ボッチが駆使する過去と未来、彼女らが求める彼との未来〜ゲーム化した世界では、時間跳躍するのが結局はハーレムに近いようです〜

歩谷健介

序章5


 ゴブリンは半ば躍り出るようにしてナイフを俺に振るって来た。

「くっそ、ちょ、まっ!?」

 俺は半ば無意識的に手に提げていた通学鞄をフルスイングする。

「グィェエ!?」

 それはバフッという鈍い音を立てて、襲い掛かろうとしたゴブリンの小さな頭にクリーンヒットする。
 だが、見た目に対して、当たった際の手ごたえは一切なかった。

 いや、正確に言うと、本来ならバスケットボールを殴りつけたくらいの衝撃が手に来るだろうと思った。
 しかし、今手には鈍い痺れが走っている。
 壁か何かを金属バットで叩いたような、そんなじんわりと来る。

 それは何だか、ゴブリンそのものの固さ、というよりは、本当に壁でもぶん殴ったのではないかとさえ思われ、脳が若干混乱している。


「グィグィィ!?」

 一方殴られた当のゴブリンはと言えば、こちらもこちらでダメージは一切なさそうだが、不思議なことでも起こったというように動きを止めて首を傾げていた。

 そのおかげで、俺も一瞬落ち着く暇が出来た。

「ふぅぅぅ――」

 やべぇ。
 心臓の鼓動が速くなっているのが伝わって来る。

 よく分らない状況とは言え、自分に向けて刃を振るわれた――その事実に頭に血が上って来る。
 怒りとか恐怖とかとはまた別の、名付けようがない暴れるような衝動が自分の中を駆け巡る。

 それを何とか落ち着けるために、この一瞬の時間はとても貴重なものだった。

 やっぱり頭が落ち着いているのと、体を実際に動かせるかどうかは別だな。
 カウンターこそ決まった(ダメージがあるかどうかは別だが)ものの、自分の想像以上に相手の動きが速い。

 何が起きてるのか未だにさっぱりわからんが、これはゴブリンだからと舐めてかかったらダメだな。
 創作上では物語の主人公たちが苦も無くバッサバッサとゴブリンを倒していくから、あんまり強そうなイメージはないが。

 目の前にいるコイツは今の攻防に自分なりの理解を得たのか、再びナイフを構えて俺に襲い掛かろうとしている。
 なるほど……やはり体格差とかは考えず俺を殺そうとしているらしい。
 上等だよ。そこまでの覚悟があるなら俺もそれ相応の対応を取らせてもらう。

 後悔……すんなよ?
 俺は――

「ふん!!」
「ギィキィャァ!?」

 先ほど100円で購入した『人との上手な付き合い方 実践編』を奴の顔目がけて投げつける。
 ゴブリンにぶつかる直前、一瞬だけ透明な膜状のものが見えた気がしたがそんなもん気にしない。
 そして即座に回れ右して駆けだした。

 ――逃げる!!

 200頁前後の厚みの本をゴブリンはわざわざ臨戦態勢を持って払い落としていた。

 ――だが、それがどうしたことでしょう!
 額に冷や汗をかいて自分の命を狙われたことにショックを受けていた匠は、最早その場にはいなかったのです。

 匠は今にも命のやり取りが行われる、そんな緊迫した雰囲気には似つかわしくない、逃亡を選んだのです。
 争いは何も生まない、それより本でも読んで落ち着いたらどうか――そんな和のおもてなしの心溢れるニクい演出をしたのでした。

 自分の命が大事だという自然の摂理を、ここまで鮮やかに表現した匠の腕には脱帽せざるを得ません。
 これぞ、(逃げるための)空間(確保)の魔術師!!

 劇的!! ビフォーア〇ター!!



 よっし!!
 ゴブリンが律儀に本を防いでいた間に随分と距離を稼ぐことが出来たぜ。
『人との上手な付き合い方 実践編』もきちんと実践して役立ってくれた。
 不審者とはまともに付き合わない、うむ、上手な付き合い方だ!

 ふっふっふ、バカめ、誰がこんなよく分らん状況でわざわざ相手をするか。
 もっと『ぼく、悪いゴブリンじゃないよ!!』とか言ってれば俺も油断して殺されたかもしれないのに。

 俺はちゃんと下手に出て日本語通じますか、とシグナルを送ったじゃないか。
 なのに普通に「獲物だぜひゃっはぁー!」と俺を殺そうとするし。

 だから『奴らはバカだが間抜けじゃない』という適正評価をされて俺みたいな三下に警戒されるんだ。

 ……決して自分の清々しいまでの逃げっぷりから目を逸らしてる、とかじゃないよ?
 ぼ、ぼく、悪い雑魚じゃないよ!?

