第一五話

　次の日の朝、彼女は突然やってきた。いつもの様にチャイムを連続で押し入り強盗の如く鳴らしながら。
「青山さーん。居るんでしょう。もうお昼ですよ。ご飯ですよ」まだ眠い、何よりも気だるいのだが彼女のドア越しの小悪魔的な笑顔を想像したら、何故か目が冴えた。ドアを開け、彼女の装いを見て驚愕した。エプロンをしているのだ。それも訳の分からない料理を作って食わせて電波を独占している連中の着ているようなエプロンじゃない。ちゃんとした、それこそ料亭なんかで着ていそうな純白の正真正銘のエプロンだ。「えっと、川角さん」「なんでしょうか」「とりあえず聞きたいのですが……なんでそんな恰好をしているのでしょうか」「それはお料理を作って青山さんに英気を養ってもらって、働いてほしいからです」
　グサッ、そんな使い古された擬音が胸の中で反芻。「じゃあ、せっかくなので。これを読んでください」手渡されたのは薄っぺらいコピー用紙。しかし、よくよく見ると、俺の頭ではおよそ考えられない程の語彙をふんだんに使った文章がみっちりと書かれていた。「読みたいけど、すいません。読めません」「じゃあ、良いですよ。とりあえず、こことここだけ覚えてください」
　彼女に言われるまま、指定されたところを覚える。目覚めたばかりの脳がプチプチと音をたてているのを感じながら。
「今日はどうやって過ごしましょうかね」「川角さんにお任せで」「青山さんって優柔不断ってやつですかぁ？」
　否定したいものの、言葉が浮かんでは来なかった。会話のすべてに彼女がいて、俺がいる。それだけで幸せなわけで。
「じゃあ、料理でもしましょうか。私作りますよ」「せっかくのお休みなのに、申し訳ないですね」「って言いつつもニヤニヤするの止めてください」冷たく言い放った後には決まって彼女は笑う。冗談、ジョークだと言わない代わりに。まぁ、台本通りなのだが。

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