捨てる人あれば、拾うワン公あり
第26話 ナエは本当の実戦をするそうです
人形を使った訓練をワンワンが始めて二日目。
さすがに二日目で訓練の成果は見られないが、寝る前にナエとレイラから聞いていたアドバイスを取り入れているようとしているのが見られた。
「えっと、えっとぉ、この魔法を使えばたくさん足止めできて、でも少しずつ来ちゃったらあの魔法をいっぱい使って……」
休憩のたびに自分が使える魔法を一つ一つ思い浮かべて、その魔法で何ができるかを繰り返し口にしていた。習得した魔法がそれぞれどのような事ができるかを、瞬時に思い浮かべる事ができるようにする為らしい。
また、人形といざ対峙した時には、深呼吸を何度もして心を落ち着かせてから挑んでいた。
クロとレイラのアドバイスのおかげか昨日よりは動けていた。あくまで昨日と比べてたが……。
「ふふふっ、ワンワンは真面目じゃのう」
ワンワンの頑張る姿を見て、レイラは優しく微笑む。
そして隣で一緒にワンワンを見ているナエに話し掛ける。
「ほれ、儂らの助言を必死にやろうとしておるぞ。だが、まだまだじゃな。いざ、人形が迫って来ると、慌ててしまうし、事前に確認した魔法の内容も飛んでしまう。じゃが、ワンワンのことじゃ。すぐに上手く魔法を使う事ができるじゃろうな。ナエもそう思うじゃろう?」
「…………」
「んんっ?」
返事がなかったのでレイラがナエの方を見てみる。
すると、ナエはワンワンを見ているようだが、何か別の事を意識しているようであった。ワンワンや自分の事を認識していないように感じたレイラは、自身の存在を主張するようにナエの周囲を飛び回る。
「ナエ? ナエよ、どうしたのじゃ? おういっ、ナエー」
「んっ、わ、悪い……考え事してたぜ」
レイラが周囲を漂いながら何度も呼びかけて、ようやくナエは気付くのだった。
「むうっ……いったいどうしたのじゃ? 今朝からおかしいぞ?」
レイラの言うように、今朝から普段はしないミスをナエは繰り返していた。朝食は味付けを誤ってやけに塩辛いスープを作り、人形の訓練ではジェノスの指示とはまるで違う事をしていた。
「べ、別に、何でもねえよ」
「本当かの? 何かあるなら相談してみるのじゃ。年長者として何か助言できる事があるかもしれぬ」
「……妹に相談するのはなぁ」
「ぬうっ、妹ではあるが歳は上じゃ! 姉の矜持など気にするでないわっ! クロなんてまったくないではないか!」
「レイラちゃん酷い!」
世界樹に背中を預け、座って本を読んでいたクロは顔を上げて悲痛な声を上げた。
「私、しっかりお姉ちゃんやれてるよね?」
「「…………」」
「どうして、そこで黙るの!? 私、どう見てもお姉ちゃんでしょ。ちゃんとしてるよね?」
涙目になりながら二人のもとへと近付き問い詰める。すると、二人の視線はクロが手にしている本へと向かう。それは、確かに本ではあるが、主に絵が描かれている絵本だ。
実戦経験は充分あるので人形を使った訓練をクロは免除されている。だが、文字などの頭を使う事には、彼女は弱かった。
ナエやワンワンは簡単な文章なら読めるようになったのにも関わらず、未だに単語を幾つか覚えただけで、文章を読んだり書いたりする事はできないのだ。
そこでジェノスに文字を覚える一環として、絵本を読むようにクロは言われている。
「……せめて、その絵本を満足に読めるようにはならんとな」
「そうだぜ、クロ」
「? ……あっ、え、えっと、あははは……頑張ります……」
二人が絵本に目を向けながら言うので、どうして「姉」として見てくれないのか理解する。そしてクロは反論する事ができずに、そそくさと元の場所に戻り再び絵本を読みだすのであった。
クロが再び絵本を読み始めると、レイラは話を戻す。
「……それで、いったいどうしたというのじゃ? その調子じゃと危ないのではないか? 今日はこの後、クロと一緒に……」