 ……いや、じゃあ良い雑魚ってなんだよ。





 ――さて、速度を緩めずに後ろを盗み見る。
 それまでに2度角を曲がっていたこともあって、追いかけてきていたゴブリンの姿は既にない。
 一応警戒を緩めずに軽く呼吸とペースを整える。

「ふぅぅぅぅ――」  

 一先ず危機的状況は脱したと言ってもいいだろう。
 それにしても一体どうしたことだろう。

「周りは……大丈夫か」

 あれ、やっぱりゴブリン、だよな……。
 何がどうなっているのか、さっぱり分らない。

 いきなり空が光って、一面紫色になったと思ったら、モンスター出現である。
 俺が錯乱して幻覚を見ている、とかではないと思う。
 一応攻撃? はあたってたし。
 だが、鞄での一撃も、本がぶつかったときも、なんだかよく分らない壁のようなものに阻まれた、そんな感触があった。

 普段の生活では決して感じない、それこそ物理法則を無視したかのような。

 こんなの小説の中だけの話じゃないのかよ……。

「マジで何なの……――っ!?」

「……キシャァ」

 今一度狭い路地の角を曲がった瞬間、視界に入ったのはまたしても汚い雑巾のような体色をしたゴブリンであった。

 だがさっきのとは別個体らしく、布が上だけでなく下にも着用されている。
 奴は俺が入って来た方とは真反対を向いており、幸運にも気づかれていなかった。
 距離も10mは離れているだろう。

 すかさず周囲に目を配ると、錆びた鉄の門が頼りなく開け放たれている家があった。
 そこは他の立ち並ぶ家々同様に石垣にて囲まれており、一時的に身を隠すには絶好の場所と言えた。

 緊急事態である。
 家主の方には申し訳ないが、隠れさせてもらおう。

「…………」

 俺は出来るだけ足音を立てずに身を滑り込ませる。
 ここで変に体をぶつけて発見される、なんてことにはならず。

「……シャカャァァウ」 

 ふぅぅ。
 バレてないようだ。

 俺は石垣の1m辺りにある菱形の空洞から様子を見る。 
 ふむ、ゴブリン、だな。


 ――やはり今起こっていることは、俺の幻覚や妄想の類ではないらしい。

 俺の少ない知恵を総動員して今起こっている現状を整理する。
 突然空が光ったかと思ったら、その空の色が変っていて、そうしてモンスターが現れている。

 未だゴブリン2匹としか遭遇していない。だから断定的な言い方は避ける必要がある。

 しかし、これは、創作なんかである現実世界にモンスターが突如現れる、というやつではないか?
 今俺はゴブリンしか見ていないが、もしかするともうすでにスライムやらオークやらの有名どころがこの世界に出現してたりして。

「……大丈夫、だな」

 思考を働かせながらも警戒は怠らない。
 ゴブリンに特に動きはない。何故か眠そうにあくびをかいている。

 
 そうして人類はどんどん駆逐され、滅亡に近づいていく。そんな中主人公的な奴がチートな能力をゲットして敵を薙ぎ払い、いつしか英雄と呼ばれるまでに。人類は救われたのだった。

 ――もしそうだとしたら、それはそれでいいんだが、これ、俺はどうしたらいいんだろう。
 まだ俺の妄想幻覚だったという方が救いがある。

 いや、その後長い間白衣の人々のお世話になることは確定だろうが、命を脅かされる心配は限りなく低い。
 だが、もし現実世界が突如モンスターらに脅かされる、としたら、最初に消えて行くのは物理的弱者だ。

 俺は恐らくそのカテゴリーに入ってしまう。
 助けを求めるにしても、そんな相手は俺にはいない。 

 待つのは死のみ、である。

「…………」

 それは、なぁ。
 積極的に何か生きたい理由や希望があるわけではない。
 日々惰性で過ごしているゾンビのようなものだ。

 でも、だからと言ってじゃあ死にたいのか、と言われればそれは否である。
 ……じゃあ、まあ、やることは一応決まったと言える。

 方針は死なないよう動くこと。
 今の事態を把握して、とりあえず生きられるよう動こう。
 状況次第では臨機応変に、方針転換もありで。

 何とも消極的な考えだが、今はそれでいいじゃないか。
 何も決まらず延々と悩み続ける方が決断が遅くなる。


 ほんじゃあ、まあ、そういうことで。

 先ずは、あのゴブリンがいなくなった後か、それか隙をつくなりして市街地に逃げよう。
 他の人を探して情報を得ないと――っと!?

 誰かが駆けて来る足音に合わせて息を切らす声を耳にし、俺は反射的にうつ伏せになる。


「はぁ、はぁ、はぁ――っ!?」


 伏せた顔の先にちょうどブロックが一つ欠けている場所が来ていたので様子を見守ることに。
 俺は息を潜めつつ何事かと目を凝らす。

 …………は?

 間抜けにも、俺はその時ポカンと口を開けて数秒の間見とれてしまっていた。

 ――そこにいたのは、この場にいるのが場違いとも思えるほど華憐な容姿をした少女だった。

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