捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第30話 ワンワンは遭遇する

 光が消えると、横たわっていた人形は消え、筋骨隆々の強面の男が現れた。
 荒事を生業にしていそうな強面な容貌、普通の人間とは思えないただならぬ雰囲気に、ジェノスは咄嗟にワンワンを守ろうと間に入ろうとする。だが、男……ライヌをよく見て思わず立ち止まる。


 その容貌とは不釣り合いな、清潔で全く穢れのない白い衣を纏っていた。その着衣は、まるでお伽噺で出て来るような天使が着ていそうな代物だ。


 その異質な組み合わせに、ジェノスは思わず足を止めてしまったのだった。


「……おい、何をやったんだレイラ?」
「い、いや儂にも詳しくは……。世界が気付く前に早くと、よく分からん事を言われて、急かされてのう」


 そう前置きしながらレイラはジェノスに語る。


「【神の思し召し】を介して、神様を名乗る者が話し掛けて来てのう。儂のスキルに手を加えて、【憑依】という魂をものに宿すスキルを作ったのじゃ。それでワンワンに天使の魂を回収させて、【憑依】を使って人形に宿すよう言われて……」
「神に天使……そんな事があるのか? いや、あいつに聞けばいいか。おい、お前はいったい何者だ? 本当に天使なのか?」
「悪いな、詳しく説明する時間ねえんだ。簡単に言うとオワリビトっていう、人を殺す最悪の奴が現れてワンワンを助ける為に来てやったんだ」
「オワリビト? 何じゃそりゃ?」
「儂も聞いた事がな、のじゃっ!? ううっ、また来たのじゃ……」


 突然悲鳴を上げて顔を顰め、頭を抱えるレイラ。その光景は先程も見たので、ジェノスは尋ねる。


「神からか?」
「う、うぬ……オワリビトとかいう奴について……ううっ、この感覚は慣れぬのう。い、いや、それよりもクロがマズいのじゃ! このままでは死んでしまう!」
「ク、クロがか……?」


 クロが死ぬ。それは通常考えられない事だ。確かに仲間から不意打ちで、呪いを掛けられ、死にかけた事はあった。だが、魔物が生息する森の中で彼女が油断をする事はさすがにない。つまり、森の中で彼女に危害を加えるという事は、本気の彼女と戦うという事になる。


 ナエが覚えた《ゲランタル》を使えば、元々高いステータスは更に上昇するのだ。おそらく強敵を前にすれば使っているだろうとジェノスは推測する。そんな彼女でも倒せない相手という事が信じられなかった。


 だが、レイラが言っている事が……本当に彼女に話し掛けているのが神であるのなら、嘘ではないだろう。


「オワリビトとクロは戦っているようじゃ。ナエを逃がす為に一人で戦っているらしい。それと、オワリビトは《ヘルフレア》を受けて無傷……そう言っておった」
「おいおい……オワリビトっていったいどんだけの化物だよ……」


 オワリビトというのはジェノスもレイラも聞いた事がなかった。だが、話を聞いて常識外の存在である事は理解する。だが、それでも――。


「……仕方ねえ」


 ジェノスは舌打ちしながら、クロが戦っているであろう方向に向かって歩き出す。それを見て、ライヌは声を掛ける。


「おい待て。お前、何処に行くつもりだぁ? まさかクロを助けに行こうとしてんのか? やめとけ、お前じゃ無理だ」
「……俺は一応、あいつの保護者だ。こんなところでジッとしてる訳にもいかねえ」


 そう言ってジェノスは足を止めようとしなかった。


 ライヌとしてはジェノスの行動を止める必要はない。ワンワンさえ守る事ができればいいと思っていた。それにオワリビトが生まれる状況を引き起こした、この世界の人に対して、少なからず怒りを覚えていた。


 だが、ワンワンを天界に連れては行けない。そうなるとオワリビトをどうにかしなければならないのだ。それに、ジェノス達はワンワンを育ててくれた。他の人とは違う。


「おいっ、お前はワンワンといろ。俺がクロを助けに行ってやる」
「お前が?」
「ああっ、もともとワンワンを助ける為にこちとら来てんだ。オワリビトをどうにかしなきゃなんねえのは俺だって同じだ。だから、お前はワンワンを守ってろ」


