彼女と出会ったあの日から

秋色

第二十二話

ひとしきりキスをし終えた後、彼女と目が合った。当たり前だがキスとは目が合うような仕様となっている。つまりは、必然でどうしようもない。お互い目をいったん逸らし同時にうつむいた。彼女はいくらかの時間を使いながら言った。「青山さん。本当に初めてだったんですか?上手、でしたよ」はい、惚れた。思わず心の中ではあるが、親しき仲でも礼儀を忘れない彼女に胸の高鳴りはきっと渦潮なんかより渦巻いていただろう。


彼女が目を閉じた。自然と顔を突出し、彼女の色白の肌へと吸い込
まれるようにして、迫っていくと、彼女は突然目を開いた。「え、なんですか。やめてください、セクハラです」八重歯を見せながら笑う彼女の言葉にさらに鼓動が早くなり言った。「好きです。俺と、その……そういう事してください」今更ながら、馬鹿で阿呆である。女性に向かって愛の告白と性交渉の願い出を同時にしてしまうのは俺と、企画物のセクシー女優ぐらいではないだろうか。彼女たちは仕事であり、納税もしているだろう。俺のは欲望であり、納税はしていない。差は大きく、疾風の名を冠するサイレンススズカの後を追い、決して追いつけない実力を見せつけられながらも騎手や馬主の事を慮って走り続けた馬たちの気持ちが少しはわかった気がする。


「あのですね、最初のは素直にうれしいので、ありがとうございます」効果音を付けるとすれば、ペコッだろうか。彼女は律儀に頭を下げた、かと思えば勢いよく上げて俺の返礼を待たずに言った。「でも、最後のはちょっと早いって言うか。まだ、付き合って日も経ってないし、ご飯だってそんなに行ってないし、キスだって……」彼女はここから、普段はおとなしく可憐で優美で清楚な彼女とは真逆の身振り手振りと、マシンガントークでいかに俺にデリカシーや物事の順序を見定め分別を付ける力がないかを、そろそろ日付も変わるのではないだろうかと思われる時間まで延々と話し続けた。

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