捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第28話 それとの遭遇は突然に

 小屋からは死角となる世界樹の裏で、ワンワンとレイラは秘密特訓をしていた。


「ふうっ……わふぅっ! 《ペロ・ハウラ》!」


 普段よりも多くの魔力を込めて犬の形をした檻に閉じ込める魔法を使う。魔力を込めた分、檻は大きくなり正面から迫って来る人形達を全て内に封じて、それ以上近寄らせないようにした。


 だが、その犬の形をした檻はあまりにも大きい。いかに巨大な世界樹といえども、小屋から少し見えているだろう。だが、それでもワンワンはジェノスには内緒でやっているつもりだ。


 レイラはそんなワンワンに苦笑しながら、秘密特訓の事を知っているジェノスも小屋の中で笑っているだろうと思うのであった。


「わうっ? どうして笑ってるの?」
「いや、何でもないのじゃ。ふむ……使う魔力を多くして魔法を強めた力技じゃが、これなら複数の人間を捕らえられるのう……うむ、見事! よくやったのうワンワン!」
「わうぅぅっ♪」


 褒められたワンワンはその場で何度も両手を挙げ、飛び跳ねながら喜んだ。
 その愛くるしい姿に、レイラは彼の頭を撫でてあげたい衝動に駆られるが、この体では撫でる事どころか、触れる事すらできない。魂だけの身となってから、今ほど不便に感じた事はなかった。


「うぬぬぬっ……どうにかならんかのう……」
「ん? どうしたのレイラ? 何か言った?」
「い、いやっ、何でもないのじゃ。それよりもワンワン、次は囲まれた状態でやってみるかのう」
「わうっ! 頑張るよ!」


 ワンワンは《ペロ・ハウラ》を解除して人形を解放する。
 解放された人形達は次なる課題の為、ワンワンを取り囲む為に動きだす。


「わうぅ?」


 ちょうど人形達が配置についた時だった。ワンワンが何かに気付いたように、とある方向をジッと凝視する。


 その視線の先をレイラも確認してみるが、木々が遮っていて少し先までしか見えなかった。


「どうしたのじゃ、ワンワン? 何を見ておるのじゃ?」
「わうっ……なんか変なのが……いる? 気がする……」
「変なの、かの?」


 レイラは改めてワンワンの見ている方向に目を向けるが、やはり何も見えなし、何も感じる事もできない。だが――。


「わぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」


 ワンワンが何かを警戒するように、低く唸る姿を見て、何かが起きているのではないか。そんな胸騒ぎが、レイラはするのであった。






「《ファイヤーアロー》!」
「ギャッ!?」


 ナエが放った火の矢が狼の姿をした魔物に刺さり、全身を瞬く間に火が包み込む。暫く火を振り払おうともがいていたが、やがて息絶え動かなくなる。


 魔物が息絶えた事を確認するとクロが口を開く。


「お疲れ様っ。これで三体か……うん、一対一なら問題なさそうだね。遠距離からの攻撃ができる分、自分の安全を確保できるし」
「ああ、真正面からやれば問題なさそうだぜ」
「そうだね。まあ、今後は不意打ちが課題、かなっ!」
「ギャンッ!」


 二人の背後から迫って来た、猿の姿をした魔物。ユグドラシルモンキー。クロはその気配を感じ取り、視界に入れずに剣を一振りして倒した。


「おおっ……さすが勇者。魔物が真っ二つだぜ」
「これぐらい大した事ないよ。それよりもナエちゃんの方が凄いでしょ。今のだって対処できたよね?」


 ナエの魔力操作は優れていて常時、全身を覆うように魔力を纏っている。そうする事で、ある程度の攻撃を防げるようになっていた。


「できるけどよ……そんなクロみたいに剣で真っ二つなんてできないぞ」
「逆にナエちゃんみたいな事は私にはできないよ。魔力の扱いはナエちゃんの方が断然上だしね」
「そうか?」
「そうだよ。うん、これなら今度は複数の魔物を相手でも問題ないかもね」
「クロが言うなら……やってみるぜ!」


クロに問題ないと太鼓判を押され、自分の力に自信を持つナエ。


 使える魔法が多く、魔力操作も優れている。そして世界樹に生息する強力な魔物を相手にして、余裕を保ちつつ倒す事ができた。既にナエは、自分の身を守る充分な力を得ているようだ。