「っ!」
レイラが何かを言おうとして、体を一瞬震わせた。
その一瞬の反応をレイラは見逃さず、ナエの様子がおかしい理由を察する。
「なるほどのう……魔物との実戦が不安なのじゃな」
「べ、別にっ、そんな事は……ねえ、よ」
それは違うと否定しようとするが、いつものような覇気がなかった。
今日この後、クロの狩りに同行する形で、ナエは魔物と初めての実戦を行うのだ。昨夜、ジェノスがナエの実力は充分と判断して提案したのだ。
聞いた時には驚いていたものの、すぐにいつもの調子で「やってやるぜ」と気負う様子もなく返事をしていた。だが、やはり直前になって魔物と戦う事に、不安になってきたのだろう。
「どうするのじゃ? 今回はやめておくかのう?」
「い、いや! 大丈夫だぜ! これもワンワンの為だしな。それにクロもいるしな……」
「確かにクロがいればどのような魔物が現れても危険はないと思うがの。あやつが戦っているところは見た事ないが、あのステータスならそう負ける事はないじゃろ。そんじょそこらの魔物であれば百体相手でも負けはせぬよ」
「そう、だよな……なんたって勇者だもんな……」
レイラの言葉に、心なしかナエの表情が明るくなったように見える。
不安そうなナエを見て、今回は魔物との実戦を見送った方がいいのではないか。そう思ったが、これなら問題なさそうだとレイラは一人頷くのであった。
「わうっ! 《ペロ・ハウラ》! 《ペロ・ハウラ》! 《ペロ・ハウラ》! ペロ」
「後ろからも来てるんだ! それじゃあ時間が掛かり過ぎるぞ!」
「わうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
ワンワンが前に気を取られて、後ろから近付いて来ていた人形に肩を叩かれてしまう。どうやら、また失敗してしまったらしい。
「むっ、どうやら終わったようじゃのう。そろそろ訓練は終わりかのう」
「……じゃあ、昼飯の準備をしねえとな」
「うぬ。今度は塩辛くせんようにのう」
「分かってるぜ……それに、おかげでスッキリしたからな。ありがとうな」
「のじゃ♪」
それから昼食は塩辛くない、美味しい料理が出された。どうやら初めての魔物との戦いへの不安はすっかり解消されたようだ。
昼食を終えるとクロとナエが装備を身に付けていく。クロは元々ここに来る時に身に付けていたものだ。ナエの場合は【廃品回収者】で回収した中で、比較的まともな防具を【軟化】や【切断】などのスキルで、サイズを調整した。
形は少々歪なものの、防具としてはしっかりと機能するだろう。
「わあっ! ナエのそれ何? いいないいな!」
ワンワンは装備を身に付けたナエを見て羨ましそうに声を上げる。ジェノスはそんなワンワンの頭に手を置きながら「今日はナエも、魔物の狩る手伝いをするんだ」と言うと、一層羨ましそうに声を上げた。
「わうぅっ! いいな、いいなぁ! 僕も一緒に行きたいっ!」
「でも、ワンワンはエンシェントドラゴンとの約束があるよな?」
「わうっ!? そうだった……」
しょんぼりと肩を落とすワンワン。ジェノスは表には出さないが、内心では安堵していた。
実はワンワンが一緒に行きたいと言い出す可能性を事前に考えていたのだ。エンシェントドラゴンの約束を持ち出せば、ワンワンは諦めてくれるだろうと。そして結果は期待通りであった。
そんなワンワンを元気づけるようにクロとナエは声を掛ける。
「ワンワンくんはもっと力をつけてからにしようね」
「ああ、そしたら一緒に行こうぜ……それじゃあ、行ってくるな」
「わうぅぅ……分かった。二人とも気を付けてね」
自分も行きたいとワンワンの目は訴えていたが、エンシェントドラゴンの約束があるので「行きたい」とは言わなかった。
