ボッチが駆使する過去と未来、彼女らが求める彼との未来〜ゲーム化した世界では、時間跳躍するのが結局はハーレムに近いようです〜
序章8
「……行きな」
「……え?」
彼女は一瞬何を言われたのか分らないと言った様子で聞き返した。
「学園へ、戻るんだろ? ――俺が出たら、状況を見て行け」
俺が言葉を継ぎ足すと、数秒後、彼女の表情に理解の色が広がる。
それと同時に困惑が。
「な、なんで――」
理由なんて聞かんでくれ。
あれだよ、一度は言ってみたいセリフランキングで常に上位に位置する『ここは俺に任せて先に行け!!』だから。
「あれに追われてんだろ?」
中腰でいる俺は、顎だけ壁の向うを差す。
「そ、それは…………」
事実を突かれたからか、彼女は言い淀む。
「俺はあいつ等とは、はじめましてだ。現実がこんな状況になったんだから、話すだけでも色々と時間は稼げる」
「で、でも、それはあなたが力を貸してくれる理由には……」
こうして彼女が今も悩んでいること自体が、俺が協力する理由の一つになる。
これが『あら、そう、ならお願いね!』とあっさり言われたら流石に俺も翻意したかもしれない。
しかし、今にも駆け出して行きたい筈なのに、無関係な俺を巻き込むことを躊躇っている。
そういう良心の呵責がある人物ということだ。
これは別にこの少女に感謝されたい、とか、恩に着せたいとかそういうことではない。
――例えどれだけ鏡に映った自分の姿が可笑しかろうと、周りからは蔑まれようと、これは俺がやると決めたことなのだ。
何かの本か、あるいはゲームで見たセリフが、頭の中に蘇る。
もう元のソースが何だったかは思い出せないながらも、その言葉だけは、自分を奮い立たせる。
薄く身にまとった言葉の鎧は、しかし、体をずいぶんと軽くしてくれた。
やる、それで今はいい。
だが一方で、彼女は納得しないだろう。
俺も、何の理由も無しに力を合わせて頑張ろう、とかぬかす頭お花畑を信用しないしな。
だから、理由を作る。
「――なら、名前を聞きたい」
下心から助けるのだ、力を貸すのは打算的な理由からくるのだ――そうわかった方が、人はむしろ信用できる生き物だ。
「へ?」
思ってもみなかったのだろう、彼女のそれは息を漏らすだけのような言葉になった。
「困ってる女の子に力を貸せるのは、むしろ男にとってはラッキーくらいな受け止めだから」
一応嘘は言っていない。
ただでさえ服は傷だらけ、下着は未装着。
そんな少女を、見捨てるのは流石に忍びない。
……これを機に、下着はキチンと履いてください。
俺は「それに……」と言葉を続ける。
「俺、友達いないから。可愛い女の子の名前とか直接教えてもらえたら、ちょー嬉しいんだけど」
ウェーイ系の人々ってこんなんだろうか。
棒読みになってないかが心配になる。
何だか自分で言ってて歯が浮きそうになった。
背中に鳥肌がゾワッてしたし。
顔や心がイケメンの奴はもっと自然に言うのかもしれない。
イケメン、凄い。
でもこんなセリフ息をするように吐くなんて、黒歴史を量産するようなものだ。
枕に顔を埋めてう~う~唸り転げる未来が目に浮かぶ。
……俺イケメンじゃなくていいや。
後、できれば、『普通の』可愛い女の子であって欲しかったが。
防具を取り払うスリルを味わいたい――そんなストレスを抱えているのなら、先生か友達に相談しましょう。
「か、可愛い!? ――えっと、あの……」
一方、言われた側の少女はと言うと、少し頬を赤らめてどう答えていいか悩んでいる様子。
こういうところでもこの子の育ちの良さがうかがえる。
きっとイラっと来たり、心の中では「うっわ、コイツ、キモっ!」とか思われてるのかもしれない。
だがそれを直接口にすることは憚られるから、何か柔らかな表現になる言葉を探しているのだろう。
そうやって俺のことを慮ってくれるのなら、適当に返して下さいな。
その方が報われます。
後、俺がキモイかどうかは関係なく、下着はキチンと履いてください。
だが、俺もとことん策士だな。
こうすることで俺は彼女と一定の線引きを可能にし、彼女も自分の目的を果たすことが出来る。
ふふっ、自分の智謀が改めて怖ろしいぜ。
誰かこの湧き出る可能性の泉を枯らしてみてはくれまいか!
