異世界へ行く準備をする世界~他人を気にせずのびのびと過ごします~
第1話 ひとりだけの世界へようこそ
「どうなってるんだ……これ?」
俺は毎日のように通勤で通る、駅前のメインストリートの前に、寝間着のジャージを着て立っていた。
どうしてこんなところに? それに周囲の様子がおかしい。メインストリートに設置されている時計に目を向ける。
時刻は午前8時12分。それに間違いでなければ今日は平日だ。普通なら通勤や通学で多くの人が忙しなく行き来している時刻だ。
それにも関わらず、人が誰もいない。話し声もまったく聞こえない。聞こえてくるのは、いつものようにメインストリートに流れる音楽と、歩行者信号から流れる誘導音、そして僅かに近くの店から聞こえるBGMぐらい。
そういえば夏真っ盛りだというのに、蝉の鳴き声も聞こえてこない。鳩やカラスといった日常的に目にする鳥の姿も見当たらなかった。
「生き物が俺しかいないみたいだ。まるで、俺の願っていた世界だな……」
俺は物心ついた時から二十年以上、人に合わせて生きて来た。
こうすれば自分の事を悪く思われない、相手の機嫌を損ねない。そんな事を考えながら自分の性格や意見を捻じ曲げて生きて来た。
こんなふうに生きて行く事になったのは両親のせいだろう。
両親は厳しかった。ただ厳しいだけなら教育熱心というだけで済むのだが、自分達の機嫌が悪いとまるで八つ当たりのように一段と厳しくなるのだ。
その時はそれを理不尽な事だとは分からなかった。
ただ、怒られたくなかった幼い俺は、どうしたら両親に怒られずに済むかを考えたのだ。
その結果、相手を観察して感情の機微を感じ取り、接する際には相手が求めるような言葉を使い、自分の意見と違っていても同意するようにした。
幼少期に一番多くの時間をともに過ごす両親に対して、そのような事をしていたのだ。俺はそれが当たり前になってしまっていた。
小学校、中学校あたりまでは良かった。
だけど高校、大学、社会人……歳を取るたびに人と接する機会が増え、相手に合わせる事が辛くなって来た。
他人に接する度に相手の色に自分を染めているようだ。それを何十回、何百回、何千回と繰り返し、もはや自分の元の色が分からないほど淀んだ色になってしまっている。
「ああ……目が覚めたら、人が世界からいなくなればいいのに」
毎日就寝時に、まるで呪詛のように溢していた口癖。
起きたら世界で人間は自分一人だけ。当然そんな事はあり得ない。だけど俺はいつもそう願わずにはいられなかった。
「まさか本当に願いが叶ったのか……?」
就寝前にいつものように願った。
そして目を覚ましたら、駅前のメインストリートに立っていて、自分以外の生物が見当たらない。少し歩いて散策してみるが、何処にも人の姿はなかった。だが、店内の明かりは点いていて、自動ドアも動く。
まるで、生物だけが自分以外いなくなってしまったようだ。
交番、パチンコ、喫茶店、ドラックストア、レストラン、病院、銀行、駅……手当たり次第に入ってみた。だが、人は誰一人としていない。
「マジか……」
ここでようやく、この辺りで人は俺しかいない……いや、もしかすると世界中から俺以外の人がいなくなってしまったのではないだろうか。
『その通りだよ』
「っ!」
人の声がした。
だが、何処にいるのか分からない。周囲を見回したが何処にも人はいなかった。
『私はそこにはいないよ。今、君に直接語り掛けてるの。ほら、普通に耳で音を聞くのと違って、頭に響いてる感じがしない? ほらっ、あーーーーー』
「…………する。何だこれ? 頭にスピーカーでも埋め込まれたのか?」
『いやいや、そんな現実的なものじゃなくてね。えっと、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……一ノ瀬康太さん。あなたは既に元の世界での生を終えられました』
「……は? え? 死んだ? いや、死んだ覚えなんてないぞ」
『覚えていないのも当然。睡眠中に急性心筋梗塞で亡くなったから、苦しまずに息を引き取ったんだよ』
まさか、まだ25の若さで死んでしまったなんて……。
そんなことすぐには受け入れられない……と思ったのだが、自分が今置かれている状況のせいか、自然と受け入れられてしまった。
『……落ち着いてるね?』
「まあ、こんなおかしな状況だしな。ここはあの世か? それとも、あの世に行く前に俺の願いを叶えてくれたのか? というか誰だ?」
『願い? ああ、人が世界からいなくなればいいのにってやつ? 確かにこの世界は君の願いに合致した世界だね。だけど、君の願いを叶えたわけじゃないんだ。こちらの都合で、この世界に来て貰ったんだ。それと私は創造神だよ』
……凄い大物が出て来たな。世界を作る神って、神の中でも偉い方じゃないのか?
