ボッチが駆使する過去と未来、彼女らが求める彼との未来〜ゲーム化した世界では、時間跳躍するのが結局はハーレムに近いようです〜
序章終
周りの3人は驚いて目を見開いている。
「嘘はいけないなぁ、嘘は」
何故バレた、という俺の心情でも読み取ったのか、各務は面白い話でも聞かせるようにして俺に告げる。
「――お前、言葉が自然過ぎんだよ」
「…………」
「普通はな、俺みたいなヤバそうな奴相手に話すとき、どうなるか分かるか?」
そういって各務は、未だ事態を呑みこめていない3人に視線を向ける。
「コイツ等みたく、もっとビクビク怯えながら、顔色窺いながら、話すんだよ――なあ?」
問いかけられ、先ず真っ先に加瀬という大学生風の男が「ヒィっ!!」と情けない声を上げる。
他の二人も多かれ少なかれ当たっている部分があるからか、俯き加減になり各務と視線を合わせない。
そうか、俺は……。
「テメェは怯えが無さ過ぎた。本当のこと話してんなら、もっと俺に媚びる態度を見せるはずだ」
そこまで観察されるとは、俺もまだまだ修行が足りないらしい。
いや、何の修行だよ。
「だがそうじゃねえ、何か頭にこう、と決めて動いている――そんな奴だ」
「そうか、態度に出なさすぎて逆に怪しかったか」
俺は立ち上がり、動揺を見せないためにも相手の言葉に被せて行く。
あのまま何もせず「そんなバカな!?」と座ったままなのは一番の下策だ。
むしろこれは別にバレてもいいのだ。
そう思って自分の動揺を徹底的に押しとどめていく。
俺の行動の重点は、彼らを騙し切ることではない。
コイツ等の、とりわけ各務の関心を彼女から出来る限り反らし、時間を稼ぐこと。
何か一物腹に抱えてそうな奴が、隠れていたところから姿を出し、そうして自分たちは危うく騙されかけた――コイツ等がそんな考えを抱く状況を作れればそれでいいのである。
彼らの頭の中には、俺が隠れていたところにまだ誰かいるんじゃないか、そんな考えはもうない。
俺たちを騙そうとしたコイツは一体何者なのか、そしてコイツをこれからどうしてやろうか――彼らの頭の中は『俺』で占められているのだ。
いやぁ、モテる男は辛いねぇ。
「ああ……で、こんなことしたんだ」
各務は、今まで浮かべていた笑みを消す。
「――タダで済む、とは思ってないよな?」
「いやぁ、単なる一高校生のお茶目じゃないですかぁ。いい大人なら、それくらい笑って許してくださいよ」
あえて挑発的な物言いで応戦する。
これで少しでもイラっとしてくれるなら儲けものだ。
頭に血が上った相手の方がやり易い。
だがそれで各務に何か変化はなく、つまらなそうに顔を横に向けた。
「――おい、お前ら、コイツ殺せ」
各務は事態を見守っていた3人に向けて、無慈悲にそう言い放つ。
「なっ!?」
「か、各務君!? 本気かね!?」
「い、いくら何でも、に、人間を殺すなんて」
そんなことを言われるとは露程も思ってもいなかったらしい。
彼等は口々に各務に翻意を促す。
だが、それらを煩わしい虫でも打ち消すかのように、耳をつん裂く銃声がかき消した。
50代ほどの太った男がその大腿部を、各務に撃たれたのだ。
何で?――拳銃だ。
「がぁっ!? がぁぁぁぁ!!」
撃たれた男は痛みにのたうちまわっている。
「な!?」
「ヒッ!?」
各務は、まるでその悲鳴など耳に入っていないかのように、自らの懐から出した拳銃を撫でている。
「ほう……やっぱり本物の出来は違うな」
そうして何か面白いことでも起きたように、嬉しそうな声を上げた。
その視線は何もないはずの中空に向いている。
「おおっ、マジか。【人体破壊ボーナス】だってよ。こりゃソイツ殺せばそのボーナスもあるぜ。【経験値】稼ぎが捗るな」
「嘘……でしょ」
「か、各務君……」
俺は各務の言葉の意味することが何なのか、理解できずにいた。