「ほ、鳳凰寺――」
「え?」
今度は俺が驚く番だった。
「鳳凰寺璃奈、です」
どこかまだ困惑した色をその顔に残しながらも、恥ずかしそうに俺とは目を合せず、彼女はそう告げた。
ほ、本当に教えてもらえるとは……。
だが、これで一応形は整えた。
――俺は意を決し、一呼吸入れる。
「そうか……綺麗な、名前だな」
どうせもう会うこともない。キモがられたところでどうってことないのだ。
率直な感想だけ言葉にし、俺は最後の確認をする。
塀の先では、まだ奴らはその場で固まっていた。
先ほど、1体のゴブリンが新たに現れても、苦も無く対処していた。
そしてその際、各務だけは一匹の蟻も逃さないといった様子で周囲を観察しているのだ。
俺は足音を出来るだけ立たせないように慎重に歩を進める。
そして、後ろは振り返らずに、声を張り上げた。
その時「どうか、無事で――」と聞えたような気がしたが、それが事実かどうか、もう確認できない。
◇■◇■◇■
「――それなら、自分が役に立てると思いますよ?」
突然、塀の裏から現れて、そんなことを告げる俺に対し、4人の男達は大なり小なり驚いた様子を見せる。
ただ、その中でも各務という男だけは、眉を寄せて、それからポケットに入れていた手を抜いた、その程度だった。
「ああん? なんだ、テメェは?」
いかにも訝しんでいると言った様子で、その各務は俺を睨みつけた。
うへぇ。
こっわ。
「ああん?」って、ヤンキーじゃねえんだから。
いや、ヤンキーかもしれないが。
俺は害はないとアピールするかのように両手を上げ、顔に笑顔を張り付ける。
「俺、ゴブリンに襲われて、怖くなって今までそこに隠れてたんですよ」
俺は一度だけ視線を隠れていた塀に向けた後、すぐにそれを戻す。
「……それで?」
他の3人を代表してか、各務が話の先を促す。
――かかった!!
「そうしたら、皆さんの話声が聞こえて。もしかしたら、自分が見かけた女のことを話してるんじゃないかと思って、出て来ました」
「ほう?」
どうやら興味を示したようだ。
そう、俺の話は今まで一応嘘はない。
だが、真実を話しているわけでもない。
嘘を吐くときは、真実のなかに嘘を紛れ込ませる。
木を隠すなら森の中的なノリだ。
人間、自分の話していることが嘘であると自覚してしまうと、自然そのうしろめたさから目の動きや言葉の微妙な上ずりなどに出てしまう。
だが、この方法だと別に完全な嘘だとは言えないのでうしろめたさが無く、堂々として居られるのだ!!
ヤバい、今気づいたが、俺詐欺師の適正あるかも。
ライ〇ーゲームでは調子に乗ってカモられそうだが。
「その女、もしかしてボロボロになった白薔薇学園の制服着た女子高生じゃ、ありませんでしたか?」
「!! ――おお、そうだ、その通りだ」
各務を始め、男たちが食いつく。
明らかに当たりのくじを引いたというように目の色を変えた。
「――それで、その女は?」
先を促され、俺は指さす。
「あっちの方に、逃げて行きましたよ?」
――俺や彼女が逃げ込んできた方向とは、真反対に。
「ほう!! そうか……」
「各務君!! 早く追いかけよう!!」
「そうです各務さん!! その女が高校生なら、学園に戻られると厄介です!!」
周りの3人は口々に俺が指さした方を向いて、各務を急かすように話す。
まるで、俺の言ったことが既に当然の前提であるかのように。
「そうか……女はそっちに逃げたんだな?」
各務は、最後の確認を、ということなのか、俺と目を合わせて、そう一言。
「はい」
俺は出来るだけこの場から離れようと、彼らを先導すべく前へ出る。
「急いだほうがいいかもしれません!! もう見かけたときから時間が……」
「行こう!! 各務君!!」
「行きましょう各務さん!!」
俺の後に続くようにして、男達3人は歩を進めた。
それを見て、各務もようやくその足を踏み出した。
よし、これで――ッ!?
――何か背筋がゾクりとした。
その感覚に目だけを後に向けた。
そこには――キラリと紫の色に閃いた刃物が迫っていた。
俺は何も考えずに目の前に飛んだ。
上手く受け身を取れずに肘を擦りむけてしまう。
しかし、そんなことは今はどうだってよかった。
急いで体を起こして、その正体を確認する。
「――ヒュ~。やるなぁ、テメェ。今のを良く避けたもんだ」
――その手にナイフを持った、各務がいた。
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