『そんなに偉くないよ。世界を作る事しかできないからね。それ以外は何もできない。他の神と比べれば小物の方だよ』
さすが神。心くらいは簡単に読めてしまうんだな。
『これくらいなら簡単だよ。それで、この世界に来て貰った理由なんだけど……』
この手の話だと異世界に転生して世界を救うとかそういう事だろうか。ファンタジー小説でよくある展開だ。ファンタジーは大好きなので、喜んで転生させていただこう。
『そうそう話が早くて助かるよ。だけど……すぐにじゃない。いずれ異世界を救って欲しいんだよ』
「…………いずれ?」
『うん、いずれ。今のままだと弱くて、すぐ死んじゃうからね。だから君には暫く、この出来立てほやほやの準備の世界で強くなって欲しいんだ』
近年、魂の質が落ちていて異世界召喚、異世界転生にすら耐えられる魂が多いらしい。
そこで今回初めての試みとして、魂に少しずつ負荷を与える事で、魂の強化をする世界を創造したのだと言う。ここである程度魂を強化しておけば、世界を渡る事に耐えられるだけでなく、強い力を持たせる事ができるらしい。
『まだ、手探りでね。これから手を加えていくつもりだけど、とりあえずこの世界にいるだけで自然と魂が強化されていくから。しばらく適当にゆっくりしていて貰えないかな? 長期休暇だと思ってさ』
「はぁ……まあ、本当の死後の世界がどうなのか分からないからな。こうして記憶を持ったまま今までのように生きていけるのはありがたいが……」
『突然こんな事をされて不満?』
「いや、別に不満はない。ただ、どうして俺だけなんだ? いや、一人はありがたいけど。この世界の試運転みたいなものなら、もっと連れて来た方がいいんじゃないか?」
『できたら、そうしたかったけど……さっきも言ったように魂の質が落ちてるんだ。比較的、世界間の移動の負担が少ないように創造したつもりだったんだけど、この世界に来る事すらほとんどの魂には難しいみたいなんだ』
「そうか……いや、まあ一人でいられるなら、気遣いせず済むから助かる。当分は自由にしていればいいんだな?」
『うん。色々と不自由ないように創造したつもりだからさ。暫くは自由に楽しんでみてよ。あなたの生きていた世界をコピーして作ったから過ごしやすいと思うしさ。それじゃあね!』
創造神の声は聞こえなくなった。
こうして俺は死んで異世界転生ではなく、誰もいない世界で自由を与えられたのだった。
俺は毎日のように通勤で通る、駅前のメインストリートの前に、寝間着のジャージを着て立っていた。
どうしてこんなところに? それに周囲の様子がおかしい。メインストリートに設置されている時計に目を向ける。
時刻は午前8時12分。それに間違いでなければ今日は平日だ。普通なら通勤や通学で多くの人が忙しなく行き来している時刻だ。
それにも関わらず、人が誰もいない。話し声もまったく聞こえない。聞こえてくるのは、いつものようにメインストリートに流れる音楽と、歩行者信号から流れる誘導音、そして僅かに近くの店から聞こえるBGMぐらい。
そういえば夏真っ盛りだというのに、蝉の鳴き声も聞こえてこない。鳩やカラスといった日常的に目にする鳥の姿も見当たらなかった。
「生き物が俺しかいないみたいだ。まるで、俺の願っていた世界だな……」
俺は物心ついた時から二十年以上、人に合わせて生きて来た。
こうすれば自分の事を悪く思われない、相手の機嫌を損ねない。そんな事を考えながら自分の性格や意見を捻じ曲げて生きて来た。
こんなふうに生きて行く事になったのは両親のせいだろう。
両親は厳しかった。ただ厳しいだけなら教育熱心というだけで済むのだが、自分達の機嫌が悪いとまるで八つ当たりのように一段と厳しくなるのだ。
その時はそれを理不尽な事だとは分からなかった。
ただ、怒られたくなかった幼い俺は、どうしたら両親に怒られずに済むかを考えたのだ。
その結果、相手を観察して感情の機微を感じ取り、接する際には相手が求めるような言葉を使い、自分の意見と違っていても同意するようにした。
幼少期に一番多くの時間をともに過ごす両親に対して、そのような事をしていたのだ。俺はそれが当たり前になってしまっていた。
小学校、中学校あたりまでは良かった。
だけど高校、大学、社会人……歳を取るたびに人と接する機会が増え、相手に合わせる事が辛くなって来た。
他人に接する度に相手の色に自分を染めているようだ。それを何十回、何百回、何千回と繰り返し、もはや自分の元の色が分からないほど淀んだ色になってしまっている。
「ああ……目が覚めたら、人が世界からいなくなればいいのに」
毎日就寝時に、まるで呪詛のように溢していた口癖。
起きたら世界で人間は自分一人だけ。当然そんな事はあり得ない。だけど俺はいつもそう願わずにはいられなかった。
