捨てる人あれば、拾うワン公あり

山口五日

第6話 呪いと勇者

「……見た感じ私みたいに怪我はしてないみたいだぜ」
「き、君達は……? ぐうっ!」
「大丈夫!?」


 苦しそうに顔を歪ませるクロという女性にワンワンは慌てて駆け寄ろうとする。それをナエが引き留めようとするが、それよりも早くクロが声を発する。


「来ちゃ駄目!」
「っ……!」


 クロ自身がワンワンを近付かせないように静止を呼び掛けたのだった。その鋭い一声にワンワンは足を止める。


「ご、ごめんね……でも、近付いちゃ駄目……。できるだけ離れて……今、私は呪いが掛けられているの……」
「呪い……クロ、呪われてるの?」
「どうして、私の名前を……? ううん、今はどうでもいい。私に掛けられている呪いは……周囲の人にも影響するの……だから逃げ」
「《ミソロジィ・キュア》!」
「て…………え? あれ? あれぇ!?」


 クロの苦痛に歪んでいた顔が、戸惑いに変わる。どうやら呪いに掛かっていたようだが、ワンワンの《ミソロジィ・キュア》によって解呪されたようだ。


「え? ど、どうして……こんなあっさり呪いが解けるなんて……。い、今のって君が?」
「ワンワンだよ!」
「ワ、ワンワン……くん? ちゃん?」


 ワンワンを初めて見た人にとって、性別の判断は見分けがつきにくい。活発だが、髪が長く可愛らしい顔立ちから、どちらかというと美少女だ。


「ワンワンは男だぜ。そんで……あんたは?」


 ナエがワンワンの代わりに答えながら、クロに問い掛ける。


「あ、ああ……ごめんね。私はクロ。あ、でも、名前は知っているんだね。ええっと他に言うなら……一応勇者をしてるんだ」
「勇者!?」
「ゆうしゃ?」


 ナエは驚き、ワンワンは首を傾げて可愛らしい。


 勇者とは人間の中でスキル【勇者】を持つ者の事を言う。希少なスキルで百年の内に一人がこのスキルを得られるかどうかだ。ステータスの成長速度は十倍。更に魔物、魔族の気配に敏感になり、魔物、魔族を殺す事でステータスが飛躍的に向上する。対魔物、魔族として重要な戦力でもあるのだ。


「それで……君達は? 見たところ二人しか居ないようだけど……?」
「ワンワンとナエだよ!」
「ワンワン、代わりに私が説明するから大人しくしててくれ……。えっと、まあ説明するとな……」


 勇者であるなら、別に自分達は魔族という訳ではないし、危険はないだろうと判断した。そしてワンワンの事や自分の事を説明する。


 【廃品回収者】の話になると驚いていたようだったが、落ち着いてクロはナエの話を聞いていた。


「そうなんだね。まさか聖域に飛ばされるなんて……。魔法で見知らぬ場所に跳ばされる事はあったけど……そっか……聖域かぁ……」
「ワンワンは悪気があった訳じゃ……」
「あ、ううんっ。別に責めてる訳じゃないんだよ! それに、おかげで呪いが解けたんだし……」


 ナエが謝ろうとしたが、それを慌ててクロは止める。そして話は、ここに現れた時から口にしていた呪いについてだ。


「そういえば、呪いに掛かってるとか言ってたよな? 回収される前に何があったんだよ」
「実は……魔族の領地に行くのに、食料とか色々補給をしようとコルンに来たんだ。そこで仲間に裏切られたというか……」
「裏切られたって……仲間が実は魔族とか……」
「ううん、正真正銘、人間。操られたりとかもしてなかったと思う」
「はぁ!?」


 クロの発言に思わずナエは声を上げる。それもそうだ。勇者は人間にとっては切り札のようなものだ。それを裏切るというのは、人間全体の自殺行為と言えるだろう。


「勇者を裏切るなんて……魔族との戦いはどうすんだよ。一気に戦力ガタ落ちだぜ?」


 ナエは中立国家コルンの国民だが、人間であるので戦争の行方は気になるようだ。


「そうなんだけどね……。情けないけど、人間全体の事より個人の感情を優先してしまう困った人が居たんだよ。力があるから前に出て戦っているだけなのに、活躍しているって妬まれ足を引っ張られて……。挙句の果てに呪いだよ……はぁ……」
「あー、何て言うか……勇者って大変なんだな」