「それじゃあ今度は複数体、相手にしてみる?」
「おうっ! そんじゃあ……ん?」
「どうしたのナエちゃん?」


 快活に返事をしたナエだったが、急に表情を曇らせる。
 体調でも悪くなったのかとクロは心配になるが、ナエ自身何がなんだか分からない様子で首を傾げていた。


「あ、いや……なんか変な……何だ、これ……? うっ!」
「ナエちゃん? ちょっと大丈夫!」


 その場で膝をつき、頭を抱えるナエ。苦しそうに顔を歪め、肩で息をする。そして顔には大量の脂汗を浮かべていた。


「ク、クロ……ヤバい……なんか、来るっ! 変な魔力がっ……」
「魔力? っ! 《ブレイブガード》!」


 突然クロが魔法を使うと、二人の目の前に巨大な盾が現れる。クロの使える唯一の防御の魔法。魔力と精神的な強さに比例した強固な盾を生み出す。


 何らかの気配をクロも感じ取ったらしく、盾を出した方向を睨みつける。


「ナエちゃんも! 一番強いの!」
「え、《エレメントシールド》!」


 クロに促され、ナエも自分が使える中でも最も強固な防御魔法を使った。ワンワンの《ミソロジィ・シールド》と同じように半球体状の光の膜が二人を包み込む。


「な、なあ、クロ……これって何なんだ? 魔物なのか?」
「……ごめん。分からない。だけど私の【勇者】のスキルが警告してる……ヤバいのが来るって……来たっ!」


 木々の間からゆっくりとそれは姿を現す。
 それは一見すると、人のようにも見えた。だが、頭から足まで、全身が黒い毛で覆われていて、とても普通の人間には見えない。顔も毛で覆われていてほとんど見えないが、唯一赤い目だけが不気味に輝いていた。


 それはナエとクロの前に姿を現すと、足を止める。


「…………キヒッ」
「「っ!」」


 それは小さく笑った。その声を聞いた途端、クロとナエは全身を震わせる。それが笑った瞬間、濃厚な殺気が襲って来たのだ。
 その直後、《ブレイブガード》で生み出した盾が、僅かに薄くなってしまう。クロは自身を奮い立たせ、心を強く持って《ブレイブガード》を維持した。そして少しでもナエの恐怖を和らげようと、彼女の肩に手を置く。


 ナエはクロよりも、その凄まじい殺気に取り乱しているようだった。胸元を掴み、短い呼吸を忙しなく繰り返す。そんな彼女に申し訳ないと思いながら、クロはナエに指示を出す。


「ナエちゃん! とにかく魔法を撃ち込んで!」
「あ、ああっ……《ファイヤーア》」
「もっと強いのっ! 一番強いのを遠慮せずに! 全力でっ!」


 その言葉にナエは咄嗟に《ファイヤーアロー》を中断する。そして自分の使える魔法の中で最も威力のある魔法を、込められる最上限の魔力を注いで咄嗟に唱える。


「ヘ、《ヘルフレア》!」


 ナエが唱えた直後、それの足下から黒い炎が吹き上がる。空高く吹き上がる黒い炎は、まるで空高く伸びる黒い柱だ。


 暫くの間、衰える事なく黒い炎は凄まじい勢いで吹き上がり続け、周囲の木々も燃やしていく。


「お、おい……大丈夫かよ。使うとしても最小限にってジェノスに言われてたのに……これじゃあ聖域が燃えちまうぜ」


 初めて全力で使った魔法の威力にナエは引いていた。
 だが、クロは周囲が燃え上がろうとまるで気にせず、黒い炎の中にいる存在だけを気にしていた。


「聖域が燃えるだけで、あれを倒せるなら安いものだよ…………でも、甘くはないみたいだね」


 黒い炎が徐々に収まっていき、まるで傷を負っていないそれが再び姿を現した。


「キヒヒヒヒッ!」


 喜びすら感じるそれの笑い声に対して、ナエは恐怖を通り越して呆気に取られる。


「お、おい……嘘だろ」
「これはマズいかも、ね……」


 今の魔法で傷一つ追わない謎の存在に対し、クロは改めて折れそうになる心を、奮い立たせるのだった。

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