異世界へ行く準備をする世界~他人を気にせずのびのびと過ごします~
第6話 彼女はマジックドール
箱の中で横になっている少女と目が合ってしまう。
まさか本当に人が入っていると思わなかった俺は驚き固まってしまった。だが、すぐにおかしい事に気付く。目はただ真っすぐと向いているだけであって、俺を見ているわけではないのだ。それに瞬き一つせず、身動き一つしない。
試しに口もとに手をあててみる……呼吸をしていない。
「死体? いや、もしかして人形……か? それとも何らかの手段で仮死状態の人間とか……」
ファンタジー世界だと無限の可能性があって、どれが正解か分からない。
人間のようだが、人形の可能性も大いにある。ファンタジー世界であれば、これほど精巧に作られた人形があってもおかしくないだろう。
というか人間にしては容姿は整い過ぎている気がした。
銀色のストレートヘアーに、穢れを知らない白い肌。感情を感じられないが宝石のような青い瞳に、艶のあるぷっくりとした薄いピンク色の唇。そしてファッション雑誌に載るような、女性らしさ溢れる起伏のある体つきをしていて…………あまり見てはいけない気がする。
箱の中の彼女は何も身に付けていないのだ。
胸の頂点に添えられているピンク色の蕾や、下腹部の縦筋までもが見事に再現されている。
「ここまで人間を再現する必要があるか? やっぱり人か? いや、でもそういう用途で使う可能性も……」
俺は彼女の顔に触れてみる。人形であれば人の肌とは異なる質感をしていると思った。
すると、滑らかで弾力のある柔肌の感触があった。ただ体温は感じられない。そうなると死体……いや、仮死状態の人間? それともやっぱり超精密に作られたにんぎょ――。
「っ!」
体から何かが抜けていくのを感じ、なぜか脱力感に襲われる。箱の中に倒れ込みそうになったが、箱の縁に手を掛けて防いだ。
いったい自分の体に何が起きているのかと不思議に思ったが、箱の中の彼女にも異変が生じていた。
全身が淡い光に包まれていき、表情をまったく動かさず口だけを動かして声を発したのだ。
「魔力の供給を確認…………総魔力量からこれ以上の補充は困難……一日分の活動に必要な魔力のみ補充。マスター登録に移行……魔力パターンから人族である事を確認。マスター適性アリと判断。マスター登録者のお名前は?」
「えっ……一ノ瀬康太」
目がギョロリと箱の縁にもたれかかる俺の方を向いたので、思わず答えてしまった。
「イチノセコウタ……名前から、東方の出身である可能性がアリと判断……家名がイチノセ、名がコウタでよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」
「コウタ・イチノセ様………………マスター登録完了いたしました」
ゆっくりと彼女は上半身を起こすと、感情をまるで感じさせない表情で俺を見る。
「これより私、戦闘補助型マジックドール002はコウタ・イチノセ様をマスターとします。ご命令を」
「………………とりあえず、服を着てくれ」
突然の事で理解が追いつかず、俺はそう言った。
それから彼女、戦闘補助型マジックドール002の話を聞いた。
彼女は向こうの世界では、魔力で動くマジックドールというものらしい。基本的に人間の生活を補助する為に作られて、最初に魔力を供給した者をマスターとするらしい。
魔力なんてものを流したつもりはなかったが、どうやら俺は魔力を垂れ流している状態らしい。その為、触れた時に彼女の中に魔力を流し込んでしまったようだ。
聞いたところ魔力は垂れ流したままにすると、魔力の感知に長けた魔物に気付かれてしまう恐れがあるとの事。今後コントロールできるようにしたいと思う。
「それでは、ここは別世界という事でしょうか?」
「そうだ。信じられないとは思うが……」
俺は彼女からひとしきり話を聞くと、こちらの事も話した。
ここは異世界で、彼女がいた世界に行く為に魂を強化している事など……特に隠す事は何もなかったので、俺がここにいる経緯から世界の事まで全てを話した。
ちなみに今、彼女はしっかり服を着ている。従業員の制服があったので、それを着るように言った。彼女はマジックドールという事で、人形だからか感情はなく、羞恥心も微塵もないようで裸である事を気にしていない様子だった。
だが、俺は気にするので着るように言ったら素直に着てくれた。マスターの命令は絶対らしい。
服を着せて落ち着いたところで、こうしてロビーのソファに座りながら話を始めた。
簡単には異世界なんて突拍子もない事を信じて貰えないと思ったが、彼女は相変わらず感情を感じさせない美しい瞳で俺を見て口を開く。
「いえ、マスターがそう言うなら、ここは異世界でしょう。信じます」
「そうか……まあ、信じてくれるなら面倒がなくて済む」
マジックドールはマスターに対して絶対的な信頼を寄せているようだ。
人間味を感じさせず、人によってはそれを不快に感じるかもしれない。だが、俺としては気を使わないで済むから楽でいいと好印象を抱く。
「勝手が違う世界だから向こうで常識であっても、こちらでは違う事が幾つもあると思う。もし何か聞きたい事、分からない事があれば言ってくれ…………そういえば、名前を聞いてなかったな」
「現在、名前は未登録の状態です。名前を付けますか?」
「俺が名付けるのか?」
「はい。マスターが決める事となっております」
「…………ラピスで」
先程のパーティールームの名前がラピスラズリだったので、それの一部を切り取って名前を付ける事にした。
「ラピス……名前の登録を完了いたしました。これより私はラピスです。よろしくお願いいたします」
「ああ……さてと、とりあえずまた武器を選びに行くか」
「はい」
こうして異世界で俺は初めて人間……ではなく一体の人形と出会ったのだった。
