異世界へ行く準備をする世界~他人を気にせずのびのびと過ごします~

山口五日

第9話 初めての食事はフレンチトースト

 厨房で俺とラピスは向かい合って座り、フレンチトーストを食べ始めた。


 あまり夜にフレンチトーストを食べる事はないが、たまにはいいだろう。そんな事を思いながら俺はナイフとフォークを手にて食べ始める。


「……マスターこれは?」


「ん? フレンチトーストだ。もしかして向こうの世界にはないのか?」


 既に食べ始めている俺と違って、ラピスはまだ手をつけていなかった。椅子に座って、手は膝の上に置かれたままだ。それほど珍しいものではないと思うが……あまり馴染みのない料理だったのか。


「いえ、この料理は私がいた世界にもあります。私が言いたいのは、どうして私の前にも料理が置かれているかという事です」


 そんなのお前の分に決まっているだろ、と答える前に俺はラピスが人間ではない事を思い出す。


「もしかして食事は必要ないのか?」


「はい。私のようなマジックドールは基本食事を必要としません」


 本物の人間のような見た目なので、当たり前のようにラピスの分も作ってしまった。


 二人分のフレンチトーストか……食べられない量ではないが少しきつい。かと言って捨てるのは勿体ないので、明日の朝食にでもするか……。


「悪い、てっきりラピスも食べるかと思って用意したんだ」


「……それでは、こちらは私の分という事でしょうか?」


「ああ。まあ、食べられないなら、それは俺の明日の朝食に」


「……初めてものを食べますが、これは何と言いますか……口の中が幸せですね。もしやこれが美味しいという事なのでしょうか」


「え」


 ラピスの前に置いた皿を引っ込めようとした時、彼女は少々ぎこちなくではあったが、ナイフとフォークを使ってフレンチトーストを食べていた。どうやらお気に召してくれたようだ。良かった。


「いや、よくないだろ! おい、食事して大丈夫なのか? 壊れたりしないか?」


「問題ありません。それにマスターが私の為に用意してくださったものを、食べないわけにはまいりません」


 いや、俺が考えなしに作ってしまったのが原因だ。フレンチトーストくらい残してもいい、無理をして食べる必要はない。


 力づくでもフレンチトーストを取り上げようと思った。だが、彼女の様子を見てその考えを改める。


「あむっ。マジックドールは人間の生活に馴染めるように……もぐっ、できるだけ人間と……はぐはぐっ、同じように作られています、んぐっ。カロリーを魔力に変換してエネルギーと、ごきゅん、する機能もあります、ぱくんっ。ですが、人間でいうところの排泄物となるものを分解するのに、もぐもぐ、魔力が必要な為、非効率ですが……美味しいです、ごくんっ」


「……まあ、問題ないならいいんだが。甘さが欲しかったらシュガーをかけるといい」


「甘さ? かけてみます」


 よほど気に入ってくれたのか、喋っている時にも食べる事をやめないラピス。


 俺はコーヒーなどに入れるスティックシュガーの包みを切って渡す。ラピスはゆっくりと食べかけのフレンチトーストに振りかけて食べてみる。


「っ! これが、甘さ! 素晴らしいです!」


「お、おお……喜んでくれて何よりだ」


 ラピスの目が限界まで見開かれて、シュガーを振りかけフレンチトーストを平らげていく。あまり表情に感情が出ない彼女だが、今は明らかに驚いているのが表情に表れていた。


 味覚はあるようだが、食事を基本しないせいで甘い、しょっぱい、すっぱい、辛い、苦いなどは知らないようだ。


 あっという間に食べ終わってしまったラピスは、空になった皿をジッと見ていた。
 先程、甘さを知って時のようにはっきりと顔には出ていないが、なんだか悲しそうだ。それを見て、思わず自分の皿にある手を付けていないフレンチトーストを彼女の皿にのせていた。


「マスター?」


「俺は腹がいっぱいなんだ。だからよかったら食べてくれ」


「……いいのですか?」


「言っただろ。腹がいっぱいと……だから食べてくれた方が有難い」


 ラピスが食べやすいように気を遣って、俺の為に食べて欲しいと聞こえるように言った。


 するとラピスは本当に良いのかと悩む素振りを見せていたが、最後は俺の為になるならと意を決した表情でフレンチトーストを食べた。当然シュガーをかけるのを忘れてはいない。


「マスター……甘くて……美味しいです」


「そうか……」


 これまで人に気遣って生きて来たが、こうして喜んだ顔が見れるのなら気を遣った言葉をかけるのも悪くないと思えた。


 夕食後、俺は大浴場にでも行こうかと思ったが、明日は魔物と戦うと考えると長々と浴槽に浸かる気分にはなれなかった。部屋にあるシャワーで我慢する事にする。ちなみにラピスは俺がシャワーを浴びている間、浴室の前で待っていた。


 入って来ようとしていたが、外で待っているように言うと大人しく言う事を聞いてくれて待機していてくれた。この分ではトイレの時にも入って来そうだ。


 幸い命じれば従ってくれる聞き分けの良い子で、その点は良かったと安堵しながら俺はシャワーを浴びる。


 だが、問題はこの後だった。


「もう寝ようと思うんだが……もしかして寝る時も一緒にいるつもりなのか?」


「はい」


 寝る時まで一緒にいると言い出すラピス。他にも部屋があるからそこで待機するように言ってみた。だが、シャワーの時と違って今度は首を横に振る。寝ている時が一番危険との事で断固として俺の部屋から出ようとしなかった。


 これ以上俺が言っても拒否し続けるだろうと悟り、ラピスには好きにさせ、諦めて寝る事にする。


「…………ずっとそこで立ってるつもりなのか?」


「はい」


 ベッドの脇で俺を見下ろして立つラピス。灯りを消した初めの頃は、何も見えないので気にならなかったが、目が暗闇に慣れてくると不気味だった。


 せめて隣のベッドで腰掛けるように言うと、それには応じてくれた。


 やれやれ……これでやっと寝られる……。


 そう思いながら眠りにつく…………だが、眠りについておそらく一時間も経過していないだろう。不意に自分の意識が夢から現実へと引き上げられる。


 その原因は俺の腹部にかかる重さだ。寝苦しいほどの重さではないが、まだ眠りが浅かったので目が覚めてしまった。


「マスター、すみません起こしてしまいましたか?」


「んんっ? ラピスか? いったい何を……ぁあ?」


 薄暗い室内で、まだ寝ぼけていた思考が一気に覚醒していく。


 暗闇の中に浮かびあがる穢れ一つない白い肌。そして腹部に感じるひんやりと、そしてもっちりとした感触。それは服を着ているとは思えない姿、そして感触だった。


「な、何をしてるんだラピス!?」


 何も着ていない、裸のラピスが俺に跨っていた。しかも俺の服を捲り上げて、肌を露出させたところに乗っている。


「申し訳ございません。マスターが寝ている間に済ませてしまおうと思ったのですが……」


「済ますって、いったい何をする気だ!」


「大丈夫です……痛くはしません。むしろ気持ちいい事ですから……」


「マジで何をするつもりだ!?」


 俺の問いにろくに答えず、ラピスはゆっくりと捲れていない服の下に手を入れていく……。

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