「まさか本当に願いが叶ったのか……?」
就寝前にいつものように願った。
そして目を覚ましたら、駅前のメインストリートに立っていて、自分以外の生物が見当たらない。少し歩いて散策してみるが、何処にも人の姿はなかった。だが、店内の明かりは点いていて、自動ドアも動く。
まるで、生物だけが自分以外いなくなってしまったようだ。
交番、パチンコ、喫茶店、ドラックストア、レストラン、病院、銀行、駅……手当たり次第に入ってみた。だが、人は誰一人としていない。
「マジか……」
ここでようやく、この辺りで人は俺しかいない……いや、もしかすると世界中から俺以外の人がいなくなってしまったのではないだろうか。
『その通りだよ』
「っ!」
人の声がした。
だが、何処にいるのか分からない。周囲を見回したが何処にも人はいなかった。
『私はそこにはいないよ。今、君に直接語り掛けてるの。ほら、普通に耳で音を聞くのと違って、頭に響いてる感じがしない? ほらっ、あーーーーー』
「…………する。何だこれ? 頭にスピーカーでも埋め込まれたのか?」
『いやいや、そんな現実的なものじゃなくてね。えっと、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……一ノ瀬康太さん。あなたは既に元の世界での生を終えられました』
「……は? え? 死んだ? いや、死んだ覚えなんてないぞ」
『覚えていないのも当然。睡眠中に急性心筋梗塞で亡くなったから、苦しまずに息を引き取ったんだよ』
まさか、まだ25の若さで死んでしまったなんて……。
そんなことすぐには受け入れられない……と思ったのだが、自分が今置かれている状況のせいか、自然と受け入れられてしまった。
『……落ち着いてるね?』
「まあ、こんなおかしな状況だしな。ここはあの世か? それとも、あの世に行く前に俺の願いを叶えてくれたのか? というか誰だ?」
『願い? ああ、人が世界からいなくなればいいのにってやつ? 確かにこの世界は君の願いに合致した世界だね。だけど、君の願いを叶えたわけじゃないんだ。こちらの都合で、この世界に来て貰ったんだ。それと私は創造神だよ』
……凄い大物が出て来たな。世界を作る神って、神の中でも偉い方じゃないのか?
『そんなに偉くないよ。世界を作る事しかできないからね。それ以外は何もできない。他の神と比べれば小物の方だよ』
さすが神。心くらいは簡単に読めてしまうんだな。
『これくらいなら簡単だよ。それで、この世界に来て貰った理由なんだけど……』
この手の話だと異世界に転生して世界を救うとかそういう事だろうか。ファンタジー小説でよくある展開だ。ファンタジーは大好きなので、喜んで転生させていただこう。
『そうそう話が早くて助かるよ。だけど……すぐにじゃない。いずれ異世界を救って欲しいんだよ』
「…………いずれ?」
『うん、いずれ。今のままだと弱くて、すぐ死んじゃうからね。だから君には暫く、この出来立てほやほやの準備の世界で強くなって欲しいんだ』
近年、魂の質が落ちていて異世界召喚、異世界転生にすら耐えられる魂が多いらしい。
そこで今回初めての試みとして、魂に少しずつ負荷を与える事で、魂の強化をする世界を創造したのだと言う。ここである程度魂を強化しておけば、世界を渡る事に耐えられるだけでなく、強い力を持たせる事ができるらしい。
『まだ、手探りでね。これから手を加えていくつもりだけど、とりあえずこの世界にいるだけで自然と魂が強化されていくから。しばらく適当にゆっくりしていて貰えないかな? 長期休暇だと思ってさ』
「はぁ……まあ、本当の死後の世界がどうなのか分からないからな。こうして記憶を持ったまま今までのように生きていけるのはありがたいが……」
『突然こんな事をされて不満?』
「いや、別に不満はない。ただ、どうして俺だけなんだ? いや、一人はありがたいけど。この世界の試運転みたいなものなら、もっと連れて来た方がいいんじゃないか?」
『できたら、そうしたかったけど……さっきも言ったように魂の質が落ちてるんだ。比較的、世界間の移動の負担が少ないように創造したつもりだったんだけど、この世界に来る事すらほとんどの魂には難しいみたいなんだ』
「そうか……いや、まあ一人でいられるなら、気遣いせず済むから助かる。当分は自由にしていればいいんだな?」
『うん。色々と不自由ないように創造したつもりだからさ。暫くは自由に楽しんでみてよ。あなたの生きていた世界をコピーして作ったから過ごしやすいと思うしさ。それじゃあね!』
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