異世界へ行く準備をする世界~他人を気にせずのびのびと過ごします~

山口五日

第12話 娯楽神

 俺は死んでも問題ない。ホテルでまた目が覚める。


 だが、ラピスはどうなる?


 死んだらホテルに戻るというのは、俺だけに適用されているのか。それに人間全てに適用されるとしても、ラピスはマジックドール。人間ではない。


 俺が最初死んだときはどうだった……。


 服とか身に付けていたものは目覚めたときにはあった。だが、乗っていた軽トラはない。おそらく死んだ場所に放置されていると思われる。


 もしかするとラピスも軽トラと同じように、この場に取り残されてしまうのではないだろうか。


「……ラピス、お前だけこの場から脱する事はできるか? 俺を犠牲にするやり方でもいい。とにかくこの場から逃げる方法があるか言ってくれ」


 俺は目の前のゴブリンを相手取りながらラピスに尋ねると、彼女は坂の上のゴブリンを警戒しながら迷いなく答える。


「無理です。絶対そのような事はしませんが、マスターを利用させていただいても不可能でしょう。唯一生き残る道はゴブリンを倒すしかありません」


「そうか……」


「マスター。守る事ができないのは心苦しいですが、最悪生き延びる事ができます。私の事は考える必要はありません。今回の経験を糧にしてください」


 俺の質問の意図を察したようだ。だが、そう言われても、これでラピスを犠牲にするのは目覚めが悪い。この場を切り抜けられる手段はないかと頭を必死に働かせる。


 ラピスを気遣っているわけではない。


 彼女自身が本気で自分を見捨てて構わないと言っているのだ。だから、これまで俺がしてきたような人の顔色を窺ってする気遣いではない。俺がラピスを見捨てるのが気に入らないから必死に考えるのだ。


「……マスター。あまりポーションに頼るのは良くないと思いましたが、一時的に身体能力を上げるポーションをマジックバックから抜いて来ました。気休めですが……」


 ラピスが俺の後ろのポケットに、そっとポーションと思われるものをを入れる。


 そういえばそんなものがあった。もっと早く言って欲しかったと思ったが、効果は一時的であり、ラピスの言うようにこの状況を打開できるほどではないのだろう。


 ここまで倒したゴブリンの魔石が地面に散らばっている。これでラピスが強化できるかもしれない……が、それを彼女が口にしないという事はポーションと同じく気休め、強化されても微々たるものに過ぎないという事に違いない。


 何か手はないのか……。


『もしもし? 聞こえる? 聞こえちゃう? 忙しいところ悪いね。だけど伝えないといけない事があるから話し掛けるよ。私は娯楽を司る娯楽神っていうものなんだけど』


「は?」


 唐突に聞こえた初めて聞く声。いつも創造神の声が聞こえるように、頭に直接語り掛けているような感じだ。


 娯楽神? いったい誰だ?


『娯楽神は娯楽神だよ! 創造神の試みに賛成して協力している神! とっても良い神様だけど、そんな畏まらなくていいから! 娯楽神っていうのはかたっ苦しいのは嫌いなんだ。おっと私の事は、今は置いといて君に良い知らせと悪い知らせがあってね! 今すぐ話しておいた方がいいと思ったんだ! 本当は色々と準備しないといけないんだよ? でも頑張って話せるようにしたのさ! ああ、ゴブリンの方に集中していてくれていいから。私と話してやられましたなんて事になったら嫌だからさ! 創造神に怒られるしね! 神の声というのは嫌でも心に残るものだから意識を傾けていなくても問題ないよ。それじゃあ、まずは悪い知らせから話させてもらおうかな!』


 創造神もそうだったが、娯楽神も神の割には厳かな感じはしない。どちらかというと娯楽神の方が口調は軽く、陽気な人柄を感じさせる。少々話が長くて、早口なのが気になるが……。


 そのまま軽快な口調で、一方的に悪い知らせとやらを語り出す。


『悪い知らせというのはね、君の心配している自分が死んで拠点へと戻った時、そこのマジックドールはどうなるか。そこのところを教えておこうと思ってさ! とりあえず君の想像通りってところだね。ラピスは一緒に拠点に戻る事なく、その場に取り残されてしまう。創造神に言って、ここは改善してもらう必要があるね……あっ、悪いけど今すぐには無理だって。だからマジックドールの彼女を守りたいなら、この場を乗り切るしかないね! ゴブリンは繁殖の為に、異種族の女性を孕ませるなんて最悪な魔物でね。そのマジックドールはかなり高品質なもので、女性としての機能は一通り備わっているらしいから、この場に取り残されたら悲惨な目に……だから頑張れ! ファイト!』


 ……あっさりと重い現実を突きつけてきやがった。この娯楽神、この状況を楽しんでいるような印象を受ける。


 娯楽の神だけあって当人の事などお構いなしに、本当に観戦気分で楽しんでいるのかもしれない。


 こちらの気も知らない、娯楽神に俺は殺意さえ覚える。


『おおっと、ごめんごめん! 怒らないでくれよ! 良い知らせもあるからさ!』


 創造神と同じように俺の心を見透かせるらしく、慌てた様子で娯楽神が良い知らせとやらを話し始める。


『いくら頑張っても、この状況を打開できないよ、クソがっ! そう思っているだろうね! だけど大丈夫! 安心して! 私、娯楽神がこの無茶な状況を打開する手段をプレゼントしてあげよう! ギリギリっ! 本当にギリギリだけど、なんとか渡しても問題ないところまで魂が強化されたからね! 創造神はもっと魂が強化された時にすっごいものをあげようとしてたみたいだけど、緊急事態だから仕方ないねっ! 残念っ! 創造神があげるよりもショボいのは申し訳ないけど、今はこれが精一杯! 私も、君も! それでは今できる精一杯をプレゼント! はいっ、どうぞ!』


 弾丸トークで良い知らせを聞かされたが、具体的にそれが何なのか分からなかった。


 分かるように説明をしろと文句を口に出そうとした。だが、すぐに自分の中で起きた異変に気付く。


 娯楽神でも、創造神でも、ラピスでもない無機質な声……いや、声というわけではない。


 自分の魂に、貼り付けられたと言えばいいのだろうか。その貼り付けられた正体を魂が、声にはせず直接自分に伝えるのだ。


 ――スキル【道化師】を取得。

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