ボッチが駆使する過去と未来、彼女らが求める彼との未来〜ゲーム化した世界では、時間跳躍するのが結局はハーレムに近いようです〜

歩谷健介

序章3

 別に、先生の発言そのものが何か不快だったとか、そういうことじゃない。
 むしろ、その背後にある真意を感じ取ってしまったからだ。



 表面ではこうしてお茶らけた様な言い方をしているが、おそらく先生は俺のためと考えてこの使いの役を俺に振ったのだろう。

 誰かから虐められているとかクラスで積極的に距離を置かれているとか、そういうことはない。
 既にこのクラスになって半年以上経つ。なのに俺はクラスどころか、学校内へと範囲を広げても特に誰とも親しい関係を築かず、常に独りでいる。

 
 箱峰先生は、学校内でも特に人気の高い聖川と接点を持たせる機会を作ることで、その状況を打開しようと思ってるのだろう。

 聖川は容姿端麗、成績もよく、誰に対しても分け隔てなく接する人格者である。
 なので生徒間のみだけでなく教師陣からの覚えもいい。
 今日授業中に幼馴染と学校から抜け出したというイレギュラーこそ起こったものの、その基本は変わらない。

 そんな彼女が、自分の不始末から荷物やプリントを届けられたとしたら、その人物に感謝し、好感を覚えこそすれ、否定的な評価を浮かべることはないに違いない。
 なので恐らく、俺が引き受ければその考えから大きく逸れることにはならないだろう。

 そうして次の日、教室では彼女から感謝の一言なり世間話を振られる、なんてこともあるかもしれない。
 クラスで中心的人物である彼女と小さいながらもつながりを得た俺は、それをきっかけとしてクラスに馴染んで、実りある学園生活を送って行く……。



 ――そんな俺の表情は、笑顔だが、どこかがおかしくて。



『――みんな、仲良くしましょうね? みんな同じクラスの、同じ仲間なんですから』

 遠い昔の記憶が色褪せた写真を映し出すかのように、脳内でフラッシュバックする。

『ほら、皆も仲良くしてくれるから、ね? 火渡君も、勇気をもって、一歩踏み出してみようか、ね?』 

 その若い女性教師は、ズレた子供に言い聞かせるようにして笑みを浮かべて。
 彼女の後にいる小学生たちは、皆笑みを浮かべている。
 少年からは、彼らのその笑顔はどこか歪で、張り付いた仮面のように見えて。

『皆は、ほらっ、一歩踏み出したんだよ? 火渡君が踏み出さないと進めない――』



「――あの、すいません、言いそびれたんですが、今日は予定があるんです」



 脳内で光景全てが映し出される前に、俺は自分でも意識しない内にその言葉を発していた。

「この後、随分歩かないといけないんですけど離れたところにある古本屋によって、前から欲しかった本を探すつもりだったんです」 

 かなり早口になってしまったが、一息で言い切った。
 先生はその反応に驚いたのか、一瞬目を見開く。
 そして一呼吸おいて、柔らかい笑みを浮かべる。

「そうか、予定があったのか」

「はい、すいません、最初に言い出せなくて」

 嘘だ。
 予定などあろうはずがない。
 今この瞬間に考えて作ったものだ。

 おそらく俺の声音や仕草からそんな嘘も、なんとなくは察しているであろう。
 にも関わらず、先生はそれを追及するでもなく、俺を気遣うような笑みを浮かべたまま一つ頷く。

「いや、こちらもちゃんと確認してから君に尋ねるべきだった。すまない」

「いえ、俺も、ほんと、すいません」

「気にしないでくれ。……君がちゃんと考えて、断ってくれたんなら何も言うことはないさ」

 そんなんじゃない、自分はそんなに出来た人間じゃない。
 だが先生はそれでも俺に配慮したような言葉をかけてくれる。
 ……そのことがむしろ、申し訳なかった。

「聖川の件は、他を当ってみることにするよ。なに、配達先は聖川だからな。誰かしら捕まるだろう」

「……そうですか」

「ああ」

「……じゃあ、俺はこれで、失礼します」

「火渡」

 辞そうとした直前、先生に呼び止められる。

「その、な……私のことは気にしなくていいが――誰か、目の前で困った人がいたら助けてあげてくれ」

 何を意図してそんなことを言ったのかは分からなかったが、先生のそれは茶化すような声音・雰囲気ではなかった。
 どこかこれだけは頼む、というような真摯さが感じられた。

「は、はぁ……わかりました」

「君の出来ることは決して少なくない。君の力を必要とする人は、必ずいるはずだから」

「…………」

 先生はまだ何か少し言いたいことがありそうな表情をしていたが、この場から早く離れたかった俺は、最後の言葉には返答せずに職員室を辞した。


◇■◇■◇■


 あの後は速攻で学校を後にした。 
 すぐにでも学校から離れたかったから。

 どこに向っているかなど考えず、とにかく学校から離れるべくかなり歩いた。
 そこでふと脳内での自己嫌悪ループから立ち直った折り、ふと顔を上げる。

「……ここは」 

 本当に随分と歩いたようだ。
 普段はあまり見ないものの、一応記憶にある道に出ていた。

 人通りがそれほどない閑静な住宅街の狭い路地。
 通学に使う駅とは真反対である。

「嘘を嘘のまましておく、というのもな」

 この道をもう少し歩いて幾つか角を曲がると、話題に使ったその古本屋があるのだ。
 そう、一応あれは実在する店のことを話にあげたのである。
 その店に寄る予定がある、というのは嘘だけど。

 咄嗟に嘘をつくとき、大きな嘘のなかに本当のことをちょっと混ぜる、すると真実味がぐっと増すのだ。
 真実は料理の調味料の如く味を調えるアクセント程度に加えるのが味噌なのだ、料理だけに!!

 ……全然かかってないし、何をアホなこと言ってるんだろう、俺。

 まあ、先生にはバレてるだろうけどね。

「ここまで来たんだし、この後予定ないし、寄ってくか……」

 ちょっとでも罪悪感を薄めたいとの思いも働き、俺は件の古本屋へと足を向けることにする。


 ――そうして歩を進めていると、一軒のお宅の前で男性が声を上げている姿が目に入った。
 ドアの前に立っているのは恐らく家主か。
 その二十歳前後の女性はどこか困惑した様子で彼の言葉を聞いていた。

 通り道なので何だろうと思いながらも一応顔は伏せ気味にして通り過ぎる。

「頼む!! 俺と一緒に逃げてくれ!!」
「で、でも、さとる君、逃げるって言っても――」
「今は何も言わないで俺の言う通りにしてくれ!! 頼む、柑奈かんな!!」
「幼馴染だからって、悟君、それは……」
「ああもう、何ならお前の彼氏も一緒でいい!! ええっと、何君だっけか」
「彼氏って……吉男よしお君のこと?」
「ああ、そうそう、もうそいつも連れて来い!! 3人で一緒に遠いところへ逃げよう!!」





 お前らもかよ!!
 何なの、最近若者の間で愛の逃避行が流行ってんの!?

 ってか吉男君も一緒でいいのかよ!?
 柑奈ちゃんだけ連れて行くんじゃ駄目なの!?
 どういう神経してんの悟君!!

 
 はぁ。
 なんか喧嘩でもしてて面倒ごとだったら嫌だな、とか思ってたが。
 どうも若者の迸る情熱ラブストーリーの一幕だったようだ。

 俺は我関せずでその場をそそくさと早足で離れるのであった……。

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