まさか本当に人が入っていると思わなかった俺は驚き固まってしまった。だが、すぐにおかしい事に気付く。目はただ真っすぐと向いているだけであって、俺を見ているわけではないのだ。それに瞬き一つせず、身動き一つしない。
試しに口もとに手をあててみる……呼吸をしていない。
「死体? いや、もしかして人形……か? それとも何らかの手段で仮死状態の人間とか……」
ファンタジー世界だと無限の可能性があって、どれが正解か分からない。
人間のようだが、人形の可能性も大いにある。ファンタジー世界であれば、これほど精巧に作られた人形があってもおかしくないだろう。
というか人間にしては容姿は整い過ぎている気がした。
銀色のストレートヘアーに、穢れを知らない白い肌。感情を感じられないが宝石のような青い瞳に、艶のあるぷっくりとした薄いピンク色の唇。そしてファッション雑誌に載るような、女性らしさ溢れる起伏のある体つきをしていて…………あまり見てはいけない気がする。
箱の中の彼女は何も身に付けていないのだ。
胸の頂点に添えられているピンク色の蕾や、下腹部の縦筋までもが見事に再現されている。
「ここまで人間を再現する必要があるか? やっぱり人か? いや、でもそういう用途で使う可能性も……」
俺は彼女の顔に触れてみる。人形であれば人の肌とは異なる質感をしていると思った。
すると、滑らかで弾力のある柔肌の感触があった。ただ体温は感じられない。そうなると死体……いや、仮死状態の人間? それともやっぱり超精密に作られたにんぎょ――。
「っ!」
体から何かが抜けていくのを感じ、なぜか脱力感に襲われる。箱の中に倒れ込みそうになったが、箱の縁に手を掛けて防いだ。
いったい自分の体に何が起きているのかと不思議に思ったが、箱の中の彼女にも異変が生じていた。
全身が淡い光に包まれていき、表情をまったく動かさず口だけを動かして声を発したのだ。
「魔力の供給を確認…………総魔力量からこれ以上の補充は困難……一日分の活動に必要な魔力のみ補充。マスター登録に移行……魔力パターンから人族である事を確認。マスター適性アリと判断。マスター登録者のお名前は?」
「えっ……一ノ瀬康太」
目がギョロリと箱の縁にもたれかかる俺の方を向いたので、思わず答えてしまった。
「イチノセコウタ……名前から、東方の出身である可能性がアリと判断……家名がイチノセ、名がコウタでよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」
「コウタ・イチノセ様………………マスター登録完了いたしました」
ゆっくりと彼女は上半身を起こすと、感情をまるで感じさせない表情で俺を見る。
「これより私、戦闘補助型マジックドール002はコウタ・イチノセ様をマスターとします。ご命令を」
「………………とりあえず、服を着てくれ」
突然の事で理解が追いつかず、俺はそう言った。
それから彼女、戦闘補助型マジックドール002の話を聞いた。
彼女は向こうの世界では、魔力で動くマジックドールというものらしい。基本的に人間の生活を補助する為に作られて、最初に魔力を供給した者をマスターとするらしい。
魔力なんてものを流したつもりはなかったが、どうやら俺は魔力を垂れ流している状態らしい。その為、触れた時に彼女の中に魔力を流し込んでしまったようだ。
聞いたところ魔力は垂れ流したままにすると、魔力の感知に長けた魔物に気付かれてしまう恐れがあるとの事。今後コントロールできるようにしたいと思う。
「それでは、ここは別世界という事でしょうか?」
「そうだ。信じられないとは思うが……」
俺は彼女からひとしきり話を聞くと、こちらの事も話した。
ここは異世界で、彼女がいた世界に行く為に魂を強化している事など……特に隠す事は何もなかったので、俺がここにいる経緯から世界の事まで全てを話した。
ちなみに今、彼女はしっかり服を着ている。従業員の制服があったので、それを着るように言った。彼女はマジックドールという事で、人形だからか感情はなく、羞恥心も微塵もないようで裸である事を気にしていない様子だった。
だが、俺は気にするので着るように言ったら素直に着てくれた。マスターの命令は絶対らしい。
服を着せて落ち着いたところで、こうしてロビーのソファに座りながら話を始めた。
簡単には異世界なんて突拍子もない事を信じて貰えないと思ったが、彼女は相変わらず感情を感じさせない美しい瞳で俺を見て口を開く。
「いえ、マスターがそう言うなら、ここは異世界でしょう。信じます」
「そうか……まあ、信じてくれるなら面倒がなくて済む」
マジックドールはマスターに対して絶対的な信頼を寄せているようだ。
人間味を感じさせず、人によってはそれを不快に感じるかもしれない。だが、俺としては気を使わないで済むから楽でいいと好印象を抱く。
「勝手が違う世界だから向こうで常識であっても、こちらでは違う事が幾つもあると思う。もし何か聞きたい事、分からない事があれば言ってくれ…………そういえば、名前を聞いてなかったな」
「現在、名前は未登録の状態です。名前を付けますか?」
「俺が名付けるのか?」
「はい。マスターが決める事となっております」
「…………ラピスで」
先程のパーティールームの名前がラピスラズリだったので、それの一部を切り取って名前を付ける事にした。
「ラピス……名前の登録を完了いたしました。これより私はラピスです。よろしくお願いいたします」
「ああ……さてと、とりあえずまた武器を選びに行くか」
「はい」
こうして異世界で俺は初めて人間……ではなく一体の人形と出会ったのだった。
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