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彼女と出会ったあの日から

秋色

第十七話

街路樹が鬱蒼として見えるのは何かの兆候だろうか。心のざわめき、高鳴る鼓動、真価を問われるとき。ありふれた表現にはあるべきリミッターが外れているのか、端に聞こえただけで耳障りだと思ってしまう。俺は街が嫌いだ。ただ歩くのも、義務感に迫られているようにしか見えない真夏の日差しを背にスーツを着込み、汗をハンカチに染み込ませているやつらもすべてが嫌いだ。幸いなことにすでに日は沈み、辺りをうろつくのは夜の街の住人ばかりだから、誰に気兼ねするでもなく歩いてよいとお墨付きをもらった気分になる。普段なら、そう、普段ならこんな事ばかり考えて疲れたら激安スーパーで放り投げられている62円の缶コーヒーを片手に一服と洒落込んでいるのだ。しかし、今だけは、いやいやなんのその。これからはもうこんなことを思いながら街をうろつかなければいけないことも少なくなるだろうな。


俺は昔から運が悪いが、今日この頃は運が良いのだ。
「青山さん、それでどこへ連れて行ってくれる感じですか。私はイタリアンかパスタが食べたいです」内心、本当に内心の話だが、一瞬だけ『アホ』という単語がチラついた。チラついただけだ、言ってはいない。「川角さん。パスタは……いや、なんでもないです。適当にファミレスでどうですか」「え、え?本当に言ってますよね、多分青山さんの事だし」
ファミレスは彼女の口に合わなくて不味いのか、それともトレンドを知らない俺が不味いのか悩ましいパスを受け取ってしまった。どうしようか、適当に、は言ったばかりだ。そうだ、俺はやはり才覚に富んでいるのだろう。
「なるほど。つまりサイゼリヤなら問題ないというこですね。分かります、あそこはミラノかどうかは置いておくとしてもドリアも旨いしワインも安いですから」彼女は、神妙そうな顔をしている。分かる、分かってしまう。
街路樹が風に揺られて何枚かの葉を寄越してこようとも、気にならないほどの全能感。思うに彼女の返事はこうだろう
「分かってますね、青山さん」だ。しかし、彼女の口元が震え、俺が今か今かと待ちわびていたワードはとうとう飛び出さなかった。「分かってないですね、青山さん」惜しい。そっちだったか。
「もういいですよ。私が調べますけど、勿論青山さんのおごりですからね。破産させます」
「あんまし高いのは勘弁でお願いします」知りません、そういって彼女は慣れた様子でアプリを立ち上げていた。
俺は携帯なんぞはこれまで所持した経験がないのだが、実を言うとこの間、彼女とのデートを想定してダイナ君を駆使して調べている際に、アプリとスマホデビューというのを勧める大変親切なサイトに出会ったわけだ。すると、管理人が記事をタイミングよく更新してくれるものだから、お礼の一つでもと思って、フォームから適当な慣用句を並べて送りつけた。
すると、管理人から、このアドレスからアクセスして購入すると管理人が見込んだ人だけの豪華な特典がついてくるという事まで教わった。金はないが、生憎とカードはある。そうすると止める理由も止められる理由もないわけだ。すぐにクリックした。
なぜかフィッシング、つまりは釣りのサイトだと抜かすページが出てきた。今でも原因が分かっていないから少し怖い話だろう?後は購入画面で一番高いやつをクリックして終了だ。
しかし、思うのだがスマホって高いものなんだな、あまり街で使っているやつを見かけない機種だったからもしかすると外国産の上物なのかもしれないな。なんにせよ、届くまでの辛抱だ。二週間程度で届くらしいからショップでの煩わしいやり取りや抱き合わせ商法に引っかからない分を合わせれば二週間は無いに等しい。届いたら彼女に使い方を教わる体でデートに誘う予定だ。
辛抱堪らない二五歳の夏。


「あっ、見つかりましたよ。おいしそう」彼女はスマホの画面を俺に近づけて覗き込むように促す。覗いてみると、確かに旨そうな写真と驚いたな、一人分の平均予算まで書いてある。なるほど、一人当たり二千円か。決して安くはないが彼女と過ごす時間はプライスレス。行こうじゃないか。
「良いですね。行きましょう」そう言って俺が歩き出すと彼女はため息をついた。何か不味い事でもしたのだろうかと思い彼女の方へ振り替えると言われてしまった。
「あっちですよ。そっちは反対です」左様ですか。

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