切れず木端微塵となるほどの凄まじい衝撃だ。だが、常識外のオワリビトの体は強固であり形を保っていた。それでも内部は完全に破壊されたらしく、ゆっくりと倒れて息絶えた。
息絶えた後のオワリビトはしだいに体の形を失い、黒い液体となる。その液体すらも徐々に消えていき、オワリビトの痕跡は完全になくなった。
「ふうっ……終わったな。とりあえず、これでワンワンは助けられ……いや、このままだと、またオワリビトが生まれんな……。それならいっそ人間と魔族の戦争を続けられねえほど、滅ぼし」
オワリビトを倒したライヌが一息吐きながら、物騒な事を呟いていると、自身の心に直接語り掛けて来る声があった。
『ライヌ! ライヌ!』
「ん? カインか……どうした?」
慌てふためく男の声。すぐにライヌはカインの声である事に気付く。意識すれば声に出さずとも会話できるのだが、普段はそんな事をしないので声に出して応じるライヌ。
クロからすれば、突然独り言を言い出したように見えたが、ライヌの様子を見て誰かと会話しているのだとすぐに彼女は察した。
『どうしたじゃない! さすがに人間と魔族を滅ぼすなんて容認でき、いや! それよりも急いでワンワンのもとへ戻って!』
「何かあったのか?」
『オワリビトがワンワン達のところにも現れた!』
「なっ! ワンワンの方に出やがっただと!?」
「ワンワンくんに何が!? で、出たって……まさか……っ!」
「あ、おいっ! 俺も……っ!?」
カインの声が聞こえないクロだったが、ライヌの言葉からワンワン達に何が起きているのか理解して駆け出した。それをライヌが追いかけようとするが、気配を感じて足を止める。
「おいおい、ふさげんじゃねえぞ……」
気配の感じた方に視線を向けると、そこには先程よりも一回り大きなオワリビトがいた。
「キヒヒヒッ」
まるでライヌに「行かせないよ」とでも言っているかのように、オワリビトは笑うのだった。
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