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彼女と出会ったあの日から

秋色

第十一話

 
 今、俺は遊園地なる家族連れとカップルだらけの場所にいる。そこには、マスコットキャラなるものまでいて、こんなアラサ―男に対しても分け隔てなく接してくれる。彼なのか、はたまた彼女なのかはさておき、ぬいぐるみをきた中の人物はよほど社交的な性格なのだろうか、突然近寄ってきて、俺の方にその短い手をまわしてくる。
俺は体格的には恵まれている方で、上背はそれなりに高い。仕方なくぬいぐるみの基準に合わせ、腰を落としながら肩をすぼめる。そんな努力をした結晶である写真にはまるで、ぬいぐるみにカツアゲされているような姿が写っていた。
しぶしぶ彼から手渡される写真を受け取り、ベンチへと腰かける。しばらくすると、彼女がソフトクリームを両手に帰ってきた。「お待たせしました、あれ何で写真なんか持ってるんですか」今までのいきさつを彼女に話すと、彼女はソフトクリームを口の端に付けながら笑う。彼女の笑っている姿を見ると、不思議と俺まで笑いがこみあげてくる。一通り会話を終えた俺たちは、遊園地を回ることにした。「最初は、どこに行きましょうか」
 彼女がそういうものだから、俺は必死にガイドブックを読み、手頃でそれでいて今の俺たちの関係性にふさわしい場所を選ぼうとしたのだが、俺が何かを話す前に彼女はどうやら行きたい場所を見つけたらしく、足早に俺の先頭を行ってしまう。
 程なくして、辿り着いた場所には辺り一面にカップが敷き詰められている。こんな場所に連れてこられても何をどうすればいいのか分からない俺は、おとなしく彼女の指示を待つことにした。彼女は手慣れた様子で係員に指を二つ立てながら、券を購入している。彼女は係員とやり取りを終えたのだろうか、こちらへと小走りでやってくる。「はい、これ青山さんの分です」そういって手渡されたチケットには、イラストが散りばめられており、すぐ近くにあるカップは「恋する魔法のカップ」なるものらしいことが分かった。説明書きには、このカップにまだ、男女が乗るとその二人は近いうちに結ばれると書いてあり、一瞬嬉しく思いそうになったが、彼女の手前大っぴらには喜べない。彼女はどんな反応をしているのだろうか、気になった俺は彼女の様子を伺う。彼女は、俺とは裏腹に気にしていない様子だった。少しガッカリした、というよりはホッとしてしまう自分がまだ居た。そうこうしているうちに、魔法のカップの順番がやってくる。最初はゆっくりと回っていたカップもどうやら、係員の調子によって速度の上げ下げができるようで、他のカップからは悲鳴に似た歓喜の声が聞こえてくる。俺たちはというと、彼女は少し頬を窄めながらこちらを見ている。かくいう俺はただひたすらに、彼女の顔を見つめていると、彼女と不意に目が合う。
「……す、さん」意外と早く回るカップと周りのカップルの悲鳴によって彼女のか細い声はかき消されてしまう。
「え、なんて言いましたか」「……す、さん」駄目だ、聞き取れない。まぁ終わってから聞けばいいかと思いそれ以降アトラクションが終わるまで口を聞くことはなかった。終了の合図と同時にカップは停止し、係員の指示に従って乗客が一斉に出口を目指す。彼女は合図を聞いているはずなのにその場から立ち上がろうとしない、どうしたのだろうか。そう思い、彼女に終わったことを告げようと彼女の肩に手をやり、二、三回トントンッと叩くと、彼女はおもむろに顔を上げた。その顔を見た俺は正直驚いてしまった。先程までの、可憐な彼女の姿とは一変していて、元々透き通るような白い肌がどこか青ざめて見えたからだ。
「乗っている、気分が悪くなっちゃいました」微笑を浮かべ無理に体裁を取り繕うとする彼女の姿がどこか不自然で、何だか今の俺たちの関係性を表しているように感じた。俺は、彼女にとっては体調の悪い時でさえ頼りにしてもらえない位の存在なのだろうか。そんな事を考えてしまう辺り、まだまだ。なのだが当時の俺は気づけてはいなかったようで、この後も俺は、彼女に医務室に行くように勧めるくらいしかできなかった。情けない話だが、実話なのだ。事実は小説より奇なりというが、俺にとっては小説の方が事実らしいと思う。こんな風に色々とあったから、「恋する魔法のカップ」は俺にとっては彼女とのいい思い出だ。彼女の体調が上向いてくるころには、遊園地にもすっかりと夕焼けが訪れていて、一瞬「どこが夢の国なのだろか」そう思ったが、夢もいつか覚めるから夢なのだろうと思い直した。俺としては、彼女と同じ日、同じ時間を共有できただけで大満足だったが、彼女はどこか気にしている様子でしきりに、ごめんなさいを繰り返す。ここで気の利いた事でも一つ言えると、株も上がるのだろうがあいにく、そんな語彙力も、度胸も持ち合わせてはいない。ただ、ひたすらに、気にしないでください。そう繰り返すしかなかったのだ。結局、帰り道ではお互いに会釈を一生分したのではないだろうか、というぐらいに繰り返したり、彼女は彼女で、どこぞのバンドのファンでもないだろうに、ヘッドバンキング並に首を振っていたから明日の朝に寝違えたと間違えなければ良いのにな、と思う。行きは長いが帰りは短いというの本当の様で、あっという間に、俺たちはお互いのドアの前に立って、正対していた。俺が「今日は楽しかったです。色々ありましたけど、埋め合わせになってたら有難いです」そう言うと彼女は、「いえ、あの……埋め合わせしろと言っておきながらこんな始末でしてすいません」「そんなことないですよ、俺は川角さんと一日一緒に居られて良かったので」彼女は少し下を向いている。次に、顔を上げた時にはさっきまでのは演技でした、そう言わんばかりのいつもの笑顔を浮かべる彼女がいた。「あ、そうだ。青山さん」「はい、なんすか」彼女は何も言わずに自分の部屋へと入っていく。俺は少し困惑しながら、彼女が出てくるの待つしかなかった。しばらくして、彼女が可愛らしいタッパを持って出てきた。俺にそれを手渡すと、彼女は言う。「これ、実家から送られてきたんです。良かったら」「わぁ、ありがとうございます。中身なんすか」「とっても美味しいやつです」答えになっていないじゃないか、そう思ったが日ごろから人の話を聞かずにいる俺に、この手の疑問を相手にぶつけるのは藪蛇に違いない。「それじゃ、夜も遅いのでこの辺で」「あ、おやすみなさい」「おやすみです」ガチャ、バンとまるでガンアクションのような音を相変わらず立てるなかなか物騒なそのドアの閉まる音を聞き終えた俺は、自分の部屋へと戻った俺は、彼女の実家からだという、タッパをビニール袋のまま冷蔵庫へ入れておく。すぐに風呂へ入り、水道水を一杯飲んでその日はすぐに寝てしまった。今にして思えば、この時、彼女から手渡された物の中身をきちんと改めておけばよかったと思う。そうすればあんな事にはならなかったのでは無いだろうかと。

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