 ジェノスはようやく足を止めるが、本当に任せてしまってもいいのかと悩む素振りを見せた。


「ジェノス、ここは任せた方がいい。きっと大丈夫なのじゃ。それにナエも逃げたのなら、じきに戻って来るしのう」


 レイラがそう言って、ようやくジェノスも納得したようで「……頼む」とライヌに頭を下げた。


「そんじゃ、俺はオワリビトのところに行くぜ……ん? どうしたワンワン?」


 足下を見てみると、ワンワンが自分の衣服を掴んでいるのに気付く。しゃがみ込み、ワンワンの目線に合わせると、しどろもどろになりながら話しかける。


「あ、あのね……会った事が……ある、よね? よく覚えてないけど……優しくしてくれた気がするのっ」
「……まあな。あんまり詳しくは話せねえが、会った事があるぜ」


 前の世界の記憶を朧気だが残っているのを感じたライヌ。あまり刺激して、捨てられた事を思い出させたくないと最低限の言葉で答えた。


 だが、それだけでもワンワンは満足していたらしく、笑顔になる。


「そうなんだ! ねえねえっ、クロを助けてくれるの?」
「ああっ、今から行って必ず助ける。任せな!」
「わうっ! ありがとうっ!」
「おうっ! そんじゃあ、行ってくるぜ!」


 次の瞬間、ライヌの姿がワンワン達の前から消える。凄まじい速さでクロとオワリビトがいるであろう方向に走って行ったのだが、ワンワン達の目には突然消えたようにしか見えなかっただろう。


「はあ……はあ……やっと着いた……んんっ? なあ、今誰かがここにいなかったか?」


 その時、ちょうど入れ違いでナエが戻って来た。一瞬だけだが、ライヌを見たようで首を傾げている。ジェノスは彼女の姿を見て安堵し、息を吐く。


「ナエ、無事だったか……信じられないかもしれんが」
「わぅぅぅぅぅぅ」
「おい、どうしたワンワン?」


 突然ある方向を食い入るように見て唸るワンワン。
 ジェノスも尋ねながら、ワンワンの視線の先を見てみるが何もない。


「向こうと同じのがいる……わぅぅぅぅぅぅぅ」
「むっ、それは……」


 向こうと聞いて、すぐにレイラはクロがいるであろう方向を見る。


 先程もクロ達がいる方向に同じように唸り、変なものがいると警戒していた。その変なものというのは、おそらくオワリビトの事だったのだろう。


 そうなると、今こうして「同じものがいる」と警戒しているという事は……。


「キヒッ」
「「「っ!」」」


 ワンワンの視線の先から、微かに聞こえた笑い声。


 オワリビトと遭遇していないジェノスやレイラも、その声を耳にして脅威を感じ取ったのか、心臓の鼓動が一段と速くなった。


「嘘……だろ?」


 ナエは目を見開き、体を震わせた。聞き間違えるはずがない、一生記憶に残るであろう不気味な笑い声。クロを背に逃げ出した時にも、聞こえて来た恐ろしい笑い声。


 やがて、視線を向けていた先の、一部の地面に変化が起きる。


 地面から黒い水が湧き出したのだ。少しずつ、ゆっくりと地面から湧き出していき……しだいに黒い水溜まりができていく。


「ああ……あ、あああっ……」
「おいっ、ナエ!」


 ナエがよろけたところをジェノスが咄嗟に支えた。彼女は確信して、恐怖から腰が抜けてしまったのだ。


 黒い水溜まりから感じる魔力が、先程のものと同様な魔力である事に気付き、同じものが目の前にいると。


 黒い水がこれ以上、湧き出なくなると、地面に広がった水溜まりは中心に集まるように動き出し、やがて黒い球体となる。そして、更にそこから形を変えていき、やがて四肢を持ち、黒い獣毛で覆われた、赤い目を持つ存在となる。


「キヒヒッ」


 二体目のオワリビトが、ワンワン達の前に現れてしまった。

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