残った二人は各務を、信じられないものでも目にしたかのように見つめていた。
各務は一通りの動作を終えた後、声を一段低くして、茫然としている二人に告げる。
「いい機会だな――これは踏絵だ。今後モンスターのうじゃうじゃいる世界で生きていくことになんだぞ?」
そうして、今度は彼らに向けて手にある拳銃を構える。
「――人一人殺せないような奴、俺ぁ、いらない」
――マズい。
まさかここまで過激な奴だったとは。
だが過激なだけならまだいい。
しかし、拳銃はヤバい。
先程の刃物と違って逃げようがない。
あの二人も、グズグズしていたら覚悟を決めて俺を殺そうとかかって来るだろう。
――今しかない。
本当は今すぐにでも足を翻して逃げ出したい気分で一杯だ。
でも、生き残ろうと思うのなら背を向けるよりも、まっすぐ突っ込むべきだと未だ頭の中に残る冷静な自分が強く主張していた。
相手が集団として揉めている、存続するかどうかの瀬戸際の今しかない、と。
俺は直ぐさま駆け出した。
狙いは――
「チッ!!」
突如駆け出した俺に狙われた各務は、それに気づいて舌打ちし、今までで初めてその表情から余裕を消す。
狙うなら、各務しかいない。
他の二人とやり合っても、その間に撃たれる。
この危険を脱するなら、その大本を叩くしかない!!
奴は二人に向けていた銃口を即座に俺に向ける。
そして引き金へかけた指へ、躊躇なく力を入れた。
俺はそれを回避――しない!!
「うおりゃぁぁ!!」
――俺はそこで痛みに悶えていたオッサンを拾って、力いっぱい引き上げ盾にした。
重いぃぃぃぃ!! 痩せろぉぉぉ!!
ファイトォォォ!!
いっ〇ぁぁつ!!
「なっ!?」
そもそも不意を突かれたこと、そしてこの戦況ではプレイヤーからは離脱していたオッサンが盾となって出現し、俺が視界から消えたことに動揺したのだろう。
放たれた銃弾はオッサンにも、そして俺にも当たることはなく後方地面のコンクリートを穿つにとどまった。
俺は盾を手放し、焦って混乱したのか、銃を捨てナイフに切り替えた各務目がけて駆ける。
そして素人ながらの渾身の力を振り絞って右腕を振りぬいた。
「だぁりゃぁぁぁ!!」
「クソがぁぁぁぁ!!」
拳は、奴の顎を見事に打ち抜いた。
が、それと引き換えに俺の左脇腹が燃えるように熱くなったかと思うと、直ぐに鋭い痛みが走る。
各務は2、3メートルほど後に飛ばされると、そのまま意識を失った。
クソっ、刺された。
いってぇぇぇぇ!!
遅れて右拳にも鈍い痺れが反動となって返って来た。
だが、それを気にする余裕もないくらい、脇腹から強い痛みが感じられた。
思わず膝をつき、痛みが暴れだした箇所を手で抑える。
痺れる右手を持って行ってみると、手のひらにドロっとした感触が。
うわっ、すっげぇ血が出てる。
これやべぇんじゃね?
痛いし、血はドバドバ出てるしで踏んだり蹴ったりだが、何とか問題の元凶と言える奴は倒せた。
何だか頭が急速に疲れたような気がしてきた。
何時間も勉強し続けて、漸く終わった後のあのじぃぃんと来る感じ。
<おめでとうございます。災厄後、【初の対人戦勝利者】です。ボーナスとして経験値が進呈されます>
<【精神成熟度】に応じて、獲得経験値に補正が入ります>
何かが頭の中に響くような声が聞えた気がした。
やべぇ。ついに幻聴まで聞えるよ。
これ、かなりヤバい状況なんじゃね?
俺は念のため、もう一度、各務の方に視線をやり、奴が未だ気絶していることを確認する。
それから俺は、脇腹を抑えながら、ゆっくりと歩きだした。
「やべぇ……とにかく、医者じゃなくてもいい、人の、大勢、いるところに――」
――何歩か足を進めた時、俺は押されるようにして倒れ込んだ。
受け身も捕れず、そのままコンクリートに強く体を打ちつける。
正面にじんわりとした痛みが広がった後、背中に、強い痛みが走っているのを感じた。
……あれ?