 溜息を吐くクロに、ナエは同情の視線を向ける。
 気遣うナエに、思わず愚痴をこぼしてしまった事に気付いて自身を恥じるように謝る。


「ごめんね、子供にこんな事……」
「別に私とワンワンは気にしてねえよ。なあ?」
「うん! よく分かんなかったから大丈夫!」


 ワンワンにはよく分からなかったらしく、無邪気な笑顔をナエとクロに向ける。
 その笑顔に先程呪いを掛けられ死にかけていたとは思えないほど、クロは心が安らぐのを感じた。


「それで、あんたはどうするんだ? 勇者なら聖域にいる魔物なんて倒せるだろ?」
「そうだね……【勇者】のスキルで魔物の気配は分かるんだけど、これぐらいだったら……あ、そうだ! ねえ、ワンワンくんとナエちゃんも一緒に来る? 二人を守りながらでも、聖域から出られるよ」
「「…………」」


 クロの突然の申し出に二人は顔を見合わせる。それから先に口を開いたのはワンワンだった。


「ううん、僕は行かない! おじちゃんとの約束があるから!」


 聖域の外の世界を見てみたいという気持ちはワンワンにあった。だが、エンシェントドラゴンと自分の身を守れるようになるまでは、ここで生活をするように言われている。だから他力で出る訳にはいかないとワンワンは思っているらしい。


 ナエも聖域から出て行くつもりはなかった。少なくともワンワンが聖域から出ようとしない限りは。それに、両親が既に居ない、スラムで一人生きていた彼女にとっては、何処に行っても同じだ。今はワンワンが居る事が絶対条件だが……。


「そんな訳だから、私とワンワンは当分ここで生活するぜ」
「そう……。エンシェントドラゴンの存在の残滓が残っているからか、魔物たちは近付こうとしないし大丈夫だと思うけど……子供二人でか……」


 【勇者】のスキルによるものか、クロはエンシェントドラゴンの存在の残滓に気付いていた。それによって魔物がこちらに近付いて来る可能性は低いとも分かったが、クロは悩んだ。


 聖域に二人を置いて、戦争の最前線に復帰をして再び魔族との戦いに戻る事に。それにワンワンのおかげで自分は助かったのだ。もし、回収されていなければ魔族との戦いとは関係なく、味方によって死ぬところだった。


 勇者として、力を持つ者として戦うか。二人の子供の為にできる事をするべきか。心が揺れ動いていた。そんな迷いのなかにいる自身の手が、引かれているのに気付くのに少々時間を要した。


 いつの間にワンワンが手を引いていて、不安そうな目でクロを見ていたのだ。


「クロ……行っちゃうの?」
「っ!」


 その一言にクロは揺らいでいた心がより一層激しく揺れ動く。
 クロが行ってしまう事への不安せいか、ワンワンは目を潤ませ、手が微かに震えている。その姿はまるで雨に濡れ、寒さに震える子犬。保護欲を掻き立てられる姿を見て、クロは決断をするのだった。


「私もここに住む」
「本当っ!?」


 不安でいっぱいだったワンワンの表情が明るくなる。その顔を見てクロは自分の選択は誤りではないと思うのだった。だが、さすがに勇者という存在の重要性を理解しているナエはクロの判断に驚きを隠せなかった。


「お、おいっ、いいのかよ……勇者だろ?」
「勇者だから別に人間の為に戦わないといけないなんて決まりはないし……。それに二人を置いて行くなんてできないよ。今は大丈夫だけど、魔物に襲われた時に私が居れば二人を守ってあげられるしね」
「そりゃあ、私達はありがたいけど……」


 確かに魔物はこちらに近付いて来る様子はない。だが、あくまで今は。いずれこちらに牙を剥く可能性は充分にある。そうなった時に自分とワンワンで対処できるか考えると、すぐに無理であると分かる。


 それにナエはクロが居る事でもう一つ自分達にとって利点がある事に気付く。それはクロの力があれば、魔物や普通の動物を狩って肉が入手できるという事。育ち盛りのワンワンに良いものを食べさせてあげられると、自身も育ち盛りの子供のはずなのだが、あくまでワンワンの為になるとナエは思った。


 勇者という事を気にしなくていいのならナエには反対する理由はなかった。そして家族が増えたと、クロの両手を掴みながらワンワンは飛び跳ねて喜びを表現する。


「やったぁ! 家族が増えた! 増えた!」
「家族? 家族と思ってくれるの?」
「だって一緒に暮らすんだもん! 家族だよ!」


 ナエの時と同じような事を言うワンワン。それに対してクロは疑問に思ったりせず、ワンワンの言葉を受け入れ微笑みながら頷く。


「そうだね、家族だね」
「わうっ!」


 こうしてワンワンに新しい家族がまた一人できた。

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