こうしてワンワンに見送られながら、二人は森の中へと足を踏み入れるのであった。
さすがに二日目で訓練の成果は見られないが、寝る前にナエとレイラから聞いていたアドバイスを取り入れているようとしているのが見られた。
「えっと、えっとぉ、この魔法を使えばたくさん足止めできて、でも少しずつ来ちゃったらあの魔法をいっぱい使って……」
休憩のたびに自分が使える魔法を一つ一つ思い浮かべて、その魔法で何ができるかを繰り返し口にしていた。習得した魔法がそれぞれどのような事ができるかを、瞬時に思い浮かべる事ができるようにする為らしい。
また、人形といざ対峙した時には、深呼吸を何度もして心を落ち着かせてから挑んでいた。
クロとレイラのアドバイスのおかげか昨日よりは動けていた。あくまで昨日と比べてたが……。
「ふふふっ、ワンワンは真面目じゃのう」
ワンワンの頑張る姿を見て、レイラは優しく微笑む。
そして隣で一緒にワンワンを見ているナエに話し掛ける。
「ほれ、儂らの助言を必死にやろうとしておるぞ。だが、まだまだじゃな。いざ、人形が迫って来ると、慌ててしまうし、事前に確認した魔法の内容も飛んでしまう。じゃが、ワンワンのことじゃ。すぐに上手く魔法を使う事ができるじゃろうな。ナエもそう思うじゃろう?」
「…………」
「んんっ?」
返事がなかったのでレイラがナエの方を見てみる。
すると、ナエはワンワンを見ているようだが、何か別の事を意識しているようであった。ワンワンや自分の事を認識していないように感じたレイラは、自身の存在を主張するようにナエの周囲を飛び回る。
「ナエ? ナエよ、どうしたのじゃ? おういっ、ナエー」
「んっ、わ、悪い……考え事してたぜ」
レイラが周囲を漂いながら何度も呼びかけて、ようやくナエは気付くのだった。
「むうっ……いったいどうしたのじゃ? 今朝からおかしいぞ?」
レイラの言うように、今朝から普段はしないミスをナエは繰り返していた。朝食は味付けを誤ってやけに塩辛いスープを作り、人形の訓練ではジェノスの指示とはまるで違う事をしていた。
「べ、別に、何でもねえよ」
「本当かの? 何かあるなら相談してみるのじゃ。年長者として何か助言できる事があるかもしれぬ」
「……妹に相談するのはなぁ」
「ぬうっ、妹ではあるが歳は上じゃ! 姉の矜持など気にするでないわっ! クロなんてまったくないではないか!」
「レイラちゃん酷い!」
世界樹に背中を預け、座って本を読んでいたクロは顔を上げて悲痛な声を上げた。
「私、しっかりお姉ちゃんやれてるよね?」
「「…………」」
「どうして、そこで黙るの!? 私、どう見てもお姉ちゃんでしょ。ちゃんとしてるよね?」
涙目になりながら二人のもとへと近付き問い詰める。すると、二人の視線はクロが手にしている本へと向かう。それは、確かに本ではあるが、主に絵が描かれている絵本だ。
実戦経験は充分あるので人形を使った訓練をクロは免除されている。だが、文字などの頭を使う事には、彼女は弱かった。
ナエやワンワンは簡単な文章なら読めるようになったのにも関わらず、未だに単語を幾つか覚えただけで、文章を読んだり書いたりする事はできないのだ。
そこでジェノスに文字を覚える一環として、絵本を読むようにクロは言われている。
「……せめて、その絵本を満足に読めるようにはならんとな」
「そうだぜ、クロ」
「? ……あっ、え、えっと、あははは……頑張ります……」
二人が絵本に目を向けながら言うので、どうして「姉」として見てくれないのか理解する。そしてクロは反論する事ができずに、そそくさと元の場所に戻り再び絵本を読みだすのであった。
クロが再び絵本を読み始めると、レイラは話を戻す。
「……それで、いったいどうしたというのじゃ? その調子じゃと危ないのではないか? 今日はこの後、クロと一緒に……」
「っ!」