俺はゆっくりと首を後に回す。
「――あっ、あっ、あぁぁぁ!!」
――そこには、刃が埋まる位に深々と背に突き刺さった包丁と、その俺を茫然と見下ろしている加瀬がいた。
加瀬は、言葉にならない奇声を発したかと思うと、頭を抱えてその場から逃げ去った。
それを見た、残っていた魔法少女型のオッサンは、撃たれたオッサン、各務、俺を順に眺めて、加瀬のように駆けて行った。
俺は、それら一連のことをまるで他人事のように見ていた。
そして、じわじわと背中から、脇腹から血が広がって行くのを感じて、頭に自然とある考えが浮かんだ。
――ああ、これ、ダメだ、死んだ。
実感は全く湧かないのに、これから死ぬことだけは確信が出来た。
なんだろう、底の見えない落し穴に嵌ってしまった感覚だろうか。
いつ底に到達してグチャグチャになるかは全然わかんないんだけど、自分が死ぬことだけは、悟ってしまう、そんな感じか。
ああ、こういうことも、また、何か他人事みたいに考えてしまってる。
ヤバい、なんだか今度は眠くなって来た。
もう、ダメかな……。
「!?――……して!!」
何か、誰かが駆けて来るような音がした。
それで、何か……喋ってる?
「……がい!! ……をして!!」
ああ、もう、分からん……よく聞こえない。
もう、眠い……。
<おめでとうございます。災厄後、【一番最初の死者】になることが確定しました。ボーナスとして経験値が進呈されます>
また、脳内で幻聴が聞える。
なんだよ、一番最初って。死者って。
何がめでたいのか。
〈【精神成熟度】に応じて、獲得経験値に補正が入ります〉
俺の心の声など一切意に介さず、幻聴は語り続ける。
もう……駄目だ。
――ゴメン……。
誰に言ったのか、何に対しての言葉なのか、自分でもよく分らないその一言だけが胸に浮かび、そして、俺は重たくなった目を閉じた。
◇■◇■◇■
「お願い!! 目を開けて!!」
何か、声が聞える。
眠くて眠くて仕方がないのに。
「ねぇ!! まだ死んじゃダメ!! ねぇったら!!」
暗い、暗い、海の底に沈んでいた俺に、水面から差し込んできた光が届くように。
その声は、ゆっくりと、俺の中に届く。
「ぅぅ、ぅぅっ、ぁぁ」
声にならない呻き声が口から漏れる。
「ぁぁ!! よかった!! よかった!!」
うっすらと開いた目に、少し、視界が戻る。
そこには、涙を流しながらも、もう会えないと思っていた家族に再会できたかのような表情をした少女がいた。
その女の子は、確か、自分が時間を作った間に、自分の学園へと向かったはずだった。
「ぅぁぁ、ぇぇっ、ぁぁ」
何とか声を出そうとするも、息が吐き出されるだけで、言葉を形成しない。
俺は今、彼女の膝に頭を乗せて支えられていた。
「貴方のおかげで、同級生に逢えたの!! 走って戻ってた後!! 心配事は全部、彼女に伝えて任せて来た!!」
俺の疑問が通じたのか、彼女は経緯を語る。
「それで、貴方のことが、戻って来たら、銃声が聞こえて来て、そうしたら……」
ああ、なるほど……。
焦っているのか、言葉がいろいろ前後したりしているが、どうやら俺を心配して戻ってきてくれたらしい。
彼女は本当に優しい女性だったようだ。
そんなもん、放っとけばいいのに、わざわざ戻って来るなんて。
「ぁぁ、ぃぃぁぁ」
何とか目を開け、言葉を聞くことは出来るものの、どうしても言葉が紡げない。
もう痛くはないが、その代わり、肺に上手く空気が行っていないかのようにじんわりと苦しみが広がる。
もう、神経とかがダメなのかもしれない。
「貴方に、助けて貰った――今度は、私の番」
何とか重い目蓋を開けていると、その視界の中で、彼女が何かを決意したかのように一つ、頷いた。
<“オーナー”の「ホウオウジ リナ」から、【渡時士】 の契約申し込みがありました>
また、何か、頭の中に響くような声が聞えた。
彼女は手で俺の頭を持ち上げ、自分の顔に近づける。
<契約締結に必要な経験値……満たしています。契約しますか?>
「頷いてください。――貴方なら……このジョブ、上手く使って下さるでしょう」
