異世界へ行く準備をする世界~他人を気にせずのびのびと過ごします~

山口五日

第4話 初めての魔物

 こちらはまだ準備ができていないというのに、魔物が既にこちらに送られてしまった。そのうえ、創造神も急用ができたとかで会話が打ち切られてしまった。


 何か不測の事態が起きてしまったのだろうか……いや、向こうの事情なんか考えても仕方ない。今は自分の事を考えるべきだ。


 先程から魔物がこの世界に送られた事が事実であると知らせるように、聞いた事もない生物の鳴き声が聞こえていた。


「まずは拠点のホテルに行くべきか……」


 拠点に武器を用意したと創造神は言っていた。魔物と戦うなら武器は必要だ。それにファンタジー世界の武器には興味がある。


 ここから距離にして500メートルほどのところにあるホテル。それぐらいの距離なら魔物と遭遇せずになんとか行けるか……そう考えた時だ。


「キッ」


「っ!」


 何かの鳴き声が近くで聞こえて咄嗟に振り返る。すると少し離れたところに、一匹の緑色の肌をした子供ぐらいの体格の生物がいた。口内には鋭い歯が並び、耳が尖っている。どう見ても人間ではない。おそらくゴブリンという魔物だろう。


 体格を考えれば倒せるかもしれない……と思ったが、その考えは改める。ゴブリンは俺と遭遇した事をまるで喜ぶようにニヤリと笑ったのだ。質はよくなさそうだが、腰に携えていた日本のナイフを両手で握り締めて、ゆっくりと近付いて来る。


 殺される。


 初めて自分に殺意を向ける存在に対して背を向けて走り出す。だが、ゴブリンは俺を逃がすつもりはないようだ。顔だけ後ろに向けてみると、逃げる俺を追い駆けて来るのが見えた。


 俺よりも足が速く、徐々に距離が縮まっていた。


 このままでは追いつかれる……そういえば建物の中には魔物は入って来ないと創造神は言っていた。それなら何処か適当な建物に……いや、待てよ。あれならゴブリンを……よし。


 建物の中に逃げ込むのではなく、別の手段を思いついた。


 俺は走る先にあった何かの作業車と思われる軽トラに飛び乗った。キーは刺さっていて、すぐにエンジンを掛ける。そしてギアをバックに、アクセルを思いっ切り踏み込んだ。


「キッ……ガァッ!?」


 勢いよく後ろに下がった軽トラ。バックミラーでゴブリンの位置を確認しながら、俺はハンドルを握り、アクセルを踏み続けた。そして衝突音とゴブリンの短い悲鳴を耳にする。


 アクセルを踏んでいた足を離して、ゆっくりと停車した。


「やった、か……?」


 窓から顔を出してゴブリンを確認すると、地面に倒れてピクリとも動かない。どうやら死んだようだ。


 ゴブリンを倒せた事に俺は安堵する。
 ゲームなどで魔物が殺される描写など見飽きているせいかもしれないが、異形のゴブリンを殺してしまった事に対しての罪悪感はなかった。


「だけど……死体は見ていて気持ちいいものじゃないな……ん?」


 ゴブリンの死体が徐々に薄くなったと思えば消えてしまう。そしてゴブリンがいた場所に黒くて光沢のある小さな石が落ちていた。自分の知る中で特徴が一番近いのは黒曜石だろう。


 それはゴブリンの持ち物だろうか。元々落ちていたとは思えない。


 降りて確認しようとしたが、正面にゴブリンが三体現れるのを見て、今は拠点への移動を優先した。


「今は安全運転とか言ってられないなっ!」


 ギアを切り替えてアクセルを踏み、前に進みだす軽トラ。ホテルまでこのまま軽トラを使って移動する事にした。前方に現れたゴブリンを跳ね飛ばしながらも速度を緩める事なく走り去る。


 行く手を塞ぐようにゴブリンが次々と現れたが、決して止まる事なく軽トラを走らせ続けた。何体ものゴブリンを撥ねる中、ふと不思議な高揚感がある事に気付く。
 ゴブリンを撥ねる事に興奮を覚えるようになったという訳ではない。力が湧き上がって来るような感覚がしたのだ。


「もしかして魂が強化されているのか?」


 殺した相手の魂を一部吸収して自身の魂を強化する、そう創造神は言っていた。もしかするとゴブリンを倒した分、強化されているのかもしれない。


「どれくらい強くなったんだろうな……っと、ここを左に曲がらないとな」


 左折すれば、あとは真っすぐ行くだけ。なんとか無事にホテルに辿り着く事ができた……と思うのは早計だった。


「何だよ、あれは……」


 道路にの中央でまるで待ち構えているかのように、悠々と立つ大きな斧を持った魔物。
 三メートルはある身長に、筋骨隆々の体格。そして一番の特徴は、顔が牛である事だ。おそらく、この魔物の名前はミノタウロスだろう。


 見た目を考えれば、確実にゴブリンよりも上のランクに違いない。


 別の道を使うか。いや、左右に曲がる道はないし、今からUターンは難しい。もたついたら確実にやられる気がした。


「…………よし」


 小さく俺は覚悟を口にすると、ハンドルを握り直し、アクセルを踏み込んだ。加速する軽トラは真っすぐミノタウロスへと向かって行く。


 あんなデカい相手に向かって行くのは怖いが、何度かゴブリンを撥ねて来たせいか変な度胸がついていた。それにこれだけの大物を倒したら、俺の魂はかなり強化されるんじゃないだろうか……そんな期待があった。


 ミノタウロスは動かず、こちらをジッと見ていた。異世界の乗り物を見て戸惑っているのか、ミノタウロスが何を考えているのかまったく分からない。


 あと一呼吸吐いたら衝突するところまで迫っていた。そこでようやくミノタウロスが動くのが見えた。片足を上げ、こちらに足の裏を見せるような体勢をとったのだ。


 いったい何をするつもりだ。そう思った瞬間、ミノタウロスに衝突。一瞬車体が浮くほどの衝撃が走り、アクセルから思わず足を離してしまう。フロントガラスは割れ、エアバックが作動し視界が白くなる。


「ぐっ……や、やったのか……」


 おそらく怪我はしていない。だが衝撃が自分の体にも伝わって、痺れたような感覚がある。


 少し無茶だったかと思いながら、ミノタウロスはどうなったのか見ようとエアバックを退けて視界を確保する。


 そしてミノタウロスが傷一つない状態で立っているのを目にする。


「嘘だろ……」


 ミノタウロスはこちらに見せた足裏で、軽トラを受け止めたのだった。そのうえ、先程立っていた場所からまったく動いていない。いったいどれだけの力を持っているんだ、この化物……そう思った直後、俺の意識は途切れた。


 最後に見たのは、ミノタウロスが持っていた斧を横なぎに振るい、突然視界はなぜかグルグルと回転して、自分の膝に向かって落ちていくような光景だ。


 こうして魔物との戦いに幕を閉じた……。

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