レイラが何かを言おうとして、体を一瞬震わせた。
その一瞬の反応をレイラは見逃さず、ナエの様子がおかしい理由を察する。
「なるほどのう……魔物との実戦が不安なのじゃな」
「べ、別にっ、そんな事は……ねえ、よ」
それは違うと否定しようとするが、いつものような覇気がなかった。
今日この後、クロの狩りに同行する形で、ナエは魔物と初めての実戦を行うのだ。昨夜、ジェノスがナエの実力は充分と判断して提案したのだ。
聞いた時には驚いていたものの、すぐにいつもの調子で「やってやるぜ」と気負う様子もなく返事をしていた。だが、やはり直前になって魔物と戦う事に、不安になってきたのだろう。
「どうするのじゃ? 今回はやめておくかのう?」
「い、いや! 大丈夫だぜ! これもワンワンの為だしな。それにクロもいるしな……」
「確かにクロがいればどのような魔物が現れても危険はないと思うがの。あやつが戦っているところは見た事ないが、あのステータスならそう負ける事はないじゃろ。そんじょそこらの魔物であれば百体相手でも負けはせぬよ」
「そう、だよな……なんたって勇者だもんな……」
レイラの言葉に、心なしかナエの表情が明るくなったように見える。
不安そうなナエを見て、今回は魔物との実戦を見送った方がいいのではないか。そう思ったが、これなら問題なさそうだとレイラは一人頷くのであった。
「わうっ! 《ペロ・ハウラ》! 《ペロ・ハウラ》! 《ペロ・ハウラ》! ペロ」
「後ろからも来てるんだ! それじゃあ時間が掛かり過ぎるぞ!」
「わうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
ワンワンが前に気を取られて、後ろから近付いて来ていた人形に肩を叩かれてしまう。どうやら、また失敗してしまったらしい。
「むっ、どうやら終わったようじゃのう。そろそろ訓練は終わりかのう」
「……じゃあ、昼飯の準備をしねえとな」
「うぬ。今度は塩辛くせんようにのう」
「分かってるぜ……それに、おかげでスッキリしたからな。ありがとうな」
「のじゃ♪」
それから昼食は塩辛くない、美味しい料理が出された。どうやら初めての魔物との戦いへの不安はすっかり解消されたようだ。
昼食を終えるとクロとナエが装備を身に付けていく。クロは元々ここに来る時に身に付けていたものだ。ナエの場合は【廃品回収者】で回収した中で、比較的まともな防具を【軟化】や【切断】などのスキルで、サイズを調整した。
形は少々歪なものの、防具としてはしっかりと機能するだろう。
「わあっ! ナエのそれ何? いいないいな!」
ワンワンは装備を身に付けたナエを見て羨ましそうに声を上げる。ジェノスはそんなワンワンの頭に手を置きながら「今日はナエも、魔物の狩る手伝いをするんだ」と言うと、一層羨ましそうに声を上げた。
「わうぅっ! いいな、いいなぁ! 僕も一緒に行きたいっ!」
「でも、ワンワンはエンシェントドラゴンとの約束があるよな?」
「わうっ!? そうだった……」
しょんぼりと肩を落とすワンワン。ジェノスは表には出さないが、内心では安堵していた。
実はワンワンが一緒に行きたいと言い出す可能性を事前に考えていたのだ。エンシェントドラゴンの約束を持ち出せば、ワンワンは諦めてくれるだろうと。そして結果は期待通りであった。
そんなワンワンを元気づけるようにクロとナエは声を掛ける。
「ワンワンくんはもっと力をつけてからにしようね」
「ああ、そしたら一緒に行こうぜ……それじゃあ、行ってくるな」
「わうぅぅ……分かった。二人とも気を付けてね」
自分も行きたいとワンワンの目は訴えていたが、エンシェントドラゴンの約束があるので「行きたい」とは言わなかった。
こうしてワンワンに見送られながら、二人は森の中へと足を踏み入れるのであった。
コメント