俺はよく分らないままに、重い、重い首を縦に動かす。
そして、心で呟く。
Yesと。
その瞬間、自分と彼女を中心にして光る円が出現する。
それは、先ほど加瀬とオッサン二人が行っていた光景を写したようにソックリだった。
数秒後、光が収束する。
「……私を頼って下さい。そして、今あったこと全部、私に説明して下さい――最初は訝しむかもしれない、けれど、必ず、貴方の力になります」
光の眩しさに目を閉じてしまった。
もう一度開ける力は残っていない。
彼女が何か言っている気がするが、殆どが意味をなさず、流れて行ってしまう。
何かが顔に近づいた気配がした。
その後、何かが唇に、触れた――ような気がした。
「――少しでも、貴方の力になれば」
<【異性との口づけ】を経験しました。【精神成熟度】に応じて補正した経験値を獲得します>
何かが頭の中に響いたが、もうそれは俺の中で意味をなさない。
――そして俺の意識は、完全に闇の中へと落ちて行った。
■ ■ ■ ■ ■ ■
<所有者の“不可逆的意識の消失”を確認しました。【渡時士】のスキル“過去跳躍(リライティング)”を発動します>
聞く者を必要としない声は、無機質な機械のように自分に与えられた機能を淡々とこなす。
<【消費経験値】……クリア。【所有経験値】を消尽し、時間渡航を開始します>
声は真暗な、光など一切差し込む余地のない闇の中に響く。
<【消尽により獲得した渡航距離】算定……6時間。算定した時間が限界値を迎えました。限界値を渡航時間とみなします>
光をすべて吸いつくしてしまった、そんな空間に、ほんの粒子のような小さな小さな粒が、淡い青色を纏い、浮かび上がる。
<時間の跳躍を開始します>
その粒子は、ゆらゆらと浮遊しつづけ、やがて闇に飲み込まれたかのように一瞬にして消えてしまった。
<おめでとうございます。【死】を経験しました>
その後も、声は何ごとも無かったように与えられたプログラムを実行する。
<【精神成熟度】に応じて、経験値に補正が入ります>
ただ、そうあれと作られたように。
■ ■ ■ ■ ■
「嘘はいけないなぁ、嘘は」
何故バレた、という俺の心情でも読み取ったのか、各務は面白い話でも聞かせるようにして俺に告げる。
「――お前、言葉が自然過ぎんだよ」
「…………」
「普通はな、俺みたいなヤバそうな奴相手に話すとき、どうなるか分かるか?」
そういって各務は、未だ事態を呑みこめていない3人に視線を向ける。
「コイツ等みたく、もっとビクビク怯えながら、顔色窺いながら、話すんだよ――なあ?」
問いかけられ、先ず真っ先に加瀬という大学生風の男が「ヒィっ!!」と情けない声を上げる。
他の二人も多かれ少なかれ当たっている部分があるからか、俯き加減になり各務と視線を合わせない。
そうか、俺は……。
「テメェは怯えが無さ過ぎた。本当のこと話してんなら、もっと俺に媚びる態度を見せるはずだ」
そこまで観察されるとは、俺もまだまだ修行が足りないらしい。
いや、何の修行だよ。
「だがそうじゃねえ、何か頭にこう、と決めて動いている――そんな奴だ」
「そうか、態度に出なさすぎて逆に怪しかったか」
俺は立ち上がり、動揺を見せないためにも相手の言葉に被せて行く。
あのまま何もせず「そんなバカな!?」と座ったままなのは一番の下策だ。
むしろこれは別にバレてもいいのだ。
そう思って自分の動揺を徹底的に押しとどめていく。
俺の行動の重点は、彼らを騙し切ることではない。
コイツ等の、とりわけ各務の関心を彼女から出来る限り反らし、時間を稼ぐこと。
何か一物腹に抱えてそうな奴が、隠れていたところから姿を出し、そうして自分たちは危うく騙されかけた――コイツ等がそんな考えを抱く状況を作れればそれでいいのである。
彼らの頭の中には、俺が隠れていたところにまだ誰かいるんじゃないか、そんな考えはもうない。
俺たちを騙そうとしたコイツは一体何者なのか、そしてコイツをこれからどうしてやろうか――彼らの頭の中は『俺』で占められているのだ。
いやぁ、モテる男は辛いねぇ。
「ああ……で、こんなことしたんだ」
各務は、今まで浮かべていた笑みを消す。
「――タダで済む、とは思ってないよな?」
「いやぁ、単なる一高校生のお茶目じゃないですかぁ。いい大人なら、それくらい笑って許してくださいよ」
あえて挑発的な物言いで応戦する。
これで少しでもイラっとしてくれるなら儲けものだ。
頭に血が上った相手の方がやり易い。
だがそれで各務に何か変化はなく、つまらなそうに顔を横に向けた。
「――おい、お前ら、コイツ殺せ」
各務は事態を見守っていた3人に向けて、無慈悲にそう言い放つ。
「なっ!?」
「か、各務君!? 本気かね!?」
「い、いくら何でも、に、人間を殺すなんて」
そんなことを言われるとは露程も思ってもいなかったらしい。
彼等は口々に各務に翻意を促す。
だが、それらを煩わしい虫でも打ち消すかのように、耳をつん裂く銃声がかき消した。
50代ほどの太った男がその大腿部を、各務に撃たれたのだ。
何で?――拳銃だ。
「がぁっ!? がぁぁぁぁ!!」
撃たれた男は痛みにのたうちまわっている。
「な!?」
「ヒッ!?」
各務は、まるでその悲鳴など耳に入っていないかのように、自らの懐から出した拳銃を撫でている。
「ほう……やっぱり本物の出来は違うな」
そうして何か面白いことでも起きたように、嬉しそうな声を上げた。
その視線は何もないはずの中空に向いている。
「おおっ、マジか。【人体破壊ボーナス】だってよ。こりゃソイツ殺せばそのボーナスもあるぜ。【経験値】稼ぎが捗るな」
「嘘……でしょ」
「か、各務君……」
俺は各務の言葉の意味することが何なのか、理解できずにいた。
残った二人は各務を、信じられないものでも目にしたかのように見つめていた。
各務は一通りの動作を終えた後、声を一段低くして、茫然としている二人に告げる。
「いい機会だな――これは踏絵だ。今後モンスターのうじゃうじゃいる世界で生きていくことになんだぞ?」
そうして、今度は彼らに向けて手にある拳銃を構える。
「――人一人殺せないような奴、俺ぁ、いらない」
――マズい。
まさかここまで過激な奴だったとは。
だが過激なだけならまだいい。
しかし、拳銃はヤバい。
先程の刃物と違って逃げようがない。
あの二人も、グズグズしていたら覚悟を決めて俺を殺そうとかかって来るだろう。
――今しかない。
本当は今すぐにでも足を翻して逃げ出したい気分で一杯だ。
でも、生き残ろうと思うのなら背を向けるよりも、まっすぐ突っ込むべきだと未だ頭の中に残る冷静な自分が強く主張していた。
相手が集団として揉めている、存続するかどうかの瀬戸際の今しかない、と。
俺は直ぐさま駆け出した。
狙いは――
「チッ!!」
突如駆け出した俺に狙われた各務は、それに気づいて舌打ちし、今までで初めてその表情から余裕を消す。
狙うなら、各務しかいない。
他の二人とやり合っても、その間に撃たれる。
この危険を脱するなら、その大本を叩くしかない!!
奴は二人に向けていた銃口を即座に俺に向ける。
そして引き金へかけた指へ、躊躇なく力を入れた。
俺はそれを回避――しない!!
「うおりゃぁぁ!!」
――俺はそこで痛みに悶えていたオッサンを拾って、力いっぱい引き上げ盾にした。
重いぃぃぃぃ!! 痩せろぉぉぉ!!
ファイトォォォ!!
いっ〇ぁぁつ!!
「なっ!?」
そもそも不意を突かれたこと、そしてこの戦況ではプレイヤーからは離脱していたオッサンが盾となって出現し、俺が視界から消えたことに動揺したのだろう。
放たれた銃弾はオッサンにも、そして俺にも当たることはなく後方地面のコンクリートを穿つにとどまった。
俺は盾を手放し、焦って混乱したのか、銃を捨てナイフに切り替えた各務目がけて駆ける。
そして素人ながらの渾身の力を振り絞って右腕を振りぬいた。
「だぁりゃぁぁぁ!!」
「クソがぁぁぁぁ!!」
拳は、奴の顎を見事に打ち抜いた。
が、それと引き換えに俺の左脇腹が燃えるように熱くなったかと思うと、直ぐに鋭い痛みが走る。
各務は2、3メートルほど後に飛ばされると、そのまま意識を失った。
クソっ、刺された。
いってぇぇぇぇ!!
遅れて右拳にも鈍い痺れが反動となって返って来た。
だが、それを気にする余裕もないくらい、脇腹から強い痛みが感じられた。
思わず膝をつき、痛みが暴れだした箇所を手で抑える。
痺れる右手を持って行ってみると、手のひらにドロっとした感触が。
うわっ、すっげぇ血が出てる。
これやべぇんじゃね?
痛いし、血はドバドバ出てるしで踏んだり蹴ったりだが、何とか問題の元凶と言える奴は倒せた。
何だか頭が急速に疲れたような気がしてきた。
何時間も勉強し続けて、漸く終わった後のあのじぃぃんと来る感じ。
<おめでとうございます。災厄後、【初の対人戦勝利者】です。ボーナスとして経験値が進呈されます>
<【精神成熟度】に応じて、獲得経験値に補正が入ります>
何かが頭の中に響くような声が聞えた気がした。
やべぇ。ついに幻聴まで聞えるよ。
これ、かなりヤバい状況なんじゃね?
俺は念のため、もう一度、各務の方に視線をやり、奴が未だ気絶していることを確認する。
それから俺は、脇腹を抑えながら、ゆっくりと歩きだした。
「やべぇ……とにかく、医者じゃなくてもいい、人の、大勢、いるところに――」
――何歩か足を進めた時、俺は押されるようにして倒れ込んだ。
受け身も捕れず、そのままコンクリートに強く体を打ちつける。
正面にじんわりとした痛みが広がった後、背中に、強い痛みが走っているのを感じた。
……あれ?
俺はゆっくりと首を後に回す。
「――あっ、あっ、あぁぁぁ!!」
――そこには、刃が埋まる位に深々と背に突き刺さった包丁と、その俺を茫然と見下ろしている加瀬がいた。
加瀬は、言葉にならない奇声を発したかと思うと、頭を抱えてその場から逃げ去った。
それを見た、残っていた魔法少女型のオッサンは、撃たれたオッサン、各務、俺を順に眺めて、加瀬のように駆けて行った。
俺は、それら一連のことをまるで他人事のように見ていた。
そして、じわじわと背中から、脇腹から血が広がって行くのを感じて、頭に自然とある考えが浮かんだ。
――ああ、これ、ダメだ、死んだ。
実感は全く湧かないのに、これから死ぬことだけは確信が出来た。
なんだろう、底の見えない落し穴に嵌ってしまった感覚だろうか。
いつ底に到達してグチャグチャになるかは全然わかんないんだけど、自分が死ぬことだけは、悟ってしまう、そんな感じか。
ああ、こういうことも、また、何か他人事みたいに考えてしまってる。
ヤバい、なんだか今度は眠くなって来た。
もう、ダメかな……。
「!?――……して!!」
何か、誰かが駆けて来るような音がした。
それで、何か……喋ってる?
「……がい!! ……をして!!」
ああ、もう、分からん……よく聞こえない。
もう、眠い……。
<おめでとうございます。災厄後、【一番最初の死者】になることが確定しました。ボーナスとして経験値が進呈されます>
また、脳内で幻聴が聞える。
なんだよ、一番最初って。死者って。
何がめでたいのか。
〈【精神成熟度】に応じて、獲得経験値に補正が入ります〉
俺の心の声など一切意に介さず、幻聴は語り続ける。
もう……駄目だ。
――ゴメン……。
誰に言ったのか、何に対しての言葉なのか、自分でもよく分らないその一言だけが胸に浮かび、そして、俺は重たくなった目を閉じた。
◇■◇■◇■
「お願い!! 目を開けて!!」
何か、声が聞える。
眠くて眠くて仕方がないのに。
「ねぇ!! まだ死んじゃダメ!! ねぇったら!!」
暗い、暗い、海の底に沈んでいた俺に、水面から差し込んできた光が届くように。
その声は、ゆっくりと、俺の中に届く。
「ぅぅ、ぅぅっ、ぁぁ」
声にならない呻き声が口から漏れる。
「ぁぁ!! よかった!! よかった!!」
うっすらと開いた目に、少し、視界が戻る。
そこには、涙を流しながらも、もう会えないと思っていた家族に再会できたかのような表情をした少女がいた。
その女の子は、確か、自分が時間を作った間に、自分の学園へと向かったはずだった。
「ぅぁぁ、ぇぇっ、ぁぁ」
何とか声を出そうとするも、息が吐き出されるだけで、言葉を形成しない。
俺は今、彼女の膝に頭を乗せて支えられていた。
「貴方のおかげで、同級生に逢えたの!! 走って戻ってた後!! 心配事は全部、彼女に伝えて任せて来た!!」
俺の疑問が通じたのか、彼女は経緯を語る。
「それで、貴方のことが、戻って来たら、銃声が聞こえて来て、そうしたら……」
ああ、なるほど……。
焦っているのか、言葉がいろいろ前後したりしているが、どうやら俺を心配して戻ってきてくれたらしい。
彼女は本当に優しい女性だったようだ。
そんなもん、放っとけばいいのに、わざわざ戻って来るなんて。
「ぁぁ、ぃぃぁぁ」
何とか目を開け、言葉を聞くことは出来るものの、どうしても言葉が紡げない。
もう痛くはないが、その代わり、肺に上手く空気が行っていないかのようにじんわりと苦しみが広がる。
もう、神経とかがダメなのかもしれない。
「貴方に、助けて貰った――今度は、私の番」
何とか重い目蓋を開けていると、その視界の中で、彼女が何かを決意したかのように一つ、頷いた。
<“オーナー”の「ホウオウジ リナ」から、【渡時士】 の契約申し込みがありました>
また、何か、頭の中に響くような声が聞えた。
彼女は手で俺の頭を持ち上げ、自分の顔に近づける。
<契約締結に必要な経験値……満たしています。契約しますか?>
「頷いてください。――貴方なら……このジョブ、上手く使って下さるでしょう」
俺はよく分らないままに、重い、重い首を縦に動かす。
そして、心で呟く。
Yesと。
その瞬間、自分と彼女を中心にして光る円が出現する。
それは、先ほど加瀬とオッサン二人が行っていた光景を写したようにソックリだった。
数秒後、光が収束する。
「……私を頼って下さい。そして、今あったこと全部、私に説明して下さい――最初は訝しむかもしれない、けれど、必ず、貴方の力になります」
光の眩しさに目を閉じてしまった。
もう一度開ける力は残っていない。
彼女が何か言っている気がするが、殆どが意味をなさず、流れて行ってしまう。
何かが顔に近づいた気配がした。
その後、何かが唇に、触れた――ような気がした。
「――少しでも、貴方の力になれば」
<【異性との口づけ】を経験しました。【精神成熟度】に応じて補正した経験値を獲得します>
何かが頭の中に響いたが、もうそれは俺の中で意味をなさない。
――そして俺の意識は、完全に闇の中へと落ちて行った。
■ ■ ■ ■ ■ ■
<所有者の“不可逆的意識の消失”を確認しました。【渡時士】のスキル“過去跳躍(リライティング)”を発動します>
聞く者を必要としない声は、無機質な機械のように自分に与えられた機能を淡々とこなす。
<【消費経験値】……クリア。【所有経験値】を消尽し、時間渡航を開始します>
声は真暗な、光など一切差し込む余地のない闇の中に響く。
<【消尽により獲得した渡航距離】算定……6時間。算定した時間が限界値を迎えました。限界値を渡航時間とみなします>
光をすべて吸いつくしてしまった、そんな空間に、ほんの粒子のような小さな小さな粒が、淡い青色を纏い、浮かび上がる。
<時間の跳躍を開始します>
その粒子は、ゆらゆらと浮遊しつづけ、やがて闇に飲み込まれたかのように一瞬にして消えてしまった。
<おめでとうございます。【死】を経験しました>
その後も、声は何ごとも無かったように与えられたプログラムを実行する。
<【精神成熟度】に応じて、経験値に補正が入ります>
ただ、そうあれと作られたように。
■ ■ ■